友の手紙 3
トントントントン……!
ジャアッ‼ ジュワッ!
「満腹ランチできましたぁっ! お願いしますっ」
大きな声を張り上げ、厨房からおかみに料理の出来上がりを伝える。店の中は今日もお客さんであふれ返り、大にぎわいだ。
「はいよー! 次ビーフシチューも入ったよ。パンも大盛りでねっ!」
「はぁいっ!」
次々に舞い込む注文に、昼時は目が回るほどの忙しさだ。けれどこうして夢中になって体も頭もフル回転していると、余計な不安に苛まれずに済んでありがたくもある。
かつてのシオンの仲間たちを訪ね歩いて以降、モンバルトとは会っていない。きっと第二王子並に顔の利く知り合いとやらに、話をつけに行っているのだろう。
ランソルの残した紙切れについては、今日の午後に会いにくるタリオンに見せるつもりだった。
しばらく何も考える余裕もないくらい料理を作り続けて、ようやく波が落ち着いてきた。
「ふぅ! お疲れさん、アグリアちゃん。それが終わったら、あとは上がっていいよ!」
「え、でも後片付けがまだ……」
「いいんだよ! あんたにはもっと先にやらなきゃいけないことがあるだろ? ほら、お客さんがお待ちかねよ」
ちらと店を厨房からのぞき見れば、タリオンがひらひらと手を振っていた。
(ん? 気のせいかしら、随分疲れているように見るけど……)
数日ぶりに会うタリオンは、どことなく顔色も悪く元気がなさそうに見えた。
急ぎ残りの仕事を済ませ、タリオンのもとへと向かった。
「お待たせしてごめんなさいっ。タリオンさん。あの……大丈夫ですか? なんだかお疲れですけど……」
おずおずとそう問いかければ、タリオンが顔がぴくりと反応した。
「実はよくない知らせがあるんだ。アグリアちゃん……」
ひどく沈んだ真剣な声に、ざわりと嫌な予感が走った。
「何……ですか? よくない知らせって……」
こくりと息をのんでタリオンの言葉を待った。
「昨夜遅くに、シオンが牢に収監された……。取り調べの結果、シオンがすべての罪を認めあとは刑の確定を待つだけの状態になったと知らせが入ったんだ」
「ええええっ……! そんな……」
一気に血の気が引いていく。
「そんなの絶対にあり得ないっ。シオンは何もやっていないんでしょう? 全部クロイツが仕組んだことで……、それなのにどうしてシオンが牢に……!」
自分でも驚くほど、大きな声で叫んでいた。
牢に収監されたということは、もう二度とシオンにかけられた嫌疑が晴れることはないということだ。隣国の貴族と癒着し国を裏切った大罪人として、きっともう二度と外に出ることはできないだろう。それどころか死罪になる可能性だって高い。
そんな運命が待ち受けているとわかっていて、シオンがやってもいない罪を自分がしたと認めるわけがない。
「アグリアちゃん、まずは落ち着いて。深呼吸するんだ。さぁ、座って」
タリオンが震える肩を支えて、椅子に座らせてくれた。
そしてここ数日、シオンがどんなに異常な状況に置かれていたかを教えてくれた。
「軍本部内にいる俺にも、シオンに関する情報は正直ほとんど入ってきていなかったんだ。本部内には、ごく一部の限られた人間しか立ち入れない区画があってね。そこにシオンは監禁されていたらしい」
そこでシオンは最低限の食べ物と飲み水を与えられるきりで、日がな一日尋問を繰り返し受けていたのだ。窓もなく日も一切入らない部屋の中で、繰り返し繰り返し。
「尋問の内容も、クロイツが犯した罪をシオンになすりつけるために君や君の領地の未来を盾に脅すという、姑息なものだったらしい……。おそらくシオンは、君たちを守るために罪を……」
そう言ってタリオンは、口元を引き結んだ。
「私の……せい……? 私なんかと結婚したから……、だからシオンは……」
さっさとシオンが離婚届をよこした時点で届け出ていれば、こんなことにはならずに済んだんだろうか。婚姻関係がなくなっていれば、シオンは脅しに屈する必要なんてなかったはずだ。
自分さえいなければ――。
「どうしよう……。どうすれば……シオンを助け出せる……!? シオンを牢から出してあげなくちゃ……」
その瞬間、ランソルがミリーに預けたあの紙切れを思い出した。
「そうだっ! タリオンさんっ、私ランソルさんの恋人に会ってきたんです!」
「えっ? ランソルの!?」
こくりとうなずいて、一部始終を話して聞かせた。
「そうか……。ランソルがこんなものを恋人に残していたのか……。うーん……」
紙切れに書かれた謎の数字と文字の羅列をしばし見つめ、タリオンは何やらぶつぶつと考え込んでいた。
「これ……、もしかしてシオンのいた部隊番号じゃないかな? この日付、確か例の爆発事故が起きる少し前だし」
「えっ? 本当ですか?」
見れば、確かに紙切れの上部に日付のように見える数字が並んでいた。
「でも、だとしたらこの紙に書かれた他の文字と数字は一体……? ランソルさんは、これがいつかシオンの身を助けるかもしれない大事なものだって言ってたみたいですけど……」
「うーん……」
タリオンは胸ポケットから手帳を取り出すといくつかの数字と暗号を書き写し、何度か入れ替えてみたりしていた。
そうしてしばらくああでもないこうでもないと頭を悩ませていたけれど、しばらくしてあきらめたように首を横に振った。
「何かわかりそう……ですか?」
「いや、今の時点ではなんとも……。でももしかしたらこれは、クロイツの悪事を暴くとんでもない証拠かもしれない」
「ええっ?」
タリオンによれば、紙に書かれたいくつかの数字と文字が当時シオンのいた部隊に配給された物資を示す暗号と配給数と一致しているらしかった。
「それってつまり、この紙はクロイツが誰かに横流しするために書いたものかもしれないってこと……ですか?」
その問いに、タリオンはこくりとうなずいた。
「本部に持ち帰って、当時の記録と照らし合わせてちゃんと調べてみるよ。大分複雑に暗号化されてるみたいだし、ちょっと時間がかかるかもしれないけど……どうにか解明してみる!」
タリオンはぐっと拳を握りしめ、力強くうなずいた。
「せっかくシオンのためにランソルが残してくれたんだ……。きっと何か意味があるはずだもんな! 俺も……あいつを助けたいんだ。あいつ、いい奴だからなっ」
タリオンの少し照れ臭そうな笑みが、ふわりと不安を軽くしてくれた。
「そう……そうよね。うん……! 私も……私もあきらめずに頑張るわ。何か他にできることがないか、もっと探してみる! そっちの解読は、タリオンさんにお任せしますっ」
祈るような気持ちで紙切れをタリオンに預け、にっこりと笑い合ったのだった。




