表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

第一話:転生した薬師、引きこもり宣言!

カタン、と静かな音を立てて、古びた木の扉がゆっくりと閉まった。森の奥深く、誰の気配もない場所にひっそりと建つ小さな木造の小屋。その中にぽつんと座るのは、淡い栗色の髪を後ろでまとめた少女、ハルナだった。


 深呼吸を一つ、彼女は細く長い指で頬を撫でながら呟く。


「やっと……ここまで来た」


 目の前に広がる窓越しの緑の海。木々のざわめき、鳥のさえずり。前世では味わえなかった、静かな時間が流れている。


 だが、その静けさとは裏腹に、胸の内にはまだどこか落ち着かないものが残っていた。


「もう二度と、誰とも関わらずに暮らすんだ……」


 これは、彼女が異世界に転生して最初に心に決めたことだった。前世は終わりなき残業とパワハラに耐え、精神も肉体も擦り減らした。人間関係の煩わしさに疲れ果て、逃げるように異世界へと辿り着いたのだ。


 転生時に与えられた特典は「植物と会話できる能力」。正直、あまり派手ではない。魔法の剣や火の術、あるいは神級のチートなどではない。ただ、耳を澄ませば草花や木々のささやきが聞こえ、意志を持っているかのように話しかけてくる――そんな能力だった。


 そんなスキルを持て余しながらも、ハルナはこの森の奥で薬草を育てる決意をした。薬草師として静かに生きるための第一歩だった。


「まずはこの苗から……」


 彼女は木箱に入った小さな薬草の苗を手に取り、丁寧に湿った土の上に植えた。ゆっくりと水を注ぐと、苗はかすかに震えた。


 すると、苗から小さな声が聞こえてきた。


「水、もっとちょうだいよ! こんなもんじゃ足りないってば!」


 思わずハルナは眉をひそめた。植物の声は予想以上に生々しく、まるで子どもが駄々をこねるようにわがままだった。


「うるさいな……でも、あなたたちが大きくなってくれないと困るのよ」


 ハルナは自分に言い聞かせるように、小さくつぶやいた。彼女は人付き合いが苦手で、コミュニケーションはいつもぎこちない。植物相手でも同じだった。


 しかし、その独り言が、苗たちにはまるで励ましの言葉のように響いたらしい。


「ねえ、頑張って大きくなってよ。立派な薬草にならなきゃダメよ?」


 そう言いながら、ハルナは照れくさそうに目を伏せた。まるで子どもに話しかける母親のようだと思ったが、今はそれで良かった。


 すると、苗はゆっくりと葉を広げ、鮮やかな緑色に輝き始めた。


「……すごい。私のスキル、本当に効いてるんだ」


 不器用ながらも、ハルナの魔力が植物に伝わっていることを実感し、少しだけ胸が温かくなった。


 夜が更けると、森には一層の静寂が訪れた。だが、彼女の小屋の中では、育てた薬草たちがひそひそと話し合う声が響いているようだった。


「もっと大きくなろうよ!」

「私たち、もっと役に立てるはず!」


 ハルナはその声を聞きながら、複雑な気持ちを抱いていた。


(本当に、ここで静かに暮らせるのかな……)


 願いとは裏腹に、これから始まる奇妙な日常をまだ知らずに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