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第四話 認められる嬉しさ


 村の広場を抜けた先、小高い丘の上にひときわ大きな木造の家があった。腰までの高さの柵に囲まれ、周囲には薬草と見られる畑もある。


 案内された先で、私は“村長”と呼ばれる人物と対面した。


「ふむ、なるほど。冒険者でもなけりゃ、旅の行商人でもない……鍛冶屋でも狩人でもないってのは、なかなかの珍客だな」


 初老の男、ガルスと名乗ったその人物は、頬に深い皺を刻みながらも、どこか狸のように油断ならぬ目をしていた。


「でもまあ、村としては若い女が住んでくれりゃ、それはそれで助かるって話もある。子どもも増えりゃ、将来も明るいしな──あ、深い意味はないぞ?」


「いや、今の言い方はどう考えても深かったぞ……」


 小声で突っ込みながらも、俺は用意していた言葉を丁寧に告げる。


「俺は彫金師、見習いですが……技術はあるつもりです。戦ったりは、たぶん無理です。でも、何かを作ることでなら、村の役に立てるかもしれません」


 ガルスは鼻を鳴らしながら考え込み、やがて頷いた。


「よし、証明してみな。何か作ってみせろ。家は貸す、素材は鍛冶職人のダリルから貰うといい。あいつも見る目はある」


 かくして俺の“試作仕事”が始まった。


 とはいえ、長旅と緊張の連続で身体はすっかり限界だった。

 案内された空き家は、村の外れにある木立のそばに佇む小さな一軒家だった。外観こそ地味だが、屋根はしっかりしており、戸締まりも問題なし。


 ガルスは別れ際に「腹も減ってるだろう、簡単なもんだが」と、小さな布包みを手渡してくれた。中には干し肉、黒パン、そして素焼きの壺に入った野菜の煮込みが入っていた。


 壺の蓋を開けると、ふわりと香ばしい香りが立ちのぼる。根菜と豆がとろりと煮込まれ、わずかに香草の風味が混じっている。調味料は質素だが、手間はかかっていると感じた。


 干し肉は固かったが、噛み締めるたびに塩気と肉の旨味がにじみ出る。黒パンは少し酸味が強く、歯ごたえもあるが、煮込みと一緒に食べればちょうどいい。


 一口ごとに胃がほっとしていくのを感じながら、俺は静かに息をついた。


「……ちゃんと、生きてるんだな」


 異世界だとか、転生だとか──現実離れしたことばかりだったが、今この温かい食事が、それらを現実に変えてくれる。


 室内には簡素な寝台と布団、隅に水瓶と調理用の石かまどが置かれている。床に腰を下ろすと、体がそのまま沈み込んでしまいそうになる。


 そのまま布団に潜り込むと、泥のような眠気に引きずられ、あっという間に意識が途切れた。

 


 翌朝、鍛冶工房の前で待っていたのは、がっしりした体格の男が仁王立ちで待ち構えていた。


「お前さんが、彫金師の娘か? ガルスから聞いてる。俺はこの鍛冶工房のダリルってもんだ。工具は持ってるんだな?」


 俺は腰のポーチからリューターとビットセットを取り出し、そっと見せる。


 彼の眉がわずかに上がる。


「……ほう、見たことのねえ形してやがる。なんだこりゃ、魔導駆動か?」


「ちょっと、特殊な加工道具なんです」


 素直に答えると、ダリルはどこか嬉しそうに笑った。


「面白い。いいもん作れ。素材はこっちの棚から選んでいい。加工済みはだめだが、生素材なら好きに使え」


 俺は礼を言い、棚の素材に手を伸ばすと、ウィンドウが開き詳細が表示される。


【白亜石──ランク:E 性質:軽量・彫刻適性】

【瑠璃石──ランク:D 性質:魔力伝導・装飾向き】


 そして、棚の隅に置かれた鈍く黒光りする小片が気になった。


【魔鉄鉱片──ランク:C 性質:耐久・魔力共鳴/加工難度:高】


「……へえ、これ、魔鉄か。ゲームで名前だけは聞いたことある」


 初見だったが、ウィンドウの表示と特徴で用途が直感できた。

 試しに使ってみる価値はあるだろう。


 白亜石と瑠璃石、そしてその魔鉄鉱片をいくつか選んだ。


 それを見たダリルが、少し目を細める。


「白亜と瑠璃はともかく、魔鉄を使うか……手間がかかるぞ。削るんじゃなく、焼いて叩くもんだ。工房の炉を使いたいなら、条件がある」


「条件?」


「お前の“彫金”ってやつ、この薄い銅板で彫って見せてみろ。腕が確かなら、炉も設備も貸してやる」


 俺は頷き、ペラペラの銅板のを手に取った。ポーチからリューターと細工ビットを取り出す。


 机代わりの丸太の上に銅板を固定し、呼吸を整える。あのペンダントを作ったときの感覚を思い出し、魔力を流しながら、繊細な波紋のような魔刻印を銅板の表面に刻み込む。

 ビットの震え、魔力の脈動、素材の抵抗感。そのすべてを感じながら、滑らかに線を描いていく。


 ──頭の中のテンプレートから魔刻印を選ぶ。導線接続。微光出力、完了。


 


