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捨てる神あれば拾う神あり 3

 

「実は、軍医時代の知り合いが形ばかりの結婚をしてくれる女性を探していてな。お前さん……、その男と契約結婚をしないか? ただし五年間限定の」

「契約……結婚……? 五年……限定?」

 

 あんぐりと口を開き、モンバルトを見やった。


「名前はシオン・イグバート。子爵家の次男坊で今は軍人をしている。本人にまったく結婚願望はないが、家族から今のままでは絶対に死に急ぎそうだから、せめて結婚でもしてくれと強くせっつかれているらしい」


 結婚して家族を持てば、きっと意地でも生きる気になるだろう。そんな思いから早く結婚しろとせっつかれ、辟易しているのだという。

 ならばいっそのこと、形だけの結婚をすれば黙らせることができる。そう考えたらしかった。


「で、でもなんでその人、普通の結婚をしないの? 知り合いに紹介してもらうとかすれば、いくらだって……」


 いくら自分とそう変わらない下位貴族とは言っても、こんな田舎にポツンとある領地にある貴族家とはわけが違う。王都で暮らしているのなら、婚活パーティだって行き放題なんだし。


 するとモンバルトが肩をすくめ、苦笑した。


「詳しくは言えんが、あいつは色々とややこしいもんを抱えていてな。そのせいで人生に希望を見失っているというか、投げやりと言うか……」

「……?」

「そのせいで、幸せな結婚だの色事だのというものにとんと興味がないらしくてな。いつ死んでもいいって顔をして、ひたすら戦地にしがみついてるんだよ」

「戦地に……しがみつく……」


 それはなかなかに暗い人生だ。夢も希望もなく、ただ自分がいつか戦火の中で死ぬのを待つだけの人生なんて。


「あいつだって、家族に心配をかけているのは本意ではないんだろうな。だからといって本当の結婚はしたくない。なら同じように形だけの結婚相手を探している相手と、契約を結べばいいと思ったらしい」

「なるほど……」


 シオンは現在二十四歳で、軍人としても数々の戦果も上げ評判もいいらしい。その上見た目も性格も、家柄も問題なし。となれば、リーロンより間違いなく優良物件だ。


「それだけじゃないぞ。結婚後、義家族との付き合いは一切しなくていいらしい。形だけの結婚だから、式も顔合わせもなし。互いに契約書を交わしたあとは、月々の生活費も仕送りすると言っている」

「ええええっ? 仕送りまでっ!?」


 シオンの両親にとっては、息子が死に急がないなら御の字であるらしい。よって、口を出さないと約束してくれたのだそうだ。


「……ねぇ、でもそれって……シオンに何の得もなくない?」


 ぽつりと頭に浮かんだ疑問を素直に口にした。


 契約期間は、五年間。五年たったら、互いの合意のもと離婚する。五年もたてば、さすがの両親もあきらめがつくだろうという目論見らしい。

 もちろん状況によっては、互いの了承を元に離婚を少し先引き延ばしすることも可能だそうだけど。


 そして離婚が成立した暁には、慰謝料として幾ばくかのお金もくれるとかなんとか。


「うーむ……」


 思わず低くうなった。


 確かにこちらとしては利のある話だった。

 この国では五年の結婚生活歴があれば、それが離婚であろうと死別であろうと一時的に女性が領主代行として領地を治めることができるという決まりがあるのだ。


 ということは五年の間もしくは離婚後に大急ぎであとを継いでくれる養子を見つければ、当面領地を手放さずに済む。


 とはいえ、あまりに話がうますぎる。うますぎて、懐疑的になるのは当然だった。


「……にわかには信じがたいわね。だってそんなの、シオンにとっては何の得もないじゃない。家族を安心させたいだけなら、結婚したって嘘でもつけば済むんだから」


 両家の顔合わせや付き合いも一切しなくていいなら、嘘をつき通すことだって可能だろう。

 けれどモンバルトは、「あぁ、そうだったそうだった」と何かを思い出したように付け加えた。


「ひとつだけ、シオンからの交換条件があるんだよ」

「……交換条件?」


 モンバルトはグラスをあおり、酒でのどを潤すと続けた。


「シオンは頑なに王都に寄り付きたくないらしくてな。もちろん実家にも帰りたくないらしいんだ。だから休暇で戦地から戻ってきた際は、ここに世話になりたいそうだ。その分の力仕事なんかはするからと言ってな」


 思わずきょとんと目を瞬いた。


「えーとつまり、月々の生活費の中にシオンが休暇で帰ってきた時の食事とか寝床とか、滞在費用が含まれてるってこと? まぁ別に、この屋敷でもいいならかまわないけど……」


 残念ながら、この領地に宿はない。よって泊まれる場所は、ノーレル家の屋敷しかないのだ。貴族の屋敷とはとても思えないほどこじんまりとしていて、簡素な屋敷ではあるけれど。


「休暇とは言っても、あいつが国に帰ってくるのはせいぜい数年に一度ってとこだ。基本的にはここ数年、戦地にずっと張り付いてるからな。とりあえずは食って寝れれば十分だろう」


 モンバルトが問題ない、とばかりに肩をすくめてみせた。


「あ、……もしかしてシオンにとっては、王都から離れた田舎令嬢の方が利があるってこと? 王都に帰らずに済むし、両家の付き合いだって物理的に難しいし」


 ならばあえてこんな王都から遠く離れた地に住んでいる令嬢の方が、契約相手としては適任だろう。


「ま、そんなとこだな。で、どうする? 話を通してみるか?」


 グラスの中で揺れる薄茶色の液体を見つめ、しばし考え込んだ。


 そもそも貴族の結婚なんて、恋だの愛だのといった甘やかなもので結びつくようなものじゃない。ならばこんな奇妙な契約婚だって、ありかもしれない。もちろん大きな声では言えないけれど。


 それにモンバルトが太鼓判を押すなら、きっと悪い人ではないはずだ。酒飲みな点をのぞいては信頼できる人だし。


 唯一気がかりなことがあるとすれば――。


「……その人、見た目とか性格は別に気にしない……のよね? 正直私、その辺は自信がないんだけど……」


 早くに母を亡くして、一日も早く自分で何もかもできるようにならなくちゃと気を張って生きてきたせいだろうか。とんとおしゃれだの見た目を磨いたりといったことから縁遠くなってしまった。

 日々の農作業で肌だって日に焼けているし、炊事洗濯で肌も荒気味だし。


 その上性格的にも、人に頼ったり甘えたりが相当に不得手な自覚はある。大いにある。


(きっとこういうかわいげのないところが、リーロンは気に入らなかったのかも……。婚約相手の令嬢も、とびきりかわいいって感じじゃないけど甘え上手なタイプだったし)


 かわいく甘えたり頼ったりなんて真似は、自分にはとてもできない。そんなかわいい女性にはとてもなれない。

 ならば、この先二度とこんなおいしい話は舞い込んでこないかもしれない。


 いつになく真剣な顔をしたモンバルトの問いかけに、小さくうなずいた。


「うん! ものは試しでぜひ、お願いしますっ」


 ぐっと拳を握りしめうなずけば、モンバルトがにかっと笑った。


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