第5話「炎上する広場〜運命の前夜〜」
―アレン視点――
王都への街道を四日進んで、ついに王都が見えてきた。
俺は知らなかった。
自分と同じ神環を持つもう一人の王が、この瞬間、同じ空の下で民衆の怒りと向き合っていることを――
風景が変わり始めた。
(教会の馬車ってこんなに早いんだ…すごいな)
畑の向こうに煙突が立ち並んで、石造りの建物が増えていく。
街道には商人の荷車や旅人の姿が目立つようになった。
「もうすぐ王都の外門です」
ルミナが前方を指差した。高い城壁が遠くに見える。
「あんなに大きな街があるのか…」
俺は村しか知らない自分の世界の狭さを感じた。
***
正午頃、王都の外門市場に到着した。
市場は異様な活気に満ちていた。
野菜売りの声、肉の焼ける匂い、馬車の車輪音――あらゆる音と匂いが混じり合って、俺の感覚を圧倒する。
でも、市場の空気には妙な緊張感が漂っていた。
商人たちの声に険がある。客も何かに苛立ってるみたいだった。
「また兵士が来るのかよ…今度は包丁まで取り上げるらしいぞ」
「俺の息子は山賊に殺された!武器がなかったからだ!なのになぜ俺たちから取り上げる!」
「王様が変わっても、結局は貴族の言いなりか」
ひそひそ話が耳に飛び込んでくる。俺は不安になった。
(王都なら平穏で豊かなはずなのに…)
「ルミナさん、何の話をしてるんですか?」
その時、教会の白い外套を着た使者が馬を駆って市場に現れた。
「聖女様!」
使者がルミナに駆け寄った。
「王都中央広場で緊急事態です。武器徴収法案が可決され、民衆が反発しています。今、広場に民衆が集まり始めています」
「そんな…」
ルミナの顔が青ざめた。
「平民から武器を取り上げる法案が可決されたのです。包丁や農具に至るまで…」
俺は言葉を失った。
(そんなことが…)
その時、広場の向こうから太鼓の音が響いた。
「王からだ!」
人々が広場の中央に向かって流れ始める。
***
王都中央広場。
石畳の上に数百人の民衆が集まっていた。
演壇には王室の使者が立って、巻物を広げている。
「国王陛下の御命により告ぐ!治安維持のため、来月より平民の武器所持を禁ずる!」
使者の声が響くと、群衆がどよめいた。
「ふざけるな!商売道具の包丁まで取り上げるのか!」
「税金は上がって、守ってもくれないのか!」
怒声が飛び交う。人々の顔に憤りと絶望が混じっていた。
俺とルミナは広場の端で状況を見守っていた。
石が演壇に向かって投げられた。使者が慌てて身を屈める。
「下がれ!下がれ!」
兵士たちが槍を構えて前に出た。
民衆と兵士の間に、険悪な空気が流れる。
「王は民を見捨てるのか!」
「若い王に期待したのに、結局は貴族の操り人形か!」
石がもう一つ飛んだ。兵士の一人に当たって、血が流れる。
「武力行使を許可する!」
混乱が始まった。
***
――カイロス視点――
その時、俺は宮殿から広場に向かっていた。
レオニードが必死に止めようとしたけど、振り切った。
「陛下!危険です!」
「だからこそ、俺が行かなければならない」
広場に到着すると、民衆と兵士が今にもぶつかりそうになっていた。
俺は中央に飛び出した。
「俺の声を聞け!」
広場の中央で、俺の声が響いた。
「武器徴収の件、俺も納得しているわけじゃない!だが今は流血を避けることが先だ!」
押し寄せていた群衆が少しずつ立ち止まる。
「話し合おう。俺はあなたたちの声を聞きたい!」
強制ではなく説得を選んだ俺の姿に、わずかな希望が芽生えた。
その時――遠くに煙が立つのが見えた。
そこに誰かが必死に人を守る姿を感じた。
(あちらでも戦っている……民を守ろうと)
胸の鼓動と重なるように、神環が熱を帯びた。
俺は民衆へ新たな提案を口にした。
「武器徴収は一ヶ月延期する!その間に村ごとの自警団を整えよう!」
「自警団だと?」
「俺たちでも作れるかもしれん!」
「俺たちの声が……届いたのか?」
群衆の表情に光が差して、ざわめきが広がった。
***
―ドルン視点――
その頃、王都に向かう街道を馬車が走っていた。
俺は弓を抱いて、煙の立ちのぼる方角を睨んだ。
「おい、あれは王都じゃないか?」
御者は手綱を握りしめて、血の気の引いた顔で煙を見上げた。
俺は唇を噛みしめて、弓を握る手に力を込めた。
(あの煙……アレンも巻き込まれていないだろうな)
親友の顔を思い浮かべながら、俺は前方を見据えた。
馬車は速度を増す。
運命の糸は確実に俺たちを近づけていた。
だがその糸を断とうとする闇もまた、静かに動き始めていた。