第8話「分断された王都」
――アレン視点――
あの爆発から一夜が明けた。
市場の一角に作られた仮設の休憩所で、俺は目を覚ました。
体中の痛みは、ルミナの治癒魔法でだいぶ和らいでいる。
でも、心の痛みは消えない。
ベッドから起き上がり、窓辺に立つ。
王都の中央を引き裂く、あの巨大な亀裂が見えた。
昨日は煙で見えなかったが、朝日に照らされた今、その規模がはっきりと分かる。
幅は約200メートル、深さは20メートル以上。
亀裂の両端は今も崩れ続けていて、近づけば落下の危険がある。端まで迂回するには数日かかる。
あの亀裂が、もう一人の王がいる広場側と、俺たちがいる市場側を完全に分断している。
(あの人…無事なのか)
右耳の神環に触れる。
微かに温かい。
昨夜も感じた、この温もり。
(生きてる…きっと、生きてる)
なぜか、そう確信できた。
***
「アレン!」
扉が開いて、ドルンが入ってきた。
「起きてたか。顔色は良さそうだな」
幼なじみが、いつもの不敵な笑みを浮かべている。
昨夜、爆発の混乱の中で再会した。
俺が倒れた後、ドルンが探し回ってくれたらしい。
「ドルン…心配かけたな」
「当たり前だろ。お前を心配して村を出たんだから」
ドルンが窓の外、亀裂を見つめる。
「それにしても、とんでもないことになったな」
「ああ…」
俺も亀裂を見つめた。
「これから、どうする?」
ドルンの問いに、俺は深呼吸をした。
「まず、みんなの不安を取り除かないと」
***
市場では、すでに復旧作業が始まっていた。
昨日の俺の言葉に応えて、人々が動き始めている。
「アレン様!」
ルミナが駆け寄ってきた。
「負傷者の手当ては一通り終わりました。重傷者はいません」
「よかった…」
俺は胸を撫で下ろす。
「次は食料と水の確保だ」
商人たちが集まってきた。
「在庫は確認したぞ。三日分はある」
「水も、井戸が無事だ」
「でも、三日後には…」
不安そうな声が上がる。
「大丈夫です。必ず、広場側と連絡を取ります」
俺は商人たちを見回した。
「それまでに、配給の仕組みを作りましょう。混乱を防ぐためにも」
ドルンが前に出る。
「俺も手伝う。人を動かすのは得意だ」
「ありがとう、ドルン」
村での経験が、ここで活きている。
人々の不安を和らげ、希望を持たせる。
それが今、俺にできることだ。
***
夜。
仮設の休憩所で、俺は一人窓の外を見つめていた。
亀裂の向こう側に、かすかな明かりが見える。
(あの人も…無事なんだよな)
胸の神環が、温かくなる。
まるで、向こう側の誰かが応えているみたいだった。
(会いたい)
その想いが、胸に溢れる。
カイロス・ヴァルステッド――もう一人の王。
まだ話したことも、顔を見たこともない。
でも――どうしても、会いたい。
***
――カイロス視点――
翌朝、執務室。
窓の外には、分断された王都の光景が広がっている。
あの巨大な亀裂が、朝日に照らされて深い影を落としていた。
椅子に座ると、右脇腹に鈍い痛みが走る。
爆発の際、民衆を庇って瓦礫に叩きつけられた。
セリアの診断では、肋骨にひびが入っているらしい。
「陛下、無理をなさらないでください」
レオニードが心配そうに報告書を差し出す。
「これくらい、戦場では日常茶飯事だ」
強がってみせるが、実際は痛い。
深呼吸をするたびに、脇腹が疼く。
「昨夜から今朝にかけての被害状況がまとめられています」
レオニードが報告書を開く。
「広場側の被害者は…」
「重傷者12名、軽傷者58名です。幸い、死者は出ておりません」
「そうか…」
俺は胸を撫で下ろした。
あの瞬間、民衆を押し戻したのが間に合った。
この怪我は、その代償だ。
「市場側は?」
「詳細は不明ですが…昨日から復旧作業が始まっているようです」
レオニードが窓の外、亀裂の向こうを見た。
「指揮を執っているのは、やはりあの茶髪の少年かと」
茶髪の少年――
昨夜から気になっている。
名前も、顔も知らない。
でも、確かに存在している。
(もう一人の王…)
俺の胸に、奇妙な感情が湧く。
会ったこともない相手なのに、なぜか懐かしいような。
右耳の神環が、微かに温かくなった。
「一刻も早く、向こう側と連絡を取りたい」
立ち上がろうとして、脇腹に痛みが走る。
思わず顔をしかめた。
「陛下!」
レオニードが慌てて支える。
「…すまん」
「無理は禁物です。セリアも、最低一週間は安静にと」
「一週間も待てるか」
俺は窓辺まで、ゆっくりと歩いた。
痛みを堪えながら。
「橋を架けることは可能か?」
「…相当な時間と資材が必要かと。しかし、不可能ではありません」
「ならば、すぐに取りかかれ」
俺は窓の外を見つめた。
亀裂の向こう側に、小さな人影が動いているのが見える。
(あれが…あの少年か)
会いたい。
名前も知らない。
でも、会いたい。
この怪我さえなければ、今すぐにでも――
いや、この怪我があっても、あの亀裂は越えられない。
その想いが、胸を満たす。
昨夜も感じた、この孤独。
一人で国を背負うことの重さ。
この怪我も、その代償の一つだ。
だが――もう一人の王がいるなら。
(この重荷を、分かち合えるかもしれない)
俺は右耳の神環に触れた。
温かい。
まるで、向こう側の誰かが応えているみたいだった。
***
――ドルン視点――
その夜、俺は市場の見張り台に立っていた。
弓を背負い、周囲を警戒する。
アレンの寝顔が浮かぶ。
疲れ切っていたな。
それでも、民衆の前では必死に笑顔を作っていた。
(お前、本当に強くなったな)
村を出る時、あんなに迷っていたのに。
今は、大勢の人を導いている。
(でも、無理すんなよ)
俺はお前の幼なじみだ。
お前が無理してる時は、すぐに分かる。
だから――
(俺が、お前を支えてやる)
弓の弦に触れる。
この弓で、お前を守る。
それが、俺にできることだ。
***
王都を分断した深い亀裂。
その向こう側で、もう一人の王が目を覚ます。
二人はまだ出会えない。
だが、運命の糸は確実に近づいていた――そして、それを阻む闇も。




