過去の呪縛
バンッ、という音を立てて、全身濃紺色の軍服に身を包んだ男が机を叩いた。
「シオン・イグバート! そろそろ罪を認めてはどうだ? お前が当時上官だったクロイツの目を盗み、幾度も武器屋物資の横領を繰り返していたことはもう明らかになっているんだっ」
シオンは男をちらと見上げ、薄く笑った。
「何がおかしいっ! シオン、お前はまだ状況がわかっていないらしいな」
男が声をひそめ、耳元でささやいた。
「お前が何をどう否定しようと、結果はもう決まっているのだ。お前も知っているだろう? この件は、お前にどうにかできるようなものじゃないんだ。くくっ。余計な首を突っ込んだのが運の尽きだ。シオン」
「……」
「お前が罪を認めれば、お前の妻も妻の領地にも手が伸びずに済む。だがお前がいつまでも否認するなら、話は別だ。ん? それでもいつまでもそんな反抗的な態度を取る気か?」
ギリ、と怒りをにじませ男を見やった。
領地を出てそのままタリオンのもとに向かった。そして今後のアグリアとの連絡役を担ってくれるよう頼み込み、その足で軍本部を訪ねた。
そのまま隣国と通じ横領をした罪で、取り調べを受けている真っ最中だった。
「やってもいない罪を認める趣味はない」
もうすでに何度も繰り返してきた言葉を淡々と告げ、男を真っすぐに見やった。
「……ふんっ。その強情がいつまで続くか、見物だな。……まぁいい。しばらく頭を冷やしてよく考えろ。シオン・イグバート」
そう言い置き、男は部屋を出て行った。
ガチャリ……!
硬質な金属音とともに、扉に鍵がかかった。
軍本部の最奥に作られたこの部屋は、いわば牢と同じだった。小さな空気穴が開いているだけの、窓も何もない部屋。外からの情報は一切入らない構造になっている。
そこに閉じ込められて、おそらくもう数日はたっていた。
日に二度、飲み物と食べ物は提供される以外は、ひたすら無為に同じ問答が繰り返されるだけの時間が続いていた。
(このまま沈黙を貫いても、無駄……か。クロイツは確実に俺を消すつもりだな……。どこまでも薄汚れた男だな、まったく)
心の中でつぶやき、自嘲した。
タリオンから領地に届けられた手紙には、クロイツが自分に隣国とつながり長年横領をしていると嫌疑がかかっていることを知り、自分に罪をなすりつけるために画策していると書かれていた。
クロイツが自分に脅威を感じていることは知っていた。
その理由は、クロイツの悪事の証拠を一度はつかみ平穏を脅かしたからだ。
クロイツが国から配給された武器や物資を横流ししていることに気がついたのは、まったくの偶然だった。
真夜中にかすかな物音に気づき辺りを歩いていたら、クロイツが何者かと何かやりとりしているのを見かけた。はじめは部隊の誰かかと思ったが、明らかに立ち居振る舞いが普通の兵とは違った。
その後もクロイツはその男との密会を繰り返していた。そのたびに何かを受け渡しているのが見て取れた。
そしてある時、男の正体が判明した。
隣国の上位貴族の家紋が入った馬車で去っていくその男と、クロイツの関係に気がついた。クロイツは隣国の貴族と結託し、武器や物資を横流しすることで私腹を肥やしていたのだ。
そんなくだらないことのために、兵たちは満足な食糧も得られず用をなさない壊れた武器と防具とで命を賭け戦っていたというのに――。
だからクロイツの罪を暴こうと思った。今思えば、若かったんだろう。皆の命を軽視し戦争を利用して私腹を肥やすクロイツも、相手の貴族も許せなかった。
けれどその結果は――。
脳裏に、友の血だまりの中に転がる片腕が浮かんだ。
シオンは重苦しいため息を吐き出した。
(一度はつかんだ証拠ももう消された……。おそらくはあの爆発事故のどさくさに紛れて、あいつが部下に命じて俺の荷物諸共処分したからだ。もっとも俺が何をつかんでいたのかまでは知らなかったらしいが……)
部屋に据えられた固いベッドに寝転び、無機質な白い天井を見上げた。
「もう俺には何もない……。あいつの罪を暴く証拠も、守るべき存在も……もう何も……」
自分が正義感からクロイツの悪事を暴こうとしたことで、ランソルは死んだ。きっとあの事故は、クロイツが周囲を嗅ぎまわっていた自分を消すために仕組んだものだ。
でなければ、あの爆発の直前にわざわざ自分とランソルを小屋の見張りに置いたはずがない。
だが、それを立証する証拠は何もなかった。クロイツが隣国の貴族とつながり、長年横領していた事実を示す証拠ももう失われた。
何もかも遅すぎた。
「もう……いいか……。ランソル……、お前のもとへ行っても……」
罪を認めれば、きっとアグリアとあの領地に累が及ぶことはないだろう。もともと自分をあの領地からおびき出し、身柄を拘束するための方便だったのだ。
アグリアとあの領地に、迷惑をかけるわけにはいかなかった。
だから別れを告げた。もう二度と交わることのない縁だ。
「アグリア……」
小さな声でつぶやき目を閉じれば、瞼の裏にもう二度と会うことのない愛おしい面影が浮かんだ。




