全バリスタ、発射準備せよ!
ありがちなネタなので被っていたらすみません。
「バリスタの準備はできているな⁉」
怒鳴る様に訊ねながら、一人の人物が防壁の上へと向かう。
この人物は、この都市の防衛を任された隊長の一人だった。
「はい! 担当区画に可能な限りバリスタを配置しました!」
隊長に答えたのは副官だった。
副官の言葉に、隊長が少し困惑した様な表情を浮かべる。
「ん? バリスタは有事に備えて元々設置してあっただろう? 予備も引っ張り出したのか?」
「? バリスタなんて防壁の上に用意してありませんでしたよ」
「そんな馬鹿な話があるか! 風雨を避ける対策はしてあったが、すぐに使用できる状態だったはずだ!」
「そんな事言われても用意してなかったですよ!」
そんな会話をして、隊長と副官はお互いに顔を見合わせる。
どう考えても話が嚙み合っていなかった。
「……まあ、現状で用意が済んでいるなら良い。ドラゴンの襲来までに時間が無いんだ。言い争っている暇は無い」
どうやら、この都市にドラゴンが向かっているらしい。
確かにそんな事態ならば言い争っている時間すら惜しいだろう。
「弓隊、魔術師隊も準備はできているな? 対空戦闘になるぞ」
「はい! 準備は完璧です!」
「良し! 気合を入れろよ!」
そう意気込んだところで、二人は防壁の上へと到達する。
防壁の上は、何時始まるかもしれない防衛戦の準備で騒がしかった。
兵達は矢を始めとした物資の運搬で止まる事なく動き回っている。
そんな様子を隊長が立ち止まって見回す。
ドラゴンという強敵との戦いが迫っている今、見落としが無いか確認するために、一つ一つ丁寧に視線を向けていた。
一つ一つ問題無い事を確認し、その度に小さく頷いている。
そんな隊長の視線が、防壁上部の一区画で止まる。
それはもう、凍り付いた様に止まった。
「はぁ?」
そして、間抜けな声を上げた。
隊長の視線の先を見れば、これから戦闘が始まる場所だとは思えない、品の良いカウンターテーブルが設置されていた。
カウンターの奥では、これまた品の良い感じの初老の男性が立っている。
初老の男性は、隊長の姿を認めると、やはり品の良い微笑みを浮かべる。
そして、隊長に向かって優し気な声音で問いかけた。
「コーヒーはいかがですか?」
何故コーヒーを勧める?
いや、よく見れば、カウンターテーブルの上にはコーヒーを入れるための器具が並んでいる。
まるで喫茶店のカウンターの様だった。
「いやいやいやいや! 何で防壁の上で喫茶店が開かれてるんだ⁉」
隊長が大声で叫ぶ。
どうやら、隊長もこの光景を見て、喫茶店を思い浮かべた様だ。
「しかも、その場所! そこはバリスタが設置されていた場所だろ⁉ 何で喫茶店になってるんだ⁉」
どうやら、喫茶店はバリスタの設置されていた場所に設営されている様である。
何故? と、言う他ない。
これからドラゴンが襲来するというのに、強力な対空攻撃手段であるバリスタを撤去して喫茶店を設置した意味が分からない。
「おい! 副官! どうなっている⁉」
隊長が、傍らの副官に怒鳴る。
副官は煩そうに耳を抑えて返答する。
「いや! 隊長の指示通りですよ!」
「これのどこが指示通りなんだよ⁉」
「隊長がバリスタの準備しろって言ったんじゃないですか!」
「そのバリスタが無いから怒っているんだ!」
隊長のその言葉に、副官が心底不思議そうな表情を浮かべる。
「だから、大急ぎで国中の喫茶店を回ってバリスタを集めて来たんじゃないですか?」
「……は?」
また間抜けな声を上げて隊長が黙り込む。
そんな隊長を傍らで副官が訝し気に眺めていた。
そして、何か思いついた様で、隊長が恐る恐るといった風にカウンターテーブルの奥の初老の男性に訊ねる。
「……バリスタ?」
隊長の質問に、初老の男性は優しく微笑みながら答える。
「はい。私はバリスタの資格を取得しております」
その答えに、隊長が膝から崩れ落ちる。
……確かに、コーヒーを入れたりする人の事をバリスタと呼んだはずである。
この場合、この初老の男性はそちらの意味でのバリスタなのだろう。
と、言うか、弩砲と表現される方のバリスタだったら意味が分からない。
つまり、副官の壮絶な勘違いにより、バリスタ(弩砲)が撤去され、バリスタ(コーヒーを入れる人)が配置されたのである。
普通に笑えない。
「そのバリスタじゃねぇよ‼」
隊長の魂の叫びが響く。
あまりの事に、隊長は立ち上がる事も出来ずにいる。
これからドラゴンを迎え撃とうというのに、喫茶店を開業してどうしろというのか。
「……何か間違えました?」
「バリスタ違いだよ! この馬鹿! 指示したのは弩砲だよ! でっかいクロスボウみたいのあっただろ⁉」
「ああ、あれですか。邪魔だったんで撤去しましたけど……」
「あれがバリスタって言うんだよ!」
「そうだったんですか⁉」
副官が驚愕した様に叫ぶ。
バリスタを雇い入れる前におかしい事に気づかなかったのであろうか?
