第11話「響く声」
――アレン視点・広場側――
橋が破壊されてから三日が経った。
俺は広場の一角で、避難してきた人々の世話をしていた。
最初は困惑と不安の入り混じった視線を向けられた。
「村の子供が王だって?」
「血筋もないのに」
「本当に俺たちを守れるのか?」
でも、レオニードとセリアという二人のおかげで、少しずつ民衆の誤解も解けていったようだ。
「アレン様、薬草の調合が終わりました」
セリアが報告してくれる。
子爵令嬢の彼女が、身分を気にせず治療に専念してくれている。
「ありがとうございます。怪我人の様子はどうですか?」
「皆さん回復に向かっています。アレン様の薬草の知識のおかげです」
「レオニードさんの組織力もすごいです」
レオニード――カイロス様の側近だった彼が、今は俺を支えてくれている。
「アレン様の指示は的確です。民衆の皆さんも、だんだんお慕いするようになっています」
確かに、最初と比べて人々の表情が柔らかくなっている。
「あの子、案外しっかりしてるじゃないか」
「薬草のこと、よく知ってるな」
「セリア様やレオニード様が支えてるなら安心だ」
村にいた頃とは違う仲間たちだけど、みんな同じ想いを持っている。
この国を、少しでも良くしたいという想い。
「アレン」
振り返ると、ドルンが立っていた。
いや、違う。ドルンは市場側にいるはずだ。
「すみません、アレン様」
声をかけてきたのは、王宮の使用人の青年だった。
農民の出身らしく、素朴な顔立ちをしている。
「向こう側の様子はどうなんでしょうか?」
「カイロス様は無事です。でも、俺たちと同じように混乱していると思います」
青年の表情が曇る。
「このままじゃ、また貴族たちの思う壺ですね」
そうだ。
分断されたままでは、何も変えられない。
カイロス様一人では、民衆の現実を理解するのは難しい。
俺一人では、政治の仕組みを変えることはできない。
(でも、何かできることはないか?)
その時、広場側の聖女ノアが駆け寄ってきた。
「アレン様!大変なことになりました!」
「どうしたんですか?」
「市場側のルミナ様から、エーテルコールで連絡がありました」
ノアの瞳が輝いている。
「ルミナ様が、エーテルコールを応用して、国中に声を届ける方法を考えついたそうです」
「国中に?」
「はい。詳しい仕組みは私にもよく分からないのですが...ルミナ様が『やってみたい』と」
俺は考えた。
これは、チャンスかもしれない。
カイロス様と一緒に、全国の人々に直接話しかけることができれば――
「やりましょう」
俺は迷わず答えた。
「ノアさん、協力してもらえますか?」
俺はノアの手を握った。
「この国のみんなのために。そして、カイロス様と一緒に話すために」
「アレン様...」
ノアの目に涙が浮かぶ。
「分かりました。私も、お手伝いします」
***
――カイロス視点・市場側――
「全国に声を届ける術?」
俺はルミナの言葉を聞き返した。
市場側で過ごした三日間、多くのことを学んだ。
商人たちの苦労、職人たちの誇り、子供たちの純粋な笑顔。
ドルンという青年からは、アレンの村での生活について聞いた。
「アレンはいつも、困ってる人を放っておけないんです」
「村のみんなが、アレンを慕ってました」
アレンの人柄を知るにつれ、俺は確信を深めていた。
この少年と一緒なら、本当に国を変えられる。
「はい。エーテルコールを応用して、理論上は可能だと思うんです」
ルミナの表情が真剣になる。
「ただ、やったことがないので、どうなるかは...」
どうなるかは分からない...
それでも、やるしかないのか。
「他に方法は?」
「申し訳ございません。これ以外には...」
俺は拳を握った。
このまま分断されていては、また貴族たちに好き放題されてしまう。
民衆は苦しみ続け、アレンとも会えないまま。
(アレンなら、どうするだろう)
彼の顔が脳裏に浮かぶ。
村で育ち、人を思いやることを自然に身につけた少年。
きっと彼は、危険を承知でも人々のために立ち上がるだろう。
「分かった。やろう」
俺は決意を込めて言った。
「アレンと俺が、同時に全国の人々に声を届けることができるんだな?」
「はい。それこそが、この術の目的です」
ルミナが頷く。
「分かった。やってみよう」
俺は亀裂の向こう、広場側を見つめた。
「二人の王が力を合わせれば、この国を変えられる。そのことを、みんなに示したい」
***
――ルミナ視点・術の準備――
夕刻。
私は市場の中央で、複雑な魔法陣を描いていた。
ノアも広場側で同じ準備をしている。
全国の聖女たちも、それぞれの場所で待機している。
「ルミナ様、本当に大丈夫ですか?」
ドルンが心配そうに声をかけてくる。
「正直に言うと...分からないんです」
私は苦笑いした。
「でも、やらなければならないことってありますよね」
ドルンが心配そうにルミナを見つめたが、やがて静かに頷いた。
「アレン様とカイロス様が一緒に話してくださるなら、きっと全国のみんなに想いが届く。それを聞いてもらいたいんです」
魔法陣が完成した。
淡い光が円を描いて輝いている。
「準備ができました!」
カイロス様とドルンが近づいてくる。
「ルミナ、本当にありがとう」
カイロス様が深く頭を下げる。
「お礼なんて。私こそ、このような大切な役割をいただいて」
私は微笑んだ。
少し怖いけれど、やり遂げたい。
この二人の王なら、きっと国を変えてくれる。
そして、私の力が少しでもお役に立てるなら...
