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第五話 お金の価値と自信の見た目


 村長ガルスにペンダントを渡し、お金を貰い、そして、村での生活を許可された後、まず感じたのは──満足感と、空腹感。


「……うん。最高に、腹が減った」


 でもまぁ、それだけよく働いたってことだ。昨日は彫った。刻んだ。詰めた。例のペンダント、しっかり完成して、それが気に入られて売れて、ちゃんとお金にもなった。魔刻入りアクセ、記念すべき第一号。上出来。


 ベッド脇に置いた革のポーチを手に取る。ぱちんと留め具を外すと、中で銀貨が三枚、ちょろちょろっと音を立てた。


「おお……銀貨。しかも、三枚。あの村長さん、ちゃんと払ってくれた……っぽい」


 でも、これって……何が買えるんだ? パン? 何枚? 肉? 服とか?


 金属の冷たさを指で感じながら、ふと気になった。俺は彫ることに関してはたぶん、誰よりも集中するけど──世の中の相場とか、そういうの、まるで素人だ。


 というわけで、知ってる人のところへ行くしかない。



「おはようございまーす……って、あ、もう仕事してるんだな」


 鍛冶工房に入ると、鉄と炭の匂い。ほんのり湿った鉄粉の感触が、空気の中に漂っていた。炉は起きかけの赤子みたいに、ぼんやり明るい。周囲の空気はじんわりとあたたかく、でも足元の石床はひんやりしていた。


 ダリルはすでに何かを叩いていた。金槌の音はリズムを持っていて、でも俺の声に合わせて、ちゃんと止まるあたりが優しさか怖さか、判断に困る。


「えっと、報告だ。村の許可、ちゃんと下りた。晴れて、住民になった、俺。あと……昨日のペンダント、売れたぜ。銀貨、三枚」


 ……?


 ダリルの動きが止まった。ぎり、とハンマーを置く音がやたら重たく響いた。俺は直感した。これはアレだ。怒られる流れのやつだ。


「……お前、昨日のペンダント、魔刻印を入れたな? ガルスが朝一から見せびらかしてたぞ」


 え? 見せびらかしてた? なんで?


「確かに魔刻印を入れた」。


「……馬鹿か、お前は」


 来た。怒られた。


「魔刻印ってのはな、普通は剣か鎧に入れる。戦うための道具に、命を乗せて彫るんだ。あんなもん、ただの飾りに入れるやつが、どこにいる」


 はい、それ俺です。えへへ……じゃねぇ!


「しかもだ。銅板での試作、見たことがない術式が走ってた。短時間で、あの仕上がり。あのダリルから魔刻印入りのペンダントが……銀貨三枚? 冗談だろ。金貨数枚は出せる。少なくとも“ちゃんとした相場”ならな」