「ドラゴン相手に喫茶店で何するんだよ⁉」
「いや……。隊長、コーヒー好きじゃないですか?」
「それがどうしたって言うんだ!」
「戦闘の合間にコーヒーブレイクを挟みたいのかと……」
「そんな余裕ある訳ないだろ! ドラゴンだぞ! ドラゴン!」
「隊長ならいけるかなって?」
「いける訳ないだろ! 何時コーヒーブレイク挟むんだよ!」
隊長の言う通りである。
戦闘の合間に優雅にコーヒーブレイクをぶちかます余裕があるなら、とっとと討伐しろという話である。
「いや、隊長ならいけますよ! ちょっと、シミュレーションしてみましょう!」
「何でだよ! する意味ないだろ!」
「いやいや、隊長はドラゴン襲来から、どういう流れになるか言うだけで良いですから」
「知らねえよ! 一人でやってろ!」
「まあまあまあまあ」
「だから……」
「まあまあまあまあ」
「……分かった。こうなると、お前しつこいから、付き合ってやる。手短にしろよ」
この隊長、意外と付き合いが良い様だ。
正直、しつこくても無視すれば良いだけだと思う。
放っておけ。そんな副官。
だが、本当にその訳の分からないシミュレーションを行うつもりの様で、隊長が立ち上がる。
そして、心底面倒臭そうな表情で、隊長が口を開く。
「……まず、ドラゴン襲来」
「コーヒーブレイク」
「弓矢で攻撃」
「コーヒーブレイク」
「ブレスを防いで」
「コーヒーブレイク」
「魔術で反撃」
「軽食タイム」
隊長の肩が震えている。
今にも怒りが爆発しそうな表情だ。
「どんだけコーヒー飲ませるつもりだ! 腹、たぷんたぷんになるわ! 後、この簡易喫茶店、軽食まで出せるのか⁉」
「軽食くらい当たり前じゃないですか! 喫茶店ですよ!」
副官がキレる意味が分からない。
どう考えてもキレたいのは隊長である。
だが、隊長は怒りを抑える様に頭を抱え、絞り出す様な声で副官に訊ねる。
「……おい」
「何ですか?」
「何か所だ?」
「何がですか?」
「何か所のバリスタを撤去して喫茶店を配置した⁉」
隊長の質問に、副官は不思議そうな表情を浮かべる。
この状況でその表情を浮かべられる神経が分からない。
そして、何でもない風に副官が答える。
「全部ですけど」
「嘘だろ⁉」
隊長の絶叫が空に木霊する。
隊長の担当区画の全てのバリスタが撤去されたのである。
それは、まあ、普通に叫ぶだろう。
「十基以上あったはずだぞ! 全部撤去して喫茶店にしたのか⁉」
「はい! 隊長の指示でしたので!」
「しれっと人のせいにするな!」
「バリスタ用意しろって言ったのは隊長じゃないですか」
「バリスタ違いだって言ってんだろ‼」
怒りのあまり、隊長が頭を掻きむしる。
正直、よく副官を殴らないものだと思う。
「つーか、よく協力してくれるバリスタを見つけられたな! これからドラゴンが来るんだぞ!」
「ドラゴンブレスでコーヒー豆を焙煎したくないですか? って、言ったら、のこのこ付いて来ましたよ」
「よく、そんな頭のおかしいバリスタ見つけられたな⁉」
そのバリスタ本人の前で言うべきでは無いと思う。
頭がおかしいのは……、まあ、その通りだと思うが。
「ともかく、現状を確認するぞ!」
「はい!」
「お前は、国中回って頭のおかしいバリスタを集めてきた!」
「はい!」
「そして、防壁上に設置されていたバリスタを撤去した!」
「その通りです!」
「その後、お前はバリスタ跡地にバリスタを配置して喫茶店を用意した!」
「間違いありません!」
「お前は間違いなく馬鹿だ‼」
