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第六話 朝帰りの冒険者


 《月灯り亭》の扉が、ギィと重たい音を立てて開いたのは、俺が最後の一口の茶をすする直前だった。


 風が入ってきた。冷たくはないけど、外の空気はどこか湿り気と鉄の匂いを帯びている。汗、革、土埃。それに、何かしらの焦げたような……戦いの残り香だ。


 エレナ女将が手を止めて、顔を上げた。


「おかえり、クレアホルン隊のみんな。三日も帰ってこないから、ちょっと心配してたよ」


 カウンター越しに、気安い挨拶が飛ぶ。


「悪い、エレナ。仕事は……まだ終わっちゃいない。街のギルドに報告を入れる案件が見つかってな」


 低く、通る声。入ってきたのは四人組の冒険者たち。


 先頭の男は、短く刈った黒髪に無骨な鎧。無駄口を叩かない感じのリーダー然とした風格。

 後ろには杖を背負った魔術師風の女と、身軽そうな斥候。最後尾は背の高い筋肉だるま──という印象の大剣使い。


「……あいつらが、冒険者?」


 俺は思わず声を漏らした。

 エレナがにやりと笑って、俺の耳元で囁く。


「王都ギルド所属、クレアホルン隊。実力はそこそこ、素行は良好。村にも顔が利いてる。滅多なことじゃ暴れたりしない、ちゃんとした連中よ。……それにしても、三日もかかるなんて。下層にまで潜ってたってことかい? ……何かあったの?」


 俺が言葉を返すより先に、杖を背負った魔術師風の女がじっとこっちを見た。


 視線が合う。彼女の目が、訝しげに細められた。


「……あんた、村の人間じゃないわね」


 彼女はゆっくりと近づいてきて、俺を値踏みするように眺めた。


「その顔立ちと髪、そして……それ。首元の装飾具。見ない細工。まさか、どっかの貴族の娘が“修行”とか“療養”にでも来てるわけじゃ……」


「え、あっ……いや、そういうのじゃない。俺は、ただの彫金師で」


「彫金師?」


 魔術師らしい女の視線が、俺の胸元に落ちた。


「それ、どこで買ったの? 村の鍛冶屋じゃないわよね」


 やべ、と内心で呟く。

 服の下にしまってたはずのペンダントが、いつの間にか少し見えていた。


「……ああ。俺が、昨日作ったやつなんだ」


「……は?」


 女の目が、まばたきもせず見開かれた。

 そのまま距離を詰めてきて、ぴたりと俺の前に立つ。


「……嘘じゃないっての? 本当に、あんたが?」


「おい、セリナ。無遠慮すぎだ」


 リーダー格の男が控えめに咎めるが、セリナは聞いちゃいない。


「こんな細工、王都の工房でもそう見ないってのに……。あんた、名前は?」


「……ラピス、だ」


「ラピス、ね! おお、俺リノって言います、斥候やってます!」


 リノと名乗った軽装備の青年が、目を輝かせてパッと前に出てきた。


「これ、ほんとに自分で? すっげーなー!」


「そのペンダント、なんかすごい反応してんだけど」


 え? なんだこいつ。


 思わず背筋に冷や汗が落ちる。


「おいリノ、落ち着け。詮索が過ぎるぞ」


 リーダー格の男が一歩前に出て、俺たちの間に割って入った。


「……すまん。うちの若いのが、少し興奮しすぎた。無礼を許してくれ」


 その声は低く落ち着いていて、どこか信用できそうな響きを持っていた。


「俺はヴァルト。こいつらのまとめ役をしてる」


 ヴァルトと名乗った男は、簡潔にそう言って一礼した。

 俺も慌てて立ち上がって、ぺこりと頭を下げる。


「ラピス。……一応、彫金師やってる」


 魔術師風の女が腕を組んで、ふんと鼻を鳴らした。


「セリナ。あたしがこの隊の魔術担当。……さっきは悪かったわね、ちょっと興味が勝っちゃって」


「いや、別に……。あの、俺、村に来たばかりでさ、まだ右も左も……」


「ならちょうどいい。ダンジョンの話、してあげようか?」


 セリナがからかうように笑う。

 リノがうんうんと嬉しそうに頷いた。


「ラピスさんって、武器とかも作れるんすか? ダンジョンって、鉱石とか魔遺物も出るんで、もし興味あったら今度一緒に……」


「リノ。話が飛びすぎ」


 筋肉だるまの大男がようやく口を開いた。


「……バルド。前衛。喋るの苦手」


「あー、はい。よろしく……」


 なんというか、思ってたより普通だな、冒険者って。

でも、その“普通”がなんか妙に嬉しかった。



 少し遅れて、エレナが彼らの朝食を運んできた。焼きたてのパンとスープ、それに干し肉と甘い果物までついた物をヴァルトたちのテーブルに並べる。


「悪いな、朝から騒がせて。けど、こっちも腹は減る」

 

 ヴァルトがそう言って、静かにスープをすする。


「ところで、ラピス。あんた、なんでこの村に?」

 