***
――エーテル・ネットワーク発動――
「それでは、始めます」
私は魔法陣の中央に立った。
全身に光が宿り、意識が拡散していく。
遠く離れたノアの存在を感じる。
さらに遠くの聖女たちの魔力も。
「繋がった...」
全国の聖女たちの力が、私を通じて一つになる。
巨大な光のネットワークが、王国全土に広がっていく。
山間の村も、海沿いの街も、すべてが光で繋がった。
でも、この術は私の魔力を激しく消耗していく。
体の奥から力が抜けていくのを感じる。
(でも...二人の王様のために...)
「カイロス様、アレン様、どうぞ」
私の声が全国に響く。
***
――二人の王の演説――
『全国の民よ』
カイロス様の力強い声が、王国中に響いた。
『俺はカイロス・ヴァルステッドだ』
『アレン・ルーフです。トルナ村で鍛冶屋をしていました』
アレン様の声が続く。緊張しているけれど、誠実さが伝わってくる。
『今、この国は腐敗した貴族たちに蝕まれている』
カイロス様が説明を始める。
『君たちから税を搾り取り、武器を奪い、声を封じようとする者たちがいる』
『でも、僕たちは皆さんと同じです』
アレン様が続けた。
『僕も村で、重い税に苦しんできました。カイロス様は戦場で、民を守るために戦ってきました』
『そうだ。アレンの言う通りだ』
カイロス様の声に温かみが混じる。
『俺たちは、お互いを補い合える。戦場の経験と、村での知恵を合わせて』
『一人では変えられなかったことも、二人なら変えられる』
アレン様の声が力強くなった。
『具体的に説明しよう』
カイロス様が政策を語り始める。
『まず、税制を見直す。貴族が隠し持っている財産を明らかにし、適正な負担をしてもらう』
『そして、道を良くしたいんです』
アレン様が続ける。
『僕が村から来る時、本当に大変でした』
『商人さんたちも、荷物を運ぶのに苦労していますよね』
『みんなが行き来しやすくなれば、きっともっと良い国になります』
二人の声が重なる。
『君たちの声を聞かせてほしい。一緒に、この国を変えよう』
『皆さんの知恵と経験が必要です。僕たちだけでは、本当の改革はできません』
『今すぐ王都に来てくれとは言わない。でも、君たちの村で、町で、できることから始めてほしい』
『困っている人がいたら助ける。不正を見つけたら声を上げる。そんな小さなことから』
私は必死に魔力を保っていた。
でも、二人の想いが伝わってくる。
この声を、絶対に全国に届けたい。
『最後に、一つだけ約束させてくれ』
カイロス様の声が真剣になる。
『俺たちは、君たちを裏切らない』
『僕たちは、皆さんと同じ目線で考えます』
アレン様が誓う。
『一緒に歩もう。二人の王と、この国のすべての民で』
***
――全国の反応――
演説が終わると、王国中から歓声が上がった。
『素晴らしい!』
『あの二人なら信頼できる!』
『村の代表者を選ぼう!』
『王都を助けに行こう!』
各地の村長や商人たちが立ち上がる。
馬車に物資を積み、王都に向かう準備を始める人々。
私は演説の成功を確認すると、安堵した。
でも――
「あ...」
急に視界が真っ白になった。
魔力を使い果たしたのだ。
意識が遠のいていく。
「ルミナ!」
カイロス様の声が遠くに聞こえる。
でも、微笑むことはできた。
(届いた...みんなに届いた...)