隊長が、今日、何度目になるかも分からない怒鳴り声を上げる。
状況を確認したところで、いかに馬鹿げた状況か分かっただけである。
「バリスタ撤去してる時におかしいって思わなかったのか⁉」
「特には」
「バリスタ撤去して、バリスタ跡地にバリスタ配置してバリスタのいる喫茶店を開業させるにあたって、このバリスタおかしいって本当に思わなかったのか⁉」
「微塵も!」
「ふざけんなぁぁぁぁ‼」
現在、バリスタが大変込み合っております。
私も書いていてなんだか分からなくなってまいりました。
「まあ、落ち着いて。……コーヒーをどうぞ」
興奮した隊長に、落ち着いた様子でバリスタがコーヒーを勧める。
これからドラゴンが来ると言うのに尋常ではない肝の座り方である。
「……どうも」
どこか腑に落ちない表情で隊長がコーヒーを受け取る。
「あんたも、よく、こいつの誘い文句で手伝う気になりましたね?」
コーヒーを飲みながら半眼で訊ねる隊長にバリスタは柔らかく微笑んで見せる。
「私が若かった頃、ドラゴンブレスで焙煎を試みた事があったのですよ」
バリスタの言葉に隊長がコーヒーを吹き出す。
「隊長。汚いです」
「……うるせぇ。黙ってろ」
軽くせき込みながら、隊長が副官を睨みつける。
「焙煎を試みたのですが、せっかくのコーヒー豆を灰にしてしまいましてね」
「……よく、あんたが灰にならなかったですね?」
本当にその通りである。
コーヒー豆を装備してドラゴンに向かっていくなど正気の沙汰ではない。
「これでも、昔は勇者などと呼ばれていたのですよ」
「……は?」
隊長が間の抜けた声を上げる。
勇者……。コーヒー豆装備でドラゴンに向かっていく行為は、まあ、確かにある意味勇者ではある。
「……魔王を討伐した?」
「昔の話ですよ」
バリスタの言葉に隊長が目を見開く。
どうやら、バリスタは魔王を討伐した勇者らしい。
そんな人物が、何故、こんな所で喫茶店をやっているのか小一時間程問い詰めたいところである。
後、勇者ならば戦闘経験も豊富だろうし、絶対に副官の勘違いに気づいていたはずである。
「何で勇者がこんな所に⁉」
隊長が叫ぶ。
それは叫びたくもなるだろう。
伝説レベルの存在が、呑気に喫茶店をやっているのである。
「貴方の副官殿に呼ばれたからですが?」
そういう問題ではない。
「勇者が喫茶店⁉ いや、喫茶店やってるのは良いですけど! 何で、この状況で喫茶店やってる事に疑問を持たないんですか⁉」
それは、本当にそう。
何一つ疑問を持たずに、この場で喫茶店をやっているのだとしたらヤバい奴である。
「……勘違いしてるんだろうとは思ってましたけど、面白そうだったので」
「確信犯かよ!」
隊長が叫ぶ。
強いて言うなら、確信犯というよりも愉快犯に近い。
面白そうだからという理由で副官の勘違いを正す事無く放置したのである。
「まあ、良いじゃないですか」
「何が⁉」
「だって、いざという時助けてもらえるじゃないですか」
「いや……、この人、引退する時に本人の意思に反して戦わせる事はしないって、国王陛下が約束してるから、下手に参戦させられないんだよ」
そう言って、隊長が期待する様な視線を勇者に向ける。
意思に反して参戦させられないのなら、本人の意思で参戦してもらえば良い。
勇者に参戦の意思があれば問題は無いはずだ。
そんな期待を込めた隊長の視線を受けて、勇者が柔らかく微笑んで言う。
「危なくなったら助けますよ?」
「最初から助けてください!」
