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第八話:期待と重圧の狭間で 前編

朝靄がゆっくりと森を包み込み、葉の隙間から柔らかな光が差し込んでいた。ハルナは小屋の窓辺に座り、朝露に濡れた薬草の葉をそっと撫でていた。薄明かりの中、黄金色に輝くその葉はまるで生きているかのように微かに震え、彼女の指先に温もりを伝えていた。


「今日も無事に育ってくれてありがとう」


彼女は静かにそう呟き、薬草の様子を細かく確認する。葉の色、茎の張り具合、土の湿り気、すべてに気を配りながら、手際よく水をやり、肥料を調整する。薬草はまるで彼女の言葉に答えるかのように、輝きを増していた。


だが、そんな穏やかな日常は長くは続かなかった。


ここ数週間、森の外から訪れる人の数が劇的に増え、村々の間で「森の賢者ハルナ」の名が急速に広まっていた。薬草の奇跡の効能を求めて、日々多くの人々が彼女のもとを訪れるのだ。


ハルナは人と話すのが苦手で、期待に応えることのプレッシャーに押し潰されそうになっていた。訪問者の多くは、瀕死の病人や怪我人を抱え、切実な眼差しで彼女に助けを求めてくる。その度に彼女は言葉に詰まり、ただ薬草を手渡すことしかできなかった。


「私の薬草が誰かの命を救っている……」


その事実は、彼女にとって大きな励みであると同時に、重い責任感をもたらしていた。心の中では、静かに薬草を育て、誰にも邪魔されずに暮らしたいと願っているのに、現実はまったく逆だ。


そんなある日の午後、森の入り口に一人の青年が現れた。疲れ切った表情だが、瞳には強い意志が宿っている。彼は慎重に小屋の扉を叩き、声をかけた。


「森の賢者様、お話を聞いていただけますか?」


ハルナは戸惑いながらも、ゆっくりと扉を開ける。彼女の胸は高鳴り、言葉はなかなか出てこなかった。


青年は深く頭を下げ、真剣な表情で話し始める。


「私の故郷で疫病が流行り、多くの人が苦しんでいます。村の薬では手に負えず、賢者様の薬草が唯一の希望です。どうか助けてください」


彼の言葉は静かでありながら、切実だった。ハルナは心を揺さぶられ、無力感とともに強い決意が湧き上がった。


震える手で薬草の鉢を差し出しながら、彼女はそっとつぶやく。


「どうか……少しでも助かりますように」


青年は深く感謝の意を示し、薬草を大切に受け取った。彼が小屋を去った後、ハルナは窓から夕焼けに染まる森を見つめた。心の奥に、新たな覚悟が芽生えていた。


「私にできることは、薬草を育てること。それで誰かを救えるなら、私はここで頑張ろう」


星が瞬き始めた夜空の下、彼女は薬草たちに優しく語りかける。


「明日も、みんなが元気でいますように」


孤独な薬師の小さな決意は、静かに、しかし確かに世界を動かし始めていた。

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