 ……そんなに、すごかったんだ、あれ。


 俺の脳内で、ゆうべのペンダントが再生された。磨いた魔鉄。石の縁に精密に刻んだ回路。魔力を通した瞬間、ふっと浮かんだ線の光。


 それが“規格外”だったなんて、考えもしなかった。


「村長は悪い奴じゃねぇ。ただ、抜け目もねぇ。次からは、俺に見せてから売れ。……いいな?」


 俺は素直に、こくんと頷いた。


 技術って、楽しいだけじゃダメなんだ。

 ちゃんと、向き合わないと。作ったものに責任を持たないと。職人って、そういう生き物だ。


 ──知らなかった。自分が彫ったものに、そんな価値があったなんて。


 なら次は、その“ちゃんとした価値”ってやつを、自分で見極めてやろうじゃない。


 ちょっと怖いけど、……なんか、燃えてきた。



 ダリルに叱られて反省しつつ──俺の腹は、相変わらず主張が強かった。


「……うるせぇな、今は真面目な話してたっての」


 ぐぅぅ、と情けない音が鳴る腹を押さえて、俺は気まずく笑った。ダリルがじろりとこっちを見る。


「朝飯、まだか?」


「うっ……はい。怒られに来るのが先でした」


「順番逆だ。腹減ってちゃ手元も狂う。職人の基本だぞ」


「それ、今朝一番で言ってほしかったな……」


「宿で飯は?」


「いや、家借りてるだけで、飯は自前っす」


「……なるほどな。村長のやつ、珍しく親切なことを……いや、あいつのことだ、何か見込んでるな」


「俺、投資対象だった?」


「変なとこだけポジティブだな。……奢ってやるから、飯食ってけ」



 《月灯り亭》

 初めて入るその店は、朝の日差しに照らされて、思ってたよりずっとあったかい雰囲気だった。

 窓から差し込む光が木の床にまだら模様を描き、誰かの靴音が心地よく響く。

 焼き魚の香ばしさ、根菜スープの湯気、カウンターから漂う薬草の匂いが混じって、なんとも落ち着く空気だ。


「いらっしゃい──って、あら。ダリルに女の子? 珍し……って、まさか」


 奥から飛び出してきたのは、がっしり体格の女将さん。腕まくりした腕に、腰巻きが妙に可愛らしい。笑顔は……似合いすぎてちょっと怖ぇ。


「ラピスだ。昨日の“アレ”を作った本人だ。……村長が見せびらかしてたらしいからな。ま、まだ表には出てねぇが、そのうち噂になるぞ」


「まぁ! 村長がニヤついてたのはそのせいか。私はエレナ。ここ《月灯り亭》の女将よ」


 ──エレナ女将。見た目どおりの迫力だ。


「えーと、ラピスです。昨日ちょっとだけ、納品しただけでして……」


「うんうん、初々しいのも今のうちよ。ほら、朝ごはん付きで歓迎させてもらうわ。座って座って。あとでゆっくり話そうね」



 出てきた朝飯は、ご飯に根菜スープ、炙った塩魚、それに薬草の香りがするお茶。どれも湯気が立ってて、ちゃんと熱い。


「……うまっ」


 思わず声が漏れた。口に入れた瞬間、腹が正直に喜び始めたのがわかる。胃に染みる感じが、たまらん。


「それ、銅貨十枚よ。どう? お得でしょ」


「……十枚が高いのか安いのか、まだよく分かんねぇけど──これが基準なら、全然アリだな」


「え……ラピス、あんた銅貨十枚がどのくらいかも分かってないの?」


「うん。てか、銀貨が何枚で金貨なのかも、ぶっちゃけあやふや」


 ダリルとエレナが、同時に頭を抱えた。


「お前なぁ……よくそんなんで村長と交渉できたな」


「いや、金貨出されたらヤバいってのは分かるけど、銅貨と銀貨の感覚がまだ掴めてなくてさ……」


「はあ……しょうがないわね。いい? この村の基準で言うと──」


 エレナが指を折りながら丁寧に教えてくれた。


「まず、銅貨が基本。で、銀貨は銅貨十枚分。金貨は銀貨十枚分。つまり金貨一枚=銅貨百枚」


「ふむふむ。百倍ってことか」


「んで、庶民の一日の食費が銅貨六〜十枚くらい。今のあんたの朝飯がまさにそれ」


「つまり……今日の俺は“ちゃんと一食分”ってことか」


「そういうこと。あと宿代は銀貨一枚。村の酒場で一杯飲むのは銅貨三〜四枚が相場ね」


「なるほど……いや、これ聞けてよかった。ほんとに」


 ダリルがボソリと呟く。


「……あいつ、これでよく銀貨で交渉したよな」


「ほんとそれ。可愛いからって騙すなんて酷い男よね」


「えっ、それ関係ある?」



「で、ラピスちゃん。ちょっと顔見せて」


「えっ?」


 エレナがぐっと身を乗り出して、じーっと俺の顔を見る。いや、見るっていうか、観察されてる……?


「髪……光、反射してる? 目も……なんか、円が入ってる? へぇ、こりゃ目立つわ」


「えっ……そんな、俺、そんな派手か?」


 俺が首をかしげていると、エレナが手をひと振り。


「ちょっと待ってな。うちの奥に、昔もらった“磨き鏡”があるのよ。旅の商人が置いてったやつ。今じゃ飾りだけど……ほら」


 彼女は奥の棚から、小さな楕円の金属鏡を持ってきた。縁にはくすんだ銀の装飾。光を受けると、表面がうっすらと人影を映し出す。


「へぇ……けっこう見えるな」


 鏡に顔を映した俺は、息をのんだ。


 虹色の光が、瞳の中でわずかに揺れていた。


「うわっ……思ったよりガチだ。俺の目……こんな色してたのかよ……」


 ダリルが腕を組んで、横目で俺を見る。


「もしかして、自分の顔ちゃんと見たの、これが初めてか?」


「いや、そもそも映すもんがなかったし……自分の目なんて、そこまで意識してなかったっていうか」


「目立つって自覚ないってのも、ある意味すげぇな。……そりゃ村の連中、騒ぐわけだ」


「そうよ。この髪にこの瞳、しかも愛想よく挨拶してくる女の子が急に現れたら、話題にならないわけがないわ」


「え、俺そんな“女の子”してるか?」


「……あんた、自覚ないけど顔が整ってるんだよ」


 エレナの一言に、俺はちょっと口ごもった。


「まぁ……そういう“売り”があるのも、武器の一つってことにしときな」


 鏡の中の自分の目が、じっとこちらを見返していた。

 ──こんな顔してたんだ、俺。

 どこか他人事みたいで、でも確かに“俺”で。

 光の輪を宿したこの瞳は、何を見て、何を刻んでいくんだろう。

 少しだけ、怖くて……でも、悪くなかった。

 

 

ラピスのキャラ設定は身長155センチ前後

銀髪、銀目。髪は光に当たると虹色に反射し、瞳は極彩色の輪が浮かんでおります。


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