隊長の絶叫を受けても勇者は涼しい顔だ。
そもそも、勇者が副官の勘違いを正しておけばこんな事になっていないのである。
この状況を呑気に眺めていないで積極的に参戦しろという話である。
「まあ、いざとなったら、他の勇者パーティーもいますから安心してください」
「どういう事ですか⁉」
戦闘開始前に隊長の喉が潰れそうな勢いだ。
隊長、ツッコミ通しである。
「いや、他の喫茶店に残りの勇者パーティー全員いますよ」
「勇者パーティー、全員喫茶店やってんの⁉」
「ええ。ここで再会して驚きましたが、全員バリスタになって喫茶店を経営していました」
「引退した後、喫茶店を開かないといけない呪いにでもかかったんですか⁉」
一人二人なら分からなくはないが、勇者パーティー全員が喫茶店を開いているとなると、何があったのかと不安になる。
そして、混乱の極みにある隊長に副官が追い打ちをかける。
「勇者パーティー以外にも、元騎士団長とか、元宮廷魔術師長とかいましたよ」
「何でバリスタの平均戦闘力がそんなに高いんだ⁉」
仰る通りである。
どう考えてもあり得ないくらい平均戦闘力が高い。
バリスタになるために戦闘力は不要なはずである。
「えっ、何⁉ 知られてないだけで、バリスタって資格試験に戦闘力試験があったりするの⁉」
そんな訳がない。
バリスタの試験に殴り合いがあったら異常事態だ。
「あぁ~、クソッ! バリスタの代わりのバリスタが頼りになるのか頼りにならないのか全く分からねぇ!」
能力だけ見れば、奇跡的に頼りになる。
だが、立場的に大っぴらに頼る訳にはいかない相手ばかりである。
立場やら地位の関係で、下手に頼ると後が怖い。
「あっ! 隊長! ドラゴン来ましたよ!」
「嘘だろ⁉」
副官の声に視線を空に向ければ、まだ距離は離れているが、確かにドラゴンがこの都市に迫って来ていた。
数は二十余り。
普通に都市一つを壊滅させる脅威である。
「焙煎用意!」
副官が叫ぶ。
その声に従う様に、各簡易喫茶店からバリスタ達が思い思いの焙煎道具を持って集まり始める。
「焙煎すんな! 散れ!」
もはや、立場とか地位とかどうでも良くなった隊長がバリスタ達を追い払う。
バリスタ達から熱いブーイングが飛ぶ。
「うるせぇ! テメェら揃いも揃って、うちの馬鹿が馬鹿みたいに馬鹿な勘違いして馬鹿な行動を馬鹿みたいにやってたの見てただけだろ! 止めろよ! クソ野郎共!」
「そこまで馬鹿って言わなくても良いじゃないですか」
「黙れ! 馬鹿!」
隊長が怒鳴る。
正直、怒鳴り散らしたく気持ちは分かる。
バリスタ達は、全員勘違いに気づいていたはずなのに、指摘する事なくこの場にいるのである。
副官は勿論、バリスタ達にもキレたいところだろう。
隊長がキレ散らかす中、ドラゴンの咆哮が響く。
「我は暗黒竜王也!」
空から見下ろすドラゴン達の中で、最も巨大な体躯の黒いドラゴンが威圧する様に声を上げる。
実際、その威圧感に、都市の守備兵達は立ち尽くすのみで、攻撃できる者はおろか、声を出す事でさえ、できる者はいなかった。
まともに動ける者は、副官が集めてきたバリスタ達と、キレ散らかす隊長、そして、何故か動じていない副官のみである。
「この世界を支配するために、手始めに……」
「うるせぇ! ぶちのめすぞ!」
何か言いかけた暗黒竜王の言葉をぶった切って、隊長が吠える。
暗黒竜王が、世界を支配するとか、結構重要な事を言っていた気がするがお構いなしである。
隊長、いくら何でもキレ過ぎだ。
