第3話「聖女の来訪」
――アレン視点――
昼下がりのトルナ村。
村の入口に、見慣れない白い影が現れた。
畑仕事をしていた村人たちが、次々と鍬を止める。ざわめきが広がった。
陽光を反射する銀の十字飾りが、一瞬だけ俺の目を奪った。
あれは――王都から来た人の証だ。
この土の匂いのする村には、似つかわしくない輝き。
風に揺れる純白の外套。
その人は、警戒の視線を受けながらも、迷いなく村の中央へと歩いてきた。
「……この村に、もう一人の王がいるはずです」
門番役の男に告げると、彼は顔をこわばらせた。
「余計な詮索はしないでくれ。あんたが聖女でも、ここは辺境だ」
もう一人の王――それって、俺のことか?
昨日までただの鍛冶屋の息子だった俺が、王だと?
馬鹿げてる。
でも、その瞬間。
耳の神環が脈打つように熱を帯びた。
低く澄んだ鐘の音のような響きが骨の奥に広がって、胸の鼓動と重なる。
(……何なんだ、この感覚)
***
その日の夕刻。
鍛冶場の炉は赤く燃えていた。
父さんは黙って火を見つめて、やがて俺を残して外に出た。
何かを言いかけたけど、結局飲み込んだみたいだった。
そこに、あの白い外套の女性が現れた。
「あなたの耳飾り――神環ですね」
「やっぱり、これ……何なんですか?」
「説明はできます。でも、その前に――」
外から慌ただしい叫び声が響いた。
「まただ!森沿いの家がやられた!」
俺は反射的に外に飛び出していた。
森の手前、小屋の前に武装した盗賊が数人。
荷を奪って、家人を脅してる。
「村人に手を出すな!」
自分の声が、驚くほど力強く出た。
踏み込む足、握った鉄棒――神環が再び脈打って、低い鐘の音が響く。
その瞬間、腕が導かれるように動いた。
盗賊の刃が振り下ろされる。
聖女が同時に光の盾を広げて、光と鉄が同じ一瞬に盗賊を押し返した。
「下がって!」
「お前こそ!……俺の後ろは危ないぞ」
「そっちこそ!」
不器用なやりとりに、わずかに笑みが混じる。
「何だあの光は?」
「聖女だと?こんな辺境に?」
盗賊たちの顔に動揺が走った。
そして俺の耳元で淡く明滅する金の線を見て、一人が息を呑んだ。
「まさか……神環の……」
形勢を悟った盗賊たちは、森の闇に溶けるように退いた。
怯える村人はいたけど、幸い誰も怪我はない。
***
帰り道。
俺は胸の奥に奇妙な感覚を抱いていた。
誰かを守るために、この力を使った――初めての感覚だった。
「……ありがとう」
聖女の声は、炉の火の温もりのように残った。
振り返ると、月明かりの中で彼女の瞳にも星の光が揺れている。
もしかすると、俺たちは同じ運命を背負ってるのかもしれない。
***
――ルミナ視点――
その時、村の向こうから馬蹄の音が近づいてきた。
急ぎ駆けつけた使者が、息を切らして告げる。
「王都から急報です!聖女様を捜しております!」
(やはり……王都で何かが起きている)
私の表情が曇る。
夜風が冷たく感じられた。
――その冷たさは、嵐の前触れのようでもあった。
***
――カイロス視点――
同じ頃、王都の宮殿。
俺、カイロス・ヴァルステッドは執務室で一人、書類を見つめていた。
武器徴収法案――明日、民衆に布告される。
「力は民を守るためにあるはずだ……」
議会での俺の言葉は、貴族たちに一蹴された。
王でありながら、王ではない。
この矛盾した立場が、胸を締め付ける。
執務室の扉が静かにノックされた。
「陛下、お休みになられては?」
入ってきたのは、近衛騎士団長レオニード・グラスト。21歳の彼は俺より少し年上だが、戦場で共に戦った数少ない理解者だった。
だが――
レオニードから聞いた話が頭から離れない。
『二人の王が存在するかもしれません』
聖女ルミナからの手紙。
もう一人の選ばれし者がいるという。
(もし本当なら……)
右耳の神環に触れた。
一人で背負っている重荷を、分かち合える相手。
戦場で青春を過ごした俺とは、まったく違う環境で育った誰か。
その違いこそが、きっと大切なんだろう。
(会ってみたい)
窓の外には、王都の夜景が広がっている。
明日は、民衆に向き合わなければならない。
でも――もしかすると、俺は一人じゃないかもしれない。