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捨てる神あれば拾う神あり 1

新連載です。

お楽しみいただけたら幸いです。


公募締め切りギリギリのため、一気に投稿いたします。

うるさかったらごめんなさい。

 

「はじめまして、旦那様」

「あぁ……、君がアグリアか」

「えーとそれで……、離婚はいつになさいます?」


 この日アグリアは、はじめて夫であるシオンに対面した。すでに結婚して、数年もの歳月が過ぎているにもかかわらず。


 夫であるシオンは軍人で、もう何年もくすぶっている隣国との紛争にかり出され戦地へと行っていた。よって結婚以来、ともに暮らした日はたったの一日もない。

 それどころか、婚礼も挙げずに婚姻届のみで結婚したふたりが互いに顔を合わせるのは、これがはじめてだった。


 なぜ一度も対面したことのない相手と結婚などしたのか、と言えば――。

 ある日アグリアのもとに届いた、一通の手紙がすべてのはじまりだった。



 ◇ ◇ ◇


 アグリアは、豊かな森と大地に恵まれた片田舎の子爵家令嬢、ノーレル家のひとり娘である。


 母を病で亡くして以来、父娘身を寄せ合うように暮らしてきた。父はいまだ母の写真入りのロケットペンダントを肌身離さず身に着けているほどの愛妻家で、ひとり娘である自分を慈しんでくれた。


 そんな父を、アグリアもどうにか支えようと頑張ってきたのだったが――。


『だめだわ……! このままじゃ、爵位も領地も返上するしか……』


 この国では女性は爵位を継げないし、女領主も認められていない。よって男子が生まれなかった場合は、その家の娘が結婚して婿養子を迎えるのが一般的だ。

 もしくは親戚筋の誰かを領主としてあてがうか、跡取りとなる養子を迎えるか。

 

 が、ここは王都から馬車で丸一日かかる辺鄙な場所にある田舎。

 自然が豊かと言えば聞こえはいいけれど、逆に言えばそれしかない。買い物するにしたって、小さな食料品を扱う店と雑貨屋が一軒ずつあるきりだ。


 その上、自然の恵みである農作物は王都でも評判は上々でそれなりの税収を上げているとは言え、決して潤っているとは言えない。

 そんな田舎に、婿養子にきたいなんていう男性がそうそういるはずもなかった。


『努力はした……。これでも散々努力はしたのよ……! でももうこれ以上は無理……! あぁっ……。このままじゃ領地が人手に渡っちゃう……!』


 これまでの苦労を思い出し、勢いよくテーブルに突っ伏した。


 テーブルの上には、一通の手紙が乱雑に握りつぶされた状態で転がっていた。


「これが最後の砦だったのに……。なんでこんな……、あんまりよ……。他にこんな田舎に婿にきてくれる奇特な人なんているはず……! うぅっ……!」


 手紙の差出人は、つい三か月ほど前に王都で出会った貴族の子息リーロンだった。

 

 まぁ茶会とは言っても、その実態はただの婚活パーティだ。

 黙っていても縁談が舞い込む当てなんてないちょっと残念な家柄の令嬢や子息が、顔の広い貴族のマダムに仲介してもらう形で結婚相手を探す的な。


 こんな辺鄙な田舎にいても、結婚相手なんて見つかるわけもない。よってアグリアも、ここ二年ほど足しげく王都に出かけては婚活に励んでいたのだ。

 そこで出会ったのが、手紙の差出人である男爵家の四男のリーロンだった。


 アグリアと同じく下位貴族でしかも四男ともなれば、当然自力で働いて生きるしかない。王城で経理関係の官吏をしていたものの、出世競争に疲れていたリーロンは、自然の中で生きるのも悪くないと思っていたらしい。


 そこで、たまたまアグリアが他の出席者に領地の自然がいかに豊かを自慢していたのを立ち聞きしたのだった。


『君の領地にぜひ行ってみたいな。もう王都のにぎやかさには疲れてしまってね……。自然の中で汗水たらしながら働くのも、悪くないと思うんだ!』


 リーロンは目を輝かせてそう言った。


 正直言えば、自慢できるようなものが自然以外になかっただけなんだけど。


 けれどぱっと見た感じ気質も穏やかそうだし、いい人そうに見えた。経理関係が得意なら、領地経営にも向いているかな、と思って。それで何度かふたりで逢瀬を重ね、これも縁だからと婚約をしよう――という流れになっていたのだ。


 が――。

 王都から届いた手紙には、こう書いてあった。

 

『ごめんよ。アグリア。

 よく考えて見たけれど、やっぱり王都で育った自分には、牛の世話や農作業は無理だと思うんだ。


 君自身に不満があるわけじゃない。

 けれど今回の話は、やっぱりなかったことにしてほしい。


 さようなら、アグリア。どうぞ元気で他の誰かと幸せになってくれ。


 リーロン』


 ぷるぷると震える手で、もう一度手紙をぐしゃり、と握りつぶした。


「あんなに……牛はかわいいとか……、自然はいいとか言ってたのに……。王都はもうこりごりだって言ってたのに……!」


 怒りがふつふつとわいてくる。その原因は、何も田舎暮らしは無理だと心変わりしたからじゃない。


 リーロンから手紙が届いたのと時を同じくして、別の婚活パーティーで出会ったとある令嬢からも手紙が届いていたのだ。

 そこにはなんと――。


『久しぶりね! アグリア。


 実は私、婚約が決まったの。

 お相手は男爵家の子息でリーロンという方よ。

 四男だから跡継ぎではないけれど、私の爵位を継げばいいからってすぐにお話がまとまったの。

 とても幸せよ。


 婚約のお披露目には、きっと会いにきてちょうだいね。

 じゃあそれまで元気でね』


 その令嬢は、自分と同じく婿にきてくれる子息を探していた。それで意気投合したのだけれど、いくら同じ下位貴族でも王都に居を構えているかどうかの差は大きい。


 きっとリーロンは、同じ婿養子ならば爵位を継ぐことのできる相手の方が利があると踏んだのだろう。気持ちはわかる。腐っても貴族家、それ自体ではお金にはならなくても爵位があるというだけで利はあるのだし。


 その点、アグリアは分が悪かった。

 こんな王都からも遠く離れた田舎貴族なんて、とても貴族とは思えないようなつましい暮らしがせいぜいだ。実際にこの屋敷だって、普通の家にちょっと毛が生えた程度の大きさだし、住み込みの使用人だっていない。


「はぁー……。詰んだ……。完全に詰んだわ……。もう他に手なんてないのに、一体どうしたら……」


 深いため息を吐き出し、カップに注いだ果実酒の残りをぐいっと飲み干した。


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