 銅板の中心が淡く光り、魔刻印が緩やかに脈動を始める。


「……これは……ただの装飾じゃねえな。術式構造が……見える。かなり精巧な……魔刻印か?」


 ダリルの目が真剣になる。


「お前、ただの彫金師じゃねぇな? ……珍しいもんを見せてもらったし、炉も工具も使っていい。……楽しみにしてるぜ、お前さんの仕事」


 彼のその言葉に、俺はほんの少しだけ胸を張った。


 

 金属というものは基本は熱して溶かして形を作る。この魔鉄も例外ではないようで、火炉で加熱し、赤熱したところを叩いて形を作る必要がある。  だが、俺一人では鍛造作業は不慣れだ。

 自宅でやるなら金やプラチナ、銀をガスバーナーで溶かして作る程度だったので、こんな大掛かりな設備を使うのは始めてだ。


「よし、そこは任せな。こっちは手慣れてるからよ」


 ダリルが炉に魔鉄片を入れ、真紅に色づいたところを大槌で叩きながら、輪郭を整えていく。


 俺は横で微調整の指示を出しつつ、ベースとなるペンダントブローチの台座を完成させていった。中央に嵌め込む石のスペースを確保し、外周は彫金加工がしやすいように整形してもらう。


「ほらよ、下地はできた。あとはお前の腕だな」


 ダリルの言葉に礼を言い、私は成形された台座を布に包み、小屋へと戻った。


 小屋では、まず瑠璃石を布で丁寧に拭き、透明感のある青がよく映えるよう研磨をかける。

 底部には細く溝を刻み、そこへ白亜石の粒子を敷き詰めた。

 魔鉄の台座と接合するための緩衝材であり、魔力伝導にも一役買う。


 石と金属、それぞれが違う素材ながら、互いを補う構造に仕立てる。

 まるで、自分とこの村の関係のように思えた。そこへ白亜石の粒子を敷き、魔鉄の輪に嵌め込んでいく。


 最後に極細ビットを装着したリューターを手に取り、瑠璃石の縁に頭に浮かんだ“風環式”とやらの魔刻印を彫っていく。


 繊細な渦紋を連ね、魔力を意識しながら、刻印を完成させる。


 ──パルス安定。魔導流、微弱干渉層に到達。


 ペンダントの中央が、静かに青緑の光を放ち始めた。彫り跡の一つひとつが、魔力の流れと呼吸しているようだった。


 その瞬間、目の前にふわりとウィンドウが浮かび上がる。


《魔刻装飾具:風環の守飾》

【効果】微弱な魔素循環により、疲労回復速度が5%上昇

【刻印式】風環式 初級型

【品質】C+(技術バランス良好・素材安定)


 俺はしばし、そのウィンドウを見つめた。

 頭の中のテンプレートの文字を、小さく石に彫り込むだけで謎機能がついた作品ができてしまう。


 この世界の不思議に、俺の彫金技術で凄い作品が作れるんじゃないかとワクワクしてきた。




 翌朝、俺はそれを布に包んで村長の元へ届ける。


 包みを開いた瞬間、ガルスの目が見開かれる。


「こいつは……ただの飾りじゃねぇな。魔刻印入りのアクセサリー、しかもちゃんと術式が機能してる……! これ、本気で売れるぞ。いや、村の外でも通用するレベルだ」


 ガルスの声が一段上がる。


「ラピス、お前……ほんとにただの職人見習いか?」


「職人見習いです」(この世界ではな)


 彼の態度が明らかに変わったのが、はっきりとわかった。


「これは……買い取らせてくれ。ラピス、お前の初仕事だろ? 村として、正式に迎えたい」


「かまいません。私もこの村で基盤を作るつもりでしたので」


 ガルスは懐からいくつかの硬貨を取り出し、私に差し出した。

 俺はそれを迷うことなく受け取る。この世界で初の収入だ。これで何か美味いものでも食おう。


「ラピスに貸した家は自由にしていい。元々誰も住んでいないからな。後はラピスの腕を振るうだけでいい。期待しているぞ」


「ありがとうございます。頑張ります」


 俺はお礼を言うと村長の家を後にする。

 はぁ、緊張したけど家と仕事を手に入れた。

 これから思う存分に彫金をするぞ! 


彫金=石や金属に細かい細工をする。

魔刻印=表面や内部に魔法の術式を組込む。


こんな設定です。

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