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第十五話 指輪の真価


 第三層のさらに奥へと進んでいくと、坑道の雰囲気が明らかに変わっていった。灯晶の光が届きにくくなり、壁の質感までもが変化している。岩肌は滑らかになりすぎていて、まるで自然の地層とは思えなかった。


「……なんだ、この壁」


 俺は足を止め、目の前の壁面をじっと見つめた。黒灰色のその岩は、あまりにも整いすぎていた。地層の縞も鉱石の粒もない。まるで金属板のように、いや、“意思”すら感じさせる滑らかさ。


 クラリーチェが隣で呟く。


「……これ、人工物?  継ぎ目も接合痕もないって、ちょっと異常よ」


 俺は試しに、ツルハシを軽く構えて壁を叩いてみた。


 カン。


 しかしその瞬間、手首に衝撃が跳ね返ってきた。


「……っ!?」


 振動は刃の先から一気に腕にまで響き、ツルハシの刃先が僅かに欠ける。衝撃が“吸収”されるどころか、跳ね返されたような感覚。


「傷、一つついてねぇ……」


 クラリーチェが眉を寄せて壁に指先をかざす。「打撃、魔力、熱……すべての干渉を受け付けない。これ、“防御”じゃない。“封鎖”よ。完全な拒絶」


 まるで、この先に何かを“閉じ込めている”かのような圧力を感じた。


 俺の職人としての直感が、訴えかけてくる。


(素材そのものが、異常なんだ)


 鉱石の層でも金属でもない。熱の流れも、魔力の波動もない。ツルハシの衝撃を受けて、かすかな反響すら起きなかった。音が死んでいる。


「ちょっと、試してみる」


 クラリーチェが小声で言い、肩掛けの鞄から封札を一枚取り出した。

 軽く唇を動かし、指先で札の片端をなぞる。淡く青い光が彼女の手元に宿り、指先から壁に向けて流れ出す。


 だがその魔力は、壁に触れた瞬間、すうっと霧散した。


「……視認式の術も通らない。光の反射がまるでないから、まるで魔力そのものが“拒絶”されてるみたい」


「魔法を弾いてるんじゃなくて、飲み込んでるのか……?」


 クラリーチェは頷いた。「ううん、吸収ですらない。無かったことにされる感じ。これ、相当ヤバいわよ」


 その時だった。


 俺の指に嵌めていた、星紋の指輪がじわりと熱を持ち始めた。


 最初は微熱。それが徐々に強まり、まるで脈打つように指先へと震えが伝わる。何かが、壁と指輪の間で共鳴しようとしていた。


 やがて、壁面の一角がかすかに光った。


「……今、なにか光らなかったか?」

 

「ええ、私も見た」


 その光に引き寄せられるように、俺はそっと壁へ手を伸ばした。星紋の指輪がさらに強く輝き、壁に接触した瞬間──


 感覚の奥に、何かが流れ込んでくる気がした。


「……ラピス」


 クラリーチェがしばらく沈黙し、そしてぽつりと呟いた。


「ねえラピス。もしかして……この壁、まだ“生きてる”んじゃない?」


 その言葉が、まるで壁の奥から何かを呼び起こすかのように響いた。


 (……“生きてる”? モノに、そんな感覚があるなんて思ってなかった。でも──こいつは、何かを待ってる。そんな気がしたんだ)


 ふと、俺の指輪がさらに熱を帯び、きらりと七色の光を帯び始めた──。


 壁の異質さに気圧され一歩退いた俺たちは、まず周囲の状況を確かめることにした。足元の粉塵を払いながら奥へ視線を伸ばすと、僅かに黒ずんだ灰が散らばり、石を積んだ即席の竈と古い木枠のランタンが転がっているのが見えた。