「こっちは、この馬鹿共に説教しなきゃいけねぇんだよ! 後日出直せ! 手土産も忘れるな! ぶちのめすぞ!」
言っている事が滅茶苦茶である。
襲撃に来ているドラゴンに手土産を要求するな。
「我を愚弄するか。死をもって償ってもらうぞ……」
「うるせぇ! こっちの都合も考えずに押しかけて来た馬鹿の尊厳なんぞ知った事か! とっとと帰れ!」
お怒りの暗黒竜王に隊長が負けじと怒鳴り返す。
いくら何でも怖いもの知らずにも程がある。
隊長の言葉に、暗黒竜王はもはや言葉を発する事もなくドラゴンブレスの態勢に入る。
バリスタ達が焙煎道具片手に身構える中、それでも隊長は動じない。
「帰れって……!」
隊長が剣を抜き放つ。
「言ってんだろぉぉぉっ‼」
暗黒竜王の目の前まで一気に跳躍した隊長が剣を振りかぶる。
暗黒竜王がドラゴンブレスを発動するよりも早く、隊長の剣が振り下ろされた。
驚愕に暗黒竜王が目を見開く。
そして、隊長の一撃が暗黒竜王の頭蓋を叩き割った。
「すごいですね」
勇者が、空を見上げて呟く。
今まさに、暗黒竜王が墜落している。
「おそらく、あのドラゴンは魔王軍の幹部より強いですよ」
勇者の言葉に、副官が誇らしげに胸を張る。
「どうです? うちの隊長、強いでしょう?」
「ええ。正直、驚きました」
素直に感心した様な声で勇者が返事をする。
そして、ドラゴンからドラゴンへ跳び移りながら、次々とドラゴンを撃墜していく隊長を目で追いながら、勇者が副官へ訊ねる。
「……ところで、何故、こんな事をしたんですか?」
「何がですか?」
「いくら何でも、バリスタを勘違いする訳ありませんよね?」
勇者の言葉に、副官が少し困った様な表情を浮かべる。
「……隊長に手柄を立ててほしかったんですよ」
「……何故ですか?」
「資金が貯まったら、結婚して喫茶店をやろうって約束してるんで」
副官の言葉に、勇者は納得した様に頷く。
「隊長の手柄を私達に保証させたかったんですね」
「すみません」
「いえ、かまいませんよ。それより……」
「何ですか?」
言い淀んだ勇者に、副官が聞き返す。
勇者は少し悩んだ後、再度口を開く。
「……よく、結婚の約束をしてもらえましたね?」
それは、確かに疑問である。
こんなのと結婚したら、隊長の胃に穴が空きそうである。
「? 『結婚してください』って、言ったら、丸一日悩んだ後、『世のため、人のため、野放しにする訳に行かない』って、承諾してくれましたよ」
「……そうですか」
勇者が小さく溜息を吐く。
どうやら、隊長も苦渋の選択の様だ。
責任感が強いのも考え物である。
「隊長の未来に幸多からん事を……」
勇者が祈りを捧げる。
一応言っておくが、今回の騒動で隊長の胃に多大なる負担を強いたのは勇者も同じである。
祈るくらいなら、最初から助けてやれと言う話である。
「最後の一頭ですね」
空を見上げた副官の言葉に、勇者も視線を空に向けてみれば、最後のドラゴンが首を斬り落とされ、墜落していくところだった。
歓声が上がる。
あれだけの数のドラゴンを相手に損害を出す事無く終わったのだ。
目撃した者全てが喜びの声を上げていた。
そんな光景を見た勇者が小さく溜息を吐き……
「バリスタの平均戦闘力がまた上がりそうですね……」
そう呟いた言葉は、歓声の中、誰にも聞かれる事なく消えていった。
『婚約破棄のゴングが響く!』というコメディー作品を連載しています。
この話と同じような、ノリと勢いだけで書いている話なので、良かったら読んでください。