私は幸せな気持ちで、深い眠りに落ちた。
***
――大司教マクシミリアンの決断――
「ルミナよ...あなたは前例のない術を成功させた」
私の意識が戻った時、大司教様が枕元に座っていた。
「でも、この術はあまりにも危険すぎる」
大司教様の表情が厳しい。
「今回あなたが無事だったのは奇跡だ。一歩間違えれば命を落としていた」
「大司教様...この術は本当に初めて使ったもので、私もどこまで消耗するか分からずに...」
「他の聖女の皆さんは...大丈夫でしたか?」
私の不安そうな声に、大司教様が頷く。
「心配していたのは、そこでしたか。全国の聖女たちからも報告が入りましたが、皆魔力を消耗しただけで命に別状はありませんでした」
「本当に...?」
「ええ。あなたは皆を危険に晒したと思っているのでしょうが、未知の術にも関わらず、誰も深刻な被害は受けていません」
大司教様が優しく微笑む。
「あなたは国を救ったのです。そして、仲間たちも守り抜いた」
「だが、この術の使用を今後永久に禁止する」
「はい...」
私は頷いた。
確かに、あの時は死ぬかもしれないと思った。
「エーテル・ネットワークは、今回限りの奇跡とする。この術の使用を永久に封印する」
***
――教会の支持表明――
その日の夕方。
大司教マクシミリアンが正式な声明を発表した。
「我が教会は、長きにわたり腐敗した貴族たちの横暴に心を痛めてまいりました」
王宮の大広間に、貴族たちが集まっている。
「民から搾取し、神の教えに背く者たちをこれ以上放置することはできません」
ガーウィン侯爵の顔が青ざめる。
「カイロス王とアレン王の改革こそ、神の意志に叶うものと確信いたします」
「教会は二人の王を全面的に支持し、新しい国造りに協力することをここに宣言いたします!」
拍手が響く。
もはや腐敗貴族に味方する者はいなかった。
***
――先王の重臣たちの決起――
「私も支持いたします」
立ち上がったのは、元宰相ヴィクター・アードレー。
先王に仕えた重臣の一人だ。
「先王ロベルト様は、常に民を第一に考えておられました」
老人の声に威厳がある。
「カイロス王のお考えこそ、先王の遺志の体現です」
「元財務卿エルウィン・ストーンです。腐敗貴族の隠し財産を調査し、適正な税制を構築いたします」
「元軍務卿ロジャー・グレイです。忠誠心ある将軍たちと共に、新体制を軍事的に支援いたします」
次々と重臣たちが立ち上がる。
もはや、ガーウィン侯爵とその一派は完全に孤立していた。
***
――全国からの支援――
翌日から、続々と支援が到着した。
「木材をお持ちしました!」
「鉄材もあります!」
「人手も提供いたします!」
各地の村から、馬車の列が王都にやってくる。
カイロスが市場側で的確に指示を出している。
「この木材はここに積んでください。鉄材はあちらの倉庫に」
「お年寄りの方は無理をしないでくださいね」
「子供たちは安全な場所で待っていてください」
戦場での指揮経験が、ここでも活かされている。
人々がカイロスの的確な判断を信頼し、自然に協力している。
「カイロス様って、あんな感じに話すんですね」
ドルンが少し驚いたように呟く。
「ああ、お母様が庶民の出身だからな。普段は王としての振る舞いを心がけているが、こういう時は素が出るんだ」
レオニードが微笑みながら説明する。
「...そうだったんですか」
ドルンが頷いて、カイロスの方を見つめる。
「でも、俺は今のカイロス様、すごく好きです」
その言葉に、レオニードも温かい笑みを浮かべた。
一方、広場側ではアレンがレオニードやセリアと共に、貴族たちとの調整を進めていた。
最初は「村の子供が王?」と冷たかった貴族たちも、アレンの誠実さと二人の支援を見て、態度を変え始めている。
***
――橋の再建開始――
「みんな、ありがとう!」
カイロスが市場側で民衆に向かって叫ぶ。
「一緒に橋を架けよう!今度こそ、壊されない強い橋を!」
「おう!」
「任せろ!」
「二人の王のためだ!」
人々の士気が高い。
全国から集まった職人たちが、それぞれの技術を持ち寄っている。
「今度は石造りにしよう」
「魔法で強化もできます」
「地盤もしっかり固めましょう」
アレンも広場側で指揮を執る。
今度こそ、カイロスと手を取り合える日が来る。
***
――セシリアの困惑――
遠くからその様子を見ていたセシリアは、困惑していた。
「こんなはずでは...」
数百年かけて練った復讐計画が、まったく違う方向に進んでいる。
二人の王は対立するはずだった。
国は混乱し、制度は崩壊するはずだった。
でも現実は――
「あの二人のせいで、制度が浄化されている...」
民衆は団結し、腐敗は根絶され、希望に満ちている。
「これは本当に...復讐なのかしら?それとも...」
セシリアの心に、初めて迷いが生まれた。
***
一週間後。
新しい橋が完成した。
石と鉄で作られた、頑丈で美しい橋。
アレンとカイロスが、それぞれの端に立つ。
「今度こそ」
「ああ、今度こそ」
二人は歩き始めた。
橋の中央で、ついに手を取り合う。
「よろしく、相棒」
「こちらこそ、相棒」
周囲から歓声が上がった。
二人の王が、ついに本当の意味で出会ったのだ。