 リノがパンをかじりながら、素直な疑問を口にした。


「俺? ……まあ、いろいろあって、流れ着いたって感じかな。今はダリルの工房を借りて、彫金師としてやってくつもり」


「ふぅん、彫金かぁ。ま、あのペンダント見りゃ、そこらの素人じゃないってのは分かるわね」

 

 セリナが肩をすくめる。


「俺も、まさかこんなとこで興味持たれるとは思ってなかったけどな」

 

 思わず、苦笑が漏れた。


「そういえば……」

 

 俺はふと気になって、口を開いた。


「ダンジョンから鉱石が採れるって聞いたんだけど、実際どんなもんが出てくるんだ? 俺、彫金やるにも素材がなきゃ始まらないからさ」


「お、いいとこに目ぇつけてんじゃん」

 

 リノがパンをかじりながらうなずいた。

 

「表層なら鉄鉱や銅鉱、たまに藍鉄も混じってる。他にも魔鉄鉱、灯晶石なんかもあるよ」


「……灯晶石? なんだそれ」


「夜でも微光を放つ鉱石よ。魔導回路に使われることもあるけど、装飾品としても珍重される。彫金なら相性いいわよ」

 

 セリナが補足するように言った。


「ふぅん……」

 

 俺が腕を組んで考えていると、ダリルが低い声で割って入ってきた。


「ただし、素材を生かすには扱い方も知らなきゃな。藍鉄は熱に弱いし、灯晶石は研磨角度で発光が死ぬ。素材任せじゃいいもんは作れねぇぞ」


「そこは任せといてくれ。俺なりのやり方がある」

 

 ニヤリと笑って返すと、ダリルがふっと目を細めた。


「……そうだな。お前なら、素材に負けねぇモンを作るかもしれん」


「でもさ、その鉱石って、やっぱ自分で採りに行くしかないのか? ダンジョンって、危ないんだろ?」

 

 俺の疑問に、ヴァルトが少し眉を上げた。


「基本的にはそうだな。ダンジョンの採掘場までは魔物も出るし、慣れてないと危険だ」


「ただ、浅層部なら比較的安全なルートもある。地元の鉱夫や採掘ギルドが時折掘り出しに行くが、護衛付きが基本だ」

 

 セリナが補足した。


「彫金師ってことなら、そういう鉱夫と組んで動くのが現実的かもな。採った鉱石をその場で選別できりゃ、喜ばれる」


「俺が行っても、邪魔にはなんねぇってことか?」


「いや、それどころか歓迎されるさ。……まれにな、鉱石の“鳴き”を聞き分ける感覚を持った彫金師がいるって話もある」


「実際は珍しいけどね。魔刻師でもない限り、そんなことできる人間なんて滅多にいないわ」

 

 セリナが茶をすすりながらそう言ったが、俺のペンダントにちらりと視線を流した。


「ま、あんた……なんかちょっと違う雰囲気あるし。気にすんな、褒め言葉よ」


 ダリルが低く唸るように言葉を足す。

 

「こいつは……まだ駆け出しだが、感性だけは面白い。職人としての筋は悪くねぇよ」


 “鳴き”──素材が見せる、性質の気配。それを感じ取れるなら、俺に向いてるのかもしれない。


「……ちょっと、ワクワクしてきたかも」


 そんな会話の終わり際、セリナが手元のカップを置きながら小さく息をついた。

 

「……ふぅ。帰ったら報告か……面倒だけど仕方ないわね」


「仕事の続きがあるってことか?」

 

「ええ。ダンジョン内でちょっと気になるものを見つけたの。街のギルドにも共有しないと」

 

「ああ、ラピスもダンジョンに入るなら気をつけてくれ。今は問題が起きないと思うが、近いうちに何かしらの異変が起きると思う」


「え? 大丈夫なのかよ?」


「大丈夫なように街のギルトに報告に行くんだよ!」


 リトが元気に応える。


「ふーん。おたくらがそう言うなら大丈夫なんだろうな」


 クレアホルン隊の面々がそう言うなら大丈夫なんだろう。何かしら問題が生じているのは確かだけど、急を要する内容ではなさそうだ。


 ダリルが「そろそろ頃合いだな」と言って立ち上がる。

 

「おい、ラピス。明日の朝、人を紹介してやる」


「お? 誰?」


「素材探すんだろ? 適任者がいる」


「おー、それは助かる」


 そんなやり取りを、エレナがにこやかに見送った。

 

「ほらほら、クレアホルン隊のみんなはダンジョンから帰ったばかりなんだから、そろそろ一休みしな」


「よし、宿に帰って明日の夜明けと共に帰るぞ」

 

「「了解」」


 そういえばこの人たち、ダンジョンに三日もいて今朝帰ってきたんだよな。

 そうとう疲れているはずなのに、ギルトに報告もしないといけないとか、冒険者って大変なんだな。

 

 素材探しか。この世界しか存在しない金属で彫金するのも面白そうだな……。


 



 

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