番外編4「カイロス・ヴァルステッドの夢」~カイロス②~
意識の底で、カイロスは夢を見ていた。
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【12歳・初陣前夜】
「母様、俺は本当に戦場に出て良いのでしょうか」
幼いカイロスが、母の膝に頭を預けている。
貴族の父と庶民の母――その血を引く自分の立場は、この屋敷でも常に曖昧だった。
「カイロス、血筋なんて関係ない。大切なのはあなた自身の心よ」
兄アルフレッドが自分を見る時の冷たい視線。
「庶民の血が混じった弟」「家の汚点」――使用人たちの囁き声。
だからこそ、戦場に出ることにした。ここでは血筋より実力が評価される。
「きっと大丈夫よ。あなたには人を守る優しさがある」
母の声が、夢の中で遠くなっていく。
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【戦場での日々】
剣を握る手に血が滲んでいた。戦場で多くの命を救い、多くの仲間を失った。
レオニードは頼れる兄のような存在だった。
仲間の一人は、いつも守るべき者を最優先に考える勇敢な騎士だった。
軍人として過ごした7年間。
血筋ではなく、実力と判断で評価される世界。そこには確実に、自分の居場所があった。
「カイロス、お前は本当に良い指揮官だ」
仲間たちの言葉が、温かく胸に残っている。
共に戦い、共に泣き、共に笑った日々。
あれが、自分の青春だった。
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【19歳・王位継承の困惑】
「神の光が降りました!ヴァルステッド家次男カイロス様が選ばれました!」
まさか自分が王に選ばれるとは。
庶民の血を引く自分が、純血の貴族たちを治めることになるとは。
玉座に座った瞬間の重圧。
金と赤の装飾に囲まれ、大勢の視線を一身に受ける。
「所詮は成り上がりの軍人」「庶民の血が王になるとは」
戦場なら、出自など関係なかった。それなのに、この玉座では血筋が全てを決める。
(俺一人で、本当にこの国を変えられるのか?)
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【貴族議会での孤立】
「陛下のお考えは理想的すぎます」
民のための政策を提案しても、貴族たちの冷たい視線。
「武器徴収案、賛成多数で可決」
王宮での自分の味方は、レオニードとセリアくらいしかいない。
王でありながら、王ではない。この矛盾した立場。
だが、広場で民衆に語りかけたあの瞬間――
「武器徴収は一ヶ月延期する!その間に、村ごとの自警団を整えよう!」
希望の光が民衆の顔に宿ったあの瞬間。
(これだ。これが俺の目指すものだ)
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【ルミナの手紙】
夢の中で、レオニードの声が響く。
「『二人の王が存在するかもしれません』」
二人の王――もう一人の選ばれし者。
自分が一人で背負っている重荷を、分かち合える相手。
戦場で青春を過ごした自分とは、まったく違う環境で育ったもう一人の王。
その違いこそが、きっと大切なのだろう。
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【意識の回復】
「カイロス…カイロス…」
レオニードの声が、だんだんはっきりしてくる。
「レオニード…?」
「カイロス!目を覚ましたか!」
騎士団長の安堵の表情。
「市場側の様子は?」
「あちら側にも、指揮を執っている方がいるようです。茶髪の少年ですが、まるで戦場の指揮官のような的確さで…いえ、それ以上かもしれません。民衆が心から従っている様子でした」
茶髪の少年――まさか。
(もしかして、あれが…もう一人の王?)
カイロスの胸に、奇妙な感情が湧いた。
出会ったこともない相手なのに、なぜか懐かしいような。
右耳の王家の環が、微かに温かくなった。
***
「一刻も早く、向こう側と連絡を取りたい」
王座は重い。一人では背負いきれないほどに。
しかし、もしかすると――今度は一人じゃないかもしれない。
窓の外には、分断された王都の夜景が広がっている。
深い亀裂の向こう側で、もう一人の王が同じ空を見上げているかもしれない。
「明日こそは…」
カイロスは静かに呟いた。
母の言葉が、心に蘇る。
「あなたには人を守る優しさがある」
そして戦場で学んだこと。
一人では戦えない。仲間がいるから、強くなれる。
もしかすると、もう一人の王も同じことを感じているかもしれない。
希望という名の、小さな光を胸に抱きながら。
カイロスは、新しい明日を待った。
――番外編5「もう一つの旅立ち」に続く




