はじめまして、義家族様 1
ゴトゴトゴトゴト……。
カタンッ……。ゴトゴトゴトゴト……。
一定のリズムで揺られているうちに、ゆっくりと睡魔が襲ってくる。
(昨夜はほとんど眠れなかったのよね……。ふたりのあんな会話を聞いちゃったら、なんだか寝付けなくて……)
行きはひとりきりだったルンルミアージュは、今度は三人での道中とあってご機嫌そのものだ。
(あぁ……。だめ……。車輪の音を聞いてると……意識が……)
気がつけば、いつの間にか眠ってしまっていた。しかもシオンにもたれかかった状態で。
ユサユサと肩を揺すぶられ目を覚ましてみれば、まもなく王都に到着するところだった。
「そろそろだ。アグリア」
「は、はいっ……!」
義家族との初対面に、ごくりと息をのんだ。
そしてついに――。
「まぁ、あなたがアグリアさんね! よくきてくださったわ。さぁ、疲れたでしょう? 中へ入ってちょうだいな」
ふんわりとした雰囲気の丸顔の婦人が、満面の笑みで出迎えてくれた。
シオンはきっと父親似であるのだろう。母親とは顔立ちは似ていない。けれど母親のまとう穏やかな雰囲気はシオンと通ずるものがある気がする。
「シオンもよく帰ってきたわね。もうあなたったらちっとも顔を出さないんだから。どれだけ心配したか……」
シオンの母親は手を広げ愛おしげにシオンをぎゅっと抱きしめると、涙をにじませた。
「でもいいわ。こうして元気な姿を見れたんだもの! それに、やっとかわいい義娘に会えてとても嬉しいわ。いつ会えるかと思って楽しみにしてたのよ? ふふっ」
こちらに向いたシオンの両親のあたたかな視線に、慌てて深々と頭を下げ挨拶を口にした。
「は、はじめてお目にかかります。アグリア・ノーレルと申します。この度は大変にご挨拶が遅れましたこと、本当にお詫びのしようも……」
「あらあら、いいのよ。だってシオンがそうするって言い張ったんでしょう? この子、昔から言い出したら聞かないの。アグリアさんのせいじゃないわ」
義母のコロコロと楽しげな笑い声に、少しだけ心が軽くなる。
その背後に立つスラリとした長身の義父は、シオンと面立ちがよく似ていた。
白髪としわが見えるその姿に、いつか年を取ったシオンを垣間見るようでドキリとする。
「さ、中へ入ろう。この度は孫が迷惑をかけて、本当に申し訳なかったね。アグリアさん」
「あっ、いいえ! 迷惑だなんて……」
表情豊かという感じではないものの、義父の声にはあたたかさがにじむ。
すると自分のうしろに隠れていたルンルミアージュが、ひょっこりと顔をのぞかせ反論した。
「あら? 私アグリアの食事の支度や牛のお産だって手伝ったのよ? 割といい子だったと思うわ」
目をキラキラと輝かせどこか自慢げなその姿に、義両親がぱちくりと目を瞬かせ顔を見合わせた。
けれど次の瞬間背後から投げかけられた声に、ルンルミアージュはびくんっ、と飛び上がった。
「……ルンルミアージュ。他所の屋敷に連絡もなしに訪問するなど、普通いい子はしないと思うが?」
実に冷静な突っ込みに、ルンルミアージュの眉がしょんぼりと下がった。
「だってぇ……あの時はそれしかないって思ったんだもの。でも……、ごめんなさぁい。お父様……」
背後に立つ長身の青年こそが、シオンの兄のジグルドであるらしい。
言われてみればよく似ている。しかもちょっと無愛想で冷たくも見える感じが。
「あれ、お母様は? お出かけなの?」
ルンルミアージュがきょろきょろとまわりを見渡すも、ルンルミアージュの母親らしき姿は見えない。
「それがリリアンヌは昨日からつわりがひどくて、朝から横になっているの。挨拶はあとでもかまわないかしら?」
申し訳なさそうに義母が頭を下げた。
「もちろんですっ! 大事なお体ですから、無理はなさらず……」
そう返せば、義母がルンルミアージュの頭を愛しそうにそっとなでた。
「あなたはすぐにお母様にただいまの挨拶をしていらっしゃい。とても心配していたんだから……」
それを聞き、ルンルミアージュの目にみるみる涙が浮かんだ。
そして弾かれたように二階へと続く階段をかけ上がり、途中でくるりと振り向いた。
「アグリア、シオン! あとでふたりを私のお気に入りのお店に案内するわねっ。でも今はお母様のとこに行ってくる!」
ウサギの耳のように結んだ髪が、ピョコンピョコンと跳ねながら消えていった。
「まったく、お転婆め。まぁ、とにかくよく帰ったな。シオン。アグリアさんもゆっくりしていくといい」
こうしてひとまずは和やかに義家族との挨拶を終え、屋敷の中へと通されたのだったけれど――。
「滞在中は、こちらのお部屋を使ってね。どうかしら? 広さは十分だと思うんだけど」
「えっ……!?」
「……っ!」
通された部屋を見て、思わずふたりとも無言で固まった。
広さも申し分なく調度品の趣味もいい、とても感じのいい部屋だった。
けれど何の問題もないか、と言うとそれは否だった。
(ど……どどどどど、どうしよう? これってもしかしなくてもひとつのベットで一緒に寝るってこと、よね……?)
部屋にはどどん、と実に立派なベットが一台置かれていた。
他に腰掛けられるソファはあっても、体を横たえられるような調度品はない。
ということは、つまり――。
夕食までゆっくりしていてね、と言い残し、義母は去って。
シオンとふたり、だだっ広い部屋に残されしばし無言で立ちつくした。
さて、これはどうしたものか。
ぐぎぎ、と音が出そうなぎこちない動きで、シオンを見やった。
「ええっと……、まぁ…端と端にわかれて寝ても十分広いですし、お互いの間にクッションなんかを置けば……」
ふたりの間に仕切り代わりになる何かを置けば、万が一の事故も起きない……だろう。
別にシオンを信用していないわけではないけれど、寝ぼけて人肌のあたかさにすり寄ってしまったり、蹴飛ばさずに済む……はずだ。
シオンはしばし考え込み、髪をくしゃりとかき上げた。
「……俺は野営で慣れているから、別に床の上でいい。ソファで座ったままでも平気だから、君がベットを使うといい」
「だ、だめですっ! そんなの」
「しかし……、その方が君も安心だろう?」
頑なにベットを譲ろうとするシオンを、必死で止めた。
「だ、大丈夫っ。端っこと端っこに離れて寝れば平気です!」
どうにかシオンを説得して、着替えは衝立ての後ろで交代で済ませることも決めた。
「やはり君の安眠のためにも、俺がどこか他の部屋に移るか何かした方が……」
「平気ですってば! そんなことしたら、皆に本物の夫婦じゃないってバレちゃいますしっ」
そうだ。今回の滞在で何より留意すべきは、義家族に自分たちの結婚の真実がバレて大騒ぎにならないことだ。
それ以外のことは、一緒のベットも着替えを見られることも些末なことだ。
「大丈夫です! 寝巻きだって色気なんて皆無のほんっと地味なものだし、何の心配もいりませんっ」
確信たっぷりに元気よくそう宣言してみせれば、シオンが「ぶはっ!」と勢いよく噴き出した。




