第6話「二人の王」
――アレン視点――
市場側からの、煙の向こうで子供の泣き声が聞こえた。
「ルミナさん、俺が見てきます!」
俺は迷わず駆け出した。
「アレン様!」
ルミナの声が背後から響いたけど、振り返らない。
市場は地獄と化していた。
馬車で通った時には笑い声で溢れていた市場――その賑わいは跡形もなく、今は炎と恐怖に覆われていた。
火薬で破壊された建物、逃げ惑う人々、略奪する盗賊たち。
煙の流れを素早く見極めて、俺は息を止めて薄い隙間を縫うように進んだ。
倒れた荷車に幼い姉弟が挟まれていた。炎がすぐそこまで迫ってる。
「大丈夫か!」
「お兄ちゃん……足が痛いよ……」
留め具の金属が変形して、車輪が外れない。
俺は父さんの言葉を思い出す。
――熱した鉄は形を変えやすい。
「少し我慢しろ!」
燃え残りの木片を拾って、金具を炙る。
金属が赤く変わった瞬間、力を込めると、硬い音を立てて外れた。
姉弟が解放されると、周りの商人が驚きの声を上げた。
「どうやって外したんだ!?」
「信じられねぇ……」
小さな姉弟は俺にしがみついて、涙声で叫んだ。
「ありがとう、兄ちゃん!」
(俺の手で……本当に人を救えたんだ)
その実感が胸に広がった瞬間、盗賊の影が迫った。
刃を振りかざしてくる盗賊、さらに別の路地からも数人が現れる。
俺は短剣を抜いて、子供を庇うように立った。
(怖い……でも守らなきゃ)
盗賊が刃を振り下ろす瞬間――光の盾が俺たちを包んだ。
「ルミナさん!」
現れた聖女に、盗賊たちが怯む。
「私が守ります。アレン様は人々の避難を!」
ルミナの声に後押しされて、俺は短剣を振るった。
刃を受け流して、柄を蹴り飛ばす。
続けざまにもう一人の腕を打ち払って、倒す。
でも急所は外す――人を殺したくはなかった。
最後の盗賊が崩れると、俺は短剣を握る手の震えに気づいた。
息も荒く、汗が滴る。
でも商人たちから歓声が上がって、子供たちの小さな手が俺にしがみついた。
「助かった……!」
商人たちの感謝の声が響く中、俺は息を整えながら短剣を収めた。
「縄で縛って、後で兵士に渡そう」
ルミナが微笑んで頷く。
でも市場の混乱はまだ収まらず、遠くで炎が燃え続けている。
***
――カイロス視点――
同じ頃、広場では。
俺は民衆に提案を伝えた後、遠くの煙を見つめていた。
(あちらでも戦っている……民を守ろうと)
胸の鼓動と重なるように、神環が熱を帯びた。
(もしかして……あれが)
俺はまだ会ったこともない、もう一人の王のことを思った。
広場で群衆を導く俺、そして市場で人を救う誰か。
二人の姿はまだ交わらないけど、確実に王都の運命を動かし始めていた。
***
――ドルン視点――
馬車が王都の外門に到着した時、目の前に広がる光景に俺は言葉を失った。
煙が立ち上る市場。逃げ惑う人々。叫び声と悲鳴。
「何が……起きてるんだ」
御者も震える声で呟いた。
「炎と、武装した人影が……盗賊だ!市場が襲われている!」
俺は弓を背負い直して、馬車から飛び降りた。
「おい、危険だぞ!」
「ガーランドさん、馬車をもう少し後方に下げて待機していてください。護衛の皆さんも馬車を守ってください。俺が様子を見てきます」
ガーランドは頷いた。ドルンが友を探しに王都に来たことを、彼は知っている。
「気をつけてな、ドルン君。友達の無事を祈ってるよ」
「ありがとうございます」
煙の向こうへ、俺は駆け出した。
市場では、誰かが人々を指揮している声が聞こえる。
(まさか……アレン?)
親友の姿を探しながら、俺は混乱の中を進んだ。
***
――アレン視点――
市場で人々を助け終わった時、俺は気づいた。
あの広場の方向――あそこにも、誰かが民衆のために戦っている。
神環が熱を帯びる。
まるで呼応するように。
(あれが……もう一人の王?)
会ったこともない。
でも確かに感じる。
同じ運命を背負った誰かが、すぐそこにいる。
だがその糸を断とうとする闇もまた、静かに動き始めていた。