表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/18

第8話「分断された王都」

 ――アレン視点――


 あの爆発から一夜が明けた。


 市場の一角に作られた仮設の休憩所で、俺は目を覚ました。


 体中の痛みは、ルミナの治癒魔法でだいぶ和らいでいる。


 でも、心の痛みは消えない。


 ベッドから起き上がり、窓辺に立つ。


 王都の中央を引き裂く、あの巨大な亀裂が見えた。


 昨日は煙で見えなかったが、朝日に照らされた今、その規模がはっきりと分かる。


 幅は約200メートル、深さは20メートル以上。


 亀裂の両端は今も崩れ続けていて、近づけば落下の危険がある。端まで迂回するには数日かかる。


 あの亀裂が、もう一人の王がいる広場側と、俺たちがいる市場側を完全に分断している。


(あの人…無事なのか)


 右耳の神環に触れる。


 微かに温かい。


 昨夜も感じた、この温もり。


(生きてる…きっと、生きてる)


 なぜか、そう確信できた。


 ***


「アレン!」


 扉が開いて、ドルンが入ってきた。


「起きてたか。顔色は良さそうだな」


 幼なじみが、いつもの不敵な笑みを浮かべている。


 昨夜、爆発の混乱の中で再会した。


 俺が倒れた後、ドルンが探し回ってくれたらしい。


「ドルン…心配かけたな」


「当たり前だろ。お前を心配して村を出たんだから」


 ドルンが窓の外、亀裂を見つめる。


「それにしても、とんでもないことになったな」


「ああ…」


 俺も亀裂を見つめた。


「これから、どうする?」


 ドルンの問いに、俺は深呼吸をした。


「まず、みんなの不安を取り除かないと」


 ***


 市場では、すでに復旧作業が始まっていた。


 昨日の俺の言葉に応えて、人々が動き始めている。


「アレン様!」


 ルミナが駆け寄ってきた。


「負傷者の手当ては一通り終わりました。重傷者はいません」


「よかった…」


 俺は胸を撫で下ろす。


「次は食料と水の確保だ」


 商人たちが集まってきた。


「在庫は確認したぞ。三日分はある」


「水も、井戸が無事だ」


「でも、三日後には…」


 不安そうな声が上がる。


「大丈夫です。必ず、広場側と連絡を取ります」


 俺は商人たちを見回した。


「それまでに、配給の仕組みを作りましょう。混乱を防ぐためにも」


 ドルンが前に出る。


「俺も手伝う。人を動かすのは得意だ」


「ありがとう、ドルン」


 村での経験が、ここで活きている。


 人々の不安を和らげ、希望を持たせる。


 それが今、俺にできることだ。


 ***


 夜。


 仮設の休憩所で、俺は一人窓の外を見つめていた。


 亀裂の向こう側に、かすかな明かりが見える。


(あの人も…無事なんだよな)


 胸の神環が、温かくなる。


 まるで、向こう側の誰かが応えているみたいだった。


(会いたい)


 その想いが、胸に溢れる。


 カイロス・ヴァルステッド――もう一人の王。


 まだ話したことも、顔を見たこともない。


 でも――どうしても、会いたい。


 ***


 ――カイロス視点――


 翌朝、執務室。


 窓の外には、分断された王都の光景が広がっている。


 あの巨大な亀裂が、朝日に照らされて深い影を落としていた。


 椅子に座ると、右脇腹に鈍い痛みが走る。


 爆発の際、民衆を庇って瓦礫に叩きつけられた。


 セリアの診断では、肋骨にひびが入っているらしい。


「陛下、無理をなさらないでください」


 レオニードが心配そうに報告書を差し出す。


「これくらい、戦場では日常茶飯事だ」


 強がってみせるが、実際は痛い。


 深呼吸をするたびに、脇腹が疼く。


「昨夜から今朝にかけての被害状況がまとめられています」


 レオニードが報告書を開く。


「広場側の被害者は…」


「重傷者12名、軽傷者58名です。幸い、死者は出ておりません」


「そうか…」


 俺は胸を撫で下ろした。


 あの瞬間、民衆を押し戻したのが間に合った。


 この怪我は、その代償だ。


「市場側は?」


「詳細は不明ですが…昨日から復旧作業が始まっているようです」


 レオニードが窓の外、亀裂の向こうを見た。


「指揮を執っているのは、やはりあの茶髪の少年かと」


 茶髪の少年――


 昨夜から気になっている。


 名前も、顔も知らない。


 でも、確かに存在している。


(もう一人の王…)


 俺の胸に、奇妙な感情が湧く。


 会ったこともない相手なのに、なぜか懐かしいような。


 右耳の神環が、微かに温かくなった。


「一刻も早く、向こう側と連絡を取りたい」


 立ち上がろうとして、脇腹に痛みが走る。


 思わず顔をしかめた。


「陛下!」


 レオニードが慌てて支える。


「…すまん」


「無理は禁物です。セリアも、最低一週間は安静にと」


「一週間も待てるか」


 俺は窓辺まで、ゆっくりと歩いた。


 痛みを堪えながら。


「橋を架けることは可能か?」


「…相当な時間と資材が必要かと。しかし、不可能ではありません」


「ならば、すぐに取りかかれ」


 俺は窓の外を見つめた。


 亀裂の向こう側に、小さな人影が動いているのが見える。


(あれが…あの少年か)


 会いたい。


 名前も知らない。


 でも、会いたい。


 この怪我さえなければ、今すぐにでも――


 いや、この怪我があっても、あの亀裂は越えられない。


 その想いが、胸を満たす。


 昨夜も感じた、この孤独。


 一人で国を背負うことの重さ。


 この怪我も、その代償の一つだ。


 だが――もう一人の王がいるなら。


(この重荷を、分かち合えるかもしれない)


 俺は右耳の神環に触れた。


 温かい。


 まるで、向こう側の誰かが応えているみたいだった。


 ***


 ――ドルン視点――


 その夜、俺は市場の見張り台に立っていた。


 弓を背負い、周囲を警戒する。


 アレンの寝顔が浮かぶ。


 疲れ切っていたな。


 それでも、民衆の前では必死に笑顔を作っていた。


(お前、本当に強くなったな)


 村を出る時、あんなに迷っていたのに。


 今は、大勢の人を導いている。


(でも、無理すんなよ)


 俺はお前の幼なじみだ。


 お前が無理してる時は、すぐに分かる。


 だから――


(俺が、お前を支えてやる)


 弓の弦に触れる。


 この弓で、お前を守る。


 それが、俺にできることだ。


 ***


 王都を分断した深い亀裂。


 その向こう側で、もう一人の王が目を覚ます。


 二人はまだ出会えない。


 だが、運命の糸は確実に近づいていた――そして、それを阻む闇も。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