第4話「旅立ちの決意」
――アレン視点――
盗賊が去った後、村には不思議な静寂が訪れた。
いつもの夜とは違う、緊張を孕んだ静けさ。
村人たちは家々に明かりを灯して、扉に鍵をかけて眠りについていた。
***
ルミナ到着から二日目の昼下がり。
俺は診療所の外から、中の様子を見ていた。
小さな男の子が膝の擦り傷を押さえて泣いてる。
ルミナが静かに膝をつき、男の子の膝に手をかざした。
温かい光が傷口を包んで、みるみるうちに擦り傷が消えていく。
「痛くない…」
男の子の目が驚きで丸くなった。
「すげぇな…本当に傷が消えた」
振り返ると、幼なじみのドルンが立っていた。
狩猟の帰りだろう、弓を背負ってる。
「ドルン…いつからいたんだ?」
「さっきからだよ。村中で聖女様の噂になってるから、見に来たんだ」
二人とも、ルミナの治癒の光に見入っていた。
***
その夜。
鍛冶場の奥で、俺とルミナは向かい合って座っていた。
炉の火が二人の顔を赤く照らして、影が壁に踊ってる。
「今日の治療…すごかったです」
「ありがとうございます」
「俺とそんなに年も変わらないのに、あんなふうに人を助けられるなんて」
ルミナは少し考えてから答えた。
「15歳の時です。最初は戸惑いました。なぜ自分に、こんな力が与えられたのかと」
「俺と同じだ…」
「でも、人を助けられる力があるなら、使わなければと思うようになりました」
俺は右耳の神環に触れた。
「俺も…そう思えるようになるかな」
「もう一人の王のことを、話してください」
俺の声は静かだったけど、決意に満ちてた。
ルミナは頷いた。
「カイロス・ヴァルステッド。現在の国王です。あなたと同じ神環を持つ、もう一人の選ばれし者」
「なぜ二人なんですか?王は一人じゃ……」
「私にも分からない。でも、強い予感がするんです。二人の王が出会わなければ、この国に災いが降りかかると」
ルミナは困惑したように眉を寄せた。
「実は…この村にいる間、神託がはっきりと降りてこないのです。まるで何かに阻まれているような…」
「そして、あなたを狙う闇の魔力も感じます。一刻も早く王都へ」
「でも俺は……ただの鍛冶屋の息子です。王様に会って、何ができるんですか?」
「それは会ってみなければ分からない。でも確実に言えることがある」
ルミナは立ち上がって、窓の向こうを見つめた。
「あなたがここにいる限り、この村の人々も危険に晒される」
***
ルミナが村に来て三日目の夕刻。
俺は家族と共に夕食を囲んでいた。ルミナも一緒だった。
しばらく談笑した後、ルミナが外に出た。
父さんが重い口を開いた。
「アレン…お前はどうしたい?」
「父さん、母さん…」
俺は立ち上がった。
「俺、王都に行こうと思う」
母さんの手が震えた。
「聖女様の言う通りかもしれん。だが、王都は危険な場所だ」
父さんの声は重い。
「……でも、もう一人の王を助けないと」
「俺がここにいることで、皆に迷惑をかけられない」
母さんが涙ぐんだ。
「まだ16なのに……こんな重荷を背負わせるなんて」
俺は母さんの手を握った。
「帰ってくる。必ず。…でも行かなきゃ」
その声に、少年から青年への変化を感じ取った父さんは、深くため息をついた。
「……分かった。行け。だが、無理はするなよ」
「ありがとう、父さん」
家族の承諾を得た俺の表情が、少しだけ明るくなった。
***
――王都:カイロス視点――
同じ夜。
俺は執務室で、明日の布告について最終確認をしていた。
武器徴収法案――民衆の反発は必至だ。
だが、貴族議会の決定を覆すことはできなかった。
執務室の扉が静かにノックされた。
「陛下、お休みになられては?」
入ってきたのは、近衛騎士団長レオニード・グラスト。21歳の彼は俺より少し年上だが、戦場で共に戦った数少ない理解者だった。
「ああ…でも、眠れそうにない」
窓の外を見つめる。
明日、民衆にどう向き合えばいいんだ。
その時――右耳の神環が、わずかに温かくなった。
まるで、遠くの誰かが同じように悩んでいるかのように。
(もう一人の王…本当にいるのだろうか)
もしいるなら、会いたい。
この孤独な王座を、一人で背負い続けるのは――もう限界かもしれない。
***
――トルナ村:ドルン視点――
その夜、俺は弓の手入れをしながら考えていた。
アレンが王都に行く。
親友が、危険な場所に向かう。
(一人で行かせるわけにはいかない)
村の有力者の息子である俺が勝手に村を出ることは、大人たちが許すはずがない。
でも――どうしてもアレンを一人で行かせたくなかった。
俺は密かに旅支度を整え始めた。
弓矢の手入れ、携帯食料の確保。
父に気づかれないよう、少しずつ準備を進める。
(待ってろ、アレン……)
***
しかしその夜、誰も知らない。
王都では、民衆の怒りが臨界点に達しようとしていることを――