番外編5「もう一つの旅立ち」~ドルン~
アレンたちが村を出てから一夜明けた朝。
ドルンは弓の手入れをしながら、街道の方を見つめていた。
(もう随分遠くまで行ったかな...)
昨日は見送りで精一杯だったが、一人になると親友への心配が募る。
聖女がついているとはいえ、アレンは争いを嫌う性格だ。
王都で何が待ち受けているのか。
その時、家の戸が開いた。
「ドルン、話がある」
父マルドが立っていた。
前日に王都から戻ったばかりで、兄である村長の見舞いで疲れが顔に出ているが、表情は真剣だった。
***
「アレンのことで相談があります」
ドルンは真っ直ぐに父を見つめた。
「ああ、コーリスから聞いた。神の選定の件だろう」
「アレンを一人で行かせるわけにはいきません。俺も王都に行かせてください」
マルドは長考した。
村長代行として村を守る責任がある。息子を危険に晒すわけにもいかない。
しかし、ドルンの実力と判断力は村でも一番だった。
何より、この息子の決意した顔を見れば、止めることはできないと分かっていた。
「...今日の夕方、王都に戻る商人の馬車がある」
「本当ですか?」
「俺が世話になったガーランド商会だ。護衛を一人求めていた。お前の弓の腕なら文句はないだろう」
ドルンの瞳が輝いた。
***
「ただし条件がある」
マルドの表情が厳しくなった。
「護衛の仕事をきちんと果たすこと。そして、アレンを守りたい気持ちは分かるが、無謀な事はするな」
「分かりました」
ドルンは深く頭を下げた。
父は厳しいが、自分のことを心配してくれている。
その愛情が、胸に温かく広がった。
***
昼過ぎ、コーリスがやってきた。
従兄弟の二人は、村の外れで向き合った。
「本当に行くのか?」
「ああ」
「...お前の方が村長に向いてるのかもしれないな」
コーリスの声に、少し寂しさが混じった。
年上でありながら、実力ではドルンに劣ることを自覚している。
「そんなもの、興味ないよ。コーリス兄さんの方がよっぽど村のことを考えてる」
「でも、お前がいなくなったら...」
「大丈夫だ。兄さんには俺にない良さがある」
ドルンは手を伸ばし、コーリスの肩を叩いた。
コーリスは村人の気持ちを誰よりも理解できる。それが村長には必要なのだ。
「アレンのことも頼む」
「ああ、任せろ」
二人は固く握手を交わした。
***
夕刻、マルドが王都から戻る際に使った馬車が、村で一日休んでから王都に戻る準備を整えていた。
荷を積んだ大きな馬車で、護衛が数人ついている。
「ドルン君だね。マルドさんからお願いされた」
ガーランド商会の主人が馬車の準備をしながら振り返った。
「弓の腕前は折り紙付きだそうだ。王都まで護衛をよろしく頼む」
「こちらこそ」
ドルンは弓を背負い、簡素な荷物を馬車に積んだ。
***
マルドとコーリスが見送りに来ていた。
「気をつけてな」
「アレンによろしく伝えてくれ」
馬車が動き出す。
振り返ると、小さくなっていく村の灯りが見えた。
生まれ育った村。いつも帰る場所。
でも今は、前を向かなければならない。
(アレン...待ってろよ)
王都までは7日の道のり。
アレンたちより3日遅れているし、教会の馬車は魔法で強化されているから追いつくのは難しいかもしれない。
それでも、同じ王都を目指している。
***
夜空に星が瞬いている。
同じ星を、アレンも見ているだろうか。
弓を握りしめながら、ドルンは決意を新たにした。
親友を守るため、そして自分自身の答えを見つけるために。
「アレン、お前は王様になるんだろう」
「でも俺は、お前の親友であり続ける」
「どんな立場になっても、それだけは変わらない」
馬車は夜道を進む。
遠く王都の方角に、運命が待っている。
ドルンの旅は、今始まったばかりだった。
――番外編6「三通の手紙」に続く




