番外編6「三通の手紙」~ルミナ~
使者が去った後、ルミナは村の宿で三通の手紙を受け取った。
それぞれ異なる封蠟が押されている。
月明かりの下、手紙を見つめながら溜息をついた。
(中途半端に報告しなきゃよかった…)
三日前、神託を受けた瞬間、ルミナは慌てて王都を出発した。
教会には簡潔な報告書を、そして幼馴染でもある騎士団長レオニードと親友のセリアには短い手紙を急いで書いた。
あまりにも急いでいたので、詳細を伝えることができなかった。
「王は二人」「ビジョンで鍛冶場が見えた」「この方向にいる」
それくらいしか書けなかった。
***
最初の手紙を開く。
【教会本部より】
聖女ルミナ・フェンリース殿
緊急にて王都への帰還を命ずる。
貴方の報告書は混乱を招いている。
「二人の王」という神託の真意を確認し、詳細な報告を求める。
貴族議会からも問い合わせが殺到している。
教会の威信に関わる事態である。
大司教 マクシミリアン
(やっぱり…混乱させてしまった)
ルミナは眉を寄せた。
見えたビジョンは確かだった。でも、説明が足りなかった。
急ぎすぎたのだ。
***
二通目の封を切る。近衛騎士団の紋章が押されていた。
【近衛騎士団長より】
ルミナ
君の手紙を読んで驚いている。
陛下は即位以来、何かに悩まれている様子だった。
「俺一人では駄目だ」と漏らされることがあった。
君の手紙を読んで、その意味が分かった気がする。
陛下は君の手紙のことはご存じない。
詳細が分かったら、まず私に連絡を。
陛下をお守りしたい。
レオニード・グラスト
(レオニードらしい…カイロス様のことを第一に考えてる)
ルミナは小さく微笑んだ。
彼は昔から、主君への忠誠が誰よりも厚い。
その真っ直ぐさが、レオニードの良さだった。
***
最後の手紙は、女性らしい美しい文字で書かれていた。
親友のセリアは、今では王宮でカイロス様を支える側近として働いている。
【セリア・ヴァンローズより】
ルミナ様
お手紙、驚きました。
でも、なぜか納得もしています。
カイロス様は議会の後、いつも窓の外を見つめておられました。
まるで重荷を分かち合える誰かを探しているように。
貴族議会では完全に孤立し、民の声も届かない状況が続いています。
もし本当にもう一人の王がいるなら、カイロス様を救ってくれるかもしれません。
一刻も早くお戻りください。
セリア・ヴァンローズ
ルミナは三通の手紙を読み返した。
教会は混乱と体面を気にし、レオニードは主君への忠誠から行動し、セリアは心からカイロスを支えようとしている。
三者三様だが、全てがカイロスの苦境を物語っていた。
***
(でも、まさか一つ目の村で本人に会えるとは思わなかった)
神託で見えたビジョンは曖昧だった。
鍛冶場と、この方向という程度。
鍛冶を産業にしている村を順番に回るつもりだったが、まさかこんなに早く見つかるとは。
神の導きなのだろうか。
窓の外を見つめながら、ルミナは別のことも考えていた。
実は、教会も貴族の横暴には辟易していた。
特別な力を持つ者を無理やり囲い込み、扱いも良くない。
そんな情報が度々入ってきている。
(貴族の横暴も、露見してしまえば…)
少し悪い考えも頭をよぎった。
しかし、それよりも大切なことがある。
***
(でも、彼がいれば良い方に変わるかも)
アレンの瞳を思い出す。
純粋で、人を守ろうとする意志が宿っていた。
(カイロス様とは違う質だもの)
カイロスは戦場で鍛えられた王。力強く、決断力がある。
アレンは争いを嫌うが、それでも人を守るために立ち上がる。
二人が出会えば、きっと互いを補い合えるはず。
(やはり...二人の王が出会わなければ)
神託の意味が、より明確になった。
カイロスは一人では王として完全ではない。アレンもまた然り。
***
星が瞬いている。
明日、アレンに王都行きを勧めよう。
二人の運命を結ぶために。
手紙を大切にしまいながら、ルミナは祈りを捧げた。
創造神よ、どうかこの国に平安を。
そして、二人の王に試練を乗り越える力を。
(今度は、きちんと報告しないと)
次は中途半端な報告ではなく、全てを明確に伝えよう。
そう心に決めて、ルミナは深い眠りについた。
明日から、運命が大きく動き始める。
――番外編7「父の想い」に続く




