第2話「密告の影」
――アレン視点――
神の光が降った翌日。
村は、いつもの静けさを失っていた。
鍛冶場の炉の火は朝もやの中で揺れているけど、外からはひそひそ声が絶えない。
俺は鉄槌を握ったまま、ため息をついた。
「……俺、何もしてないのに」
父さんも、いつもみたいに気さくに話しかけてこない。
まるで腫れ物に触るような扱いだ。
昨日までの日常は、もう戻ってこないのかな。
右耳の神環は、やっぱり外れない。髪で隠そうとしても、光の加減で金の線がちらついて、すぐにバレる。
コーリスが「王都に知らせるな」って言ったから、村全体にその方針が回された。
でも、それに納得してない人もいるみたいだ。
「こんな機会、二度とないぞ」
「王都に引き渡せば、村の地位が上がる。鉱山の採掘権だって……」
井戸端や納屋の陰で、そんな声が囁かれてる。
この辺りは昔から山賊が出る地域で、村人たちも盗賊の脅威には慣れてる。
でも今回は、何かが違う――そんな予感が村全体に漂っていた。
鍛冶場の前を通りかかった商人のジムが、外にいた父さんに小声で話しかけた。
「あの子を王都に差し出せば、この村の税は半分になるかもしれん――」
「黙れ」
父さんの声は低くて、怒気を含んでいた。
息子を守ろうとする父の意志が、その一言に込められてた。
ジムは肩をすくめて立ち去ったけど、その目には諦めきれない光が宿ってた。
(……俺のせいで、村が揉めてる)
胸が苦しくなった。
***
夕暮れ時。
商人のジムは、明日王都に向かうための荷造りをしていた。
「これも…必要だな…アレンの作った鉄細工、売れるといいけど…」
ドアをノックする音が聞こえた。
開けると、長い外套を着た女性が立っていた。
セシリア――村に流れ着いて三年になる裁縫師だ。
「明日…王都に行くと聞いたので…」
カゴの中から、精巧な刺繍が施されたハンカチが数枚手渡された。
「ああ、悪い。いろんなことがあって忘れてた」
「いえ…村中その話で持ちきりですしね」
セシリアの刺繍には不思議な力があるって言われてて、王都の貴族の間で重宝されてる。
高値で売れるから、ジムには有り難い商品だった。
「その時、この手紙を渡していただけませんか?」
手紙の封には宛先の名前が記され、封蠟には王都の貴族の紋章が精巧に描かれていた。
この辺境の村で貴族の紋章を知る者はいない。
でも彼女は、なぜかそれを知っていた。
「わかった、手紙も渡そう」
「ありがとうございます」
セシリアが去った後、ジムは荷箱を見つめた。
王都までは約十日。手紙が貴族の手に渡るのは、それくらい先になる。
その頃には、もう一つの重要な出来事が動き始めているはずだった。
***
――ルミナ視点――
同じ頃、王都の大聖堂。
私、ルミナ・フェンリースは深い祈りに入っていた。
昨日、新王カイロス様に神の光が降りた。
でも――何かがおかしい。
まるで、どこか別の場所でも同じことが起きているような…
「二つの光…それは一体…」
白い衣を揺らし、祭壇の前で瞑想を続ける。
まだ明確な神託は降りていないけど、胸の奥に不安な予感が広がっていた。
静寂な大聖堂に、かすかな星の光がちらついた。
それは三日後に降る、重要な神託の前触れ。
***
――セシリア視点――
村の外れ。
私は一人、夜空を見上げていた。
「……ついに、動き出したのね」
手首の古い傷跡に触れる。
数百年前、天界で愛した人の面影が、あの少年に重なる。
金色の髪、緑の瞳、優しい笑顔――ルシアン。
あなたが見た世界を、私は壊す。
神の選定制度を狂わせる術式。
それは、私の数百年に及ぶ復讐の結晶。
二人の王が同時に現れた――計画は完璧に進んでいる。
ジムの馬車は明日の朝に出発する。
十日後、手紙が貴族の手に渡る。
その頃には、王都で重要な出来事が起きているはず。
「さあ、始まりよ」
風に髪を揺らしながら、私は静かに微笑んだ。
そして――村の外れでは、黒いフードの影が動き始めていた。
数百年の復讐が、今、動き出そうとしている。