「キャンプ跡……?」


 クラリーチェがしゃがみ込み、灰を指でつまむ。


 「火を落として、まだ十日も経ってないわ。木枠は街で売ってる冒険者用の簡易ランタン。刻印……“CL”って焼き印、これクレアホルン隊の備品よね?」


「あいつら、やっぱりここまで来てたのか」


 竈の横には欠けた鉄鍋と、湿布薬の空き瓶。彼らがここで炊き出しをした光景が目に浮かぶ。


 が、それ以上に気になったのは、灰の下から覗いた石板の切れ端だった。拾い上げると、木炭で描かれた七つの点──星図のような落書きがある。


「プレアデス……いや、星紋の配置なのか?」


 ゴルドか、誰かが模様を写し取ろうとしたのだろう。だが線は途中で止まり、飛び散った墨跡が焦りを物語る。結局、壁は開かなかったのだ。


 俺は石板をツルハシの柄に括りつけた。


「連中が出来なかったことを、俺たちは越えられるかもしれねぇ」


 クラリーチェはチャームを握り込み、わずかに震える声を押し殺す。「怖いけど……行くしかないわね」


 互いに頷き、再び壁の前へ戻る。星紋の指輪はまだ穏やかな熱を保ち、七つの星を宿す準備を整えているかのようだ。


 星紋の指輪が淡い七色の光をまとい、脈動を始めた。熱は穏やかなのに、骨の奥へ直接震えが伝わる。不思議と痛みはない。ただ、胸の鼓動と指輪の鼓動が完全に重なり合っていく。


 指先を預けた壁面には、濡れたような光膜がにじみ出た。雫が垂れるように揺らめき、やがてその輝きは細い線となり、線は互いに結び付いて、七つの小さな光点――星座のような紋様を描き出す。


「七つ……何かの暗号かしら?」


 クラリーチェが呟いた刹那、視界に煌めく文字列が走った。


【PleiadesRing: 起動】

【Star‑1〈Maia‑Pocket〉亜空間収納スロット 残容量:未計測】

【Star‑2〈Electra‑Flash〉瞬歩機能 テストモード】

【Star‑3〈Taygeta‑Shield〉反射膜展開 準備完了】 ……


 情報が滝のように流れ込み、脳裏で意味を結ぶ。理解というより“刷り込まれる”感覚だ。


――【Star-7〈Asterope-Link〉星縁ギフト リンク開始】


 ──その瞬間、クラリーチェの胸元でも淡い光が瞬いた。  彼女が服の内側に隠していた《星紋鉱チャーム》が、七色の星に同調するように柔らかい光を放ち、指輪の脈動と同じリズムで脈を刻む。


「チャームまで……!」


 クラリーチェが驚いたままチャームを握ると、光は心臓の鼓動と同調してさらに明るくなる。星紋のリング《Asterope‑Link》が自動起動し、ほんの一瞬だけ〈Maia‑Pocket〉のサブスロットがチャームへ複製されたという確信が、俺の頭に流れ込んだ。


「まるで、星が集まって……指輪に収まったみたい」


 クラリーチェの目が星紋の輝きを映す。その横顔を見ながら、俺は無言で頷いた。これは鍵でもあり、羅針盤でもある。


 魔刻印とも似ても似つかぬこの力の定着と同時に、壁の中心円が静かに回転を始めた。石が軋む音はなく、ただ空気だけが震える。円盤が沈み、薄い霧をまとった隙間が生まれると、冷え切った風が坑道へと吹き返した。


 封じられていた時間が、呼吸を取り戻したかのようだ。


「……開いた」


 声がかすれる。奥は闇ではない。そこは魔物の気配も灯晶の脈も感じない、完璧に静止した空間だった。古びた装飾が壁面を埋め尽くし、その中央には先刻浮かんだ七星と対になる巨大な星紋――まるで“母星”のような紋章が鎮座している。


(あれが……本当の核心か)


 指輪の七光が、再び脈打った。星々が俺たちに道を示すように、柔らかな光線で床面を縁取る。その先は、まだ見えない。


「行く?」


 クラリーチェの問いかけに、俺はツルハシではなく指輪を掲げて答えた。


「行くしかないだろ。こいつが――“指輪の真価”まで見せてくれたんだ」


 俺たちは互いに頷き、開いた静寂へと、一歩を踏み出した。

 




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