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第十四話 星紋と壁の向こうへ 2


 第三層に入ってからというもの、空気の密度が変わった気がした。

 湿り気のある風に、かすかに鉄っぽい匂いが混じっている。壁面の灯晶も、どこか鈍く濁って見える。


 モンスターの気配も増えてきた。足音ひとつ、息づかいひとつを間違えれば、すぐに群れに囲まれそうな圧迫感がある。


 慎重に進もうと、俺もクラリーチェも自然と声をひそめた。


「……そっち、足元注意」

「わかってる」


 分岐の奥にあった、人気のない小鉱脈。壁が崩れかけており、照明の灯晶も少ない。モンスターの痕跡も薄く、まるで避けられているような空気が漂っていた。


「ここ、変ね。妙に静か……でも、嫌な感じはしない」

「俺もそう思う。変な気配はねぇ。ただ……」


 ──星紋の指輪が、ほんのわずかに熱を持っていた。


 何かがある。そう感じさせるものが、この場所にはあった。



 短い休憩を挟み、水を一口飲んだときだった。


「ねえ、ラピス」

 

 クラリーチェが、急に小声で切り出してきた。

 

「この間の、指輪のことなんだけど……あれって、やっぱり星紋鉱、なんでしょ?」


 俺は一瞬、体が固まった。

 でも、嘘をついても仕方がない。


「……ああ。間違いねぇよ」


 クラリーチェは、自分の胸元からそっと何かを取り出した。

 あのとき渡したチャームだ。今は細い革紐でネックレスになっていて、服の下に隠れるようにして着けられていた。


「こいつも、時々光るの。まるで、呼吸してるみたいに……」


「それ、間違っちゃいねぇかもな」


 クラリーチェは、水筒の口を閉めながら小さく呟いた。

 

「星紋鉱……王都じゃ“未定義危険物質”って分類されてるの、知ってる?」


「知らなかったが、言われてみりゃ納得だな」


「私の家の商会でも、“見つけたら即報告”って通達が出てたのよ。発見だけで報酬がつく。だけど……」


「誰も、“加工された状態”で見たことがないってことか」


「……うん」

 

 クラリーチェは、俺の指輪をちらりと見て、またすぐ視線を逸らした。

 

「その指輪、たぶん、とんでもないものなんだと思う。でも、怖いとは思わない。不思議と、ね」


「俺には、こいつが……呼んでた気がする」


「わかる。私のも、時々“声”がするような気がするの。意味はわからないけど……確かに、なにか、繋がってる」


 不意に、クラリーチェが小さく笑った。

 

「――あんた、本当に普通じゃないのね。ますます気になるわ」


 俺は肩をすくめた。

 

「仕事の邪魔だけは、すんなよ」


「しないしない。ちゃんと護衛もするし、荷物も持たせないし、こう見えて頼れる女なんだから」


「背負子背負って、お前の素材まで持ってやってるけどな。……頼れるの、俺の背中だけじゃねぇか?」


 クラリーチェはむっとしたように口をとがらせた。

 

「それは、力仕事は得意な人に任せるのが効率的ってことでしょ!?」


「はいはい、合理的でいらっしゃる」


 そんなやりとりに、ふっと重かった空気がほどけた。


 その軽口の奥に、微かな緊張感があった。

 星紋鉱は、ただの鉱石じゃない。

 その事実が、俺たちふたりを確かに結びつけていた。


 ──そろそろ、再開するか。


 俺はツルハシをしっかり握りしめ、壁面に向かって一振り。

 岩が粉になり、固い塊の中に混じっている灯晶が光を反射した。


「やっぱり、ここにも灯晶と鉱脈はあるんだけどな……」


 星紋の指輪をぎゅっと握りしめ、それでも光はさほど反応しない。

 

「前にストーンイーター見つけたのもこの辺だろうが、今日は気配がないな」


 クラリーチェは背後で警戒しながら一歩、二歩と離れ、暗がりをじっと睨んでいる。

 静寂を切り裂くのは、岩を砕く金属音と自分の息遣いだけ。


 何度も掘ってみる――が、期待の星紋鉱はまるで寝ているかのように姿を見せない。


「やれやれ……こりゃ当てずっぽうじゃな」


 岩屑を払いながら壁に目を走らせると、ひび割れや節理が規則正しく並ぶ場所がある。

 近づくと、そこだけが異様に“冷えている”ように感じた。


「ここの岩、妙に湿ってる……染みてる、っていうか」


 クラリーチェがそっと耳を傾ける。

 だが彼女が答える前に、細い足元から小さな影がはじけた。


「ナリグモか……っ!」


 低く短い声を漏らした瞬間、天井の裂け目から滑るように黒い塊が落ちてくる。

 ナリグモ――鉱山に巣を張る蜘蛛型の魔物。八本脚で自在に壁を這い、糸で獲物の動きを封じる厄介な相手だ。


 ──灯晶洞窟に入る前、ゴルドが三層までのモンスターについてざっと教えてくれたことを思い出す。

 ナリグモは単体では脅威になりづらいが、狭所で群れるとやっかいだと。


 一体、二体……気づけば三体。闇に紛れて数を増やしている。


「クラリーチェ、下がれ!」

「平気、やるから!」


 クラリーチェは素早く鞄から封札を取り出し、地面に叩きつけた。瞬間、薄く青い光が魔法陣のように展開され、蜘蛛の一体の動きが鈍る。


「束縛符、発動──っ!」


 ナリグモが反応する前に、クラリーチェは杖の先から火花を散らし、魔力の閃光を叩き込む。

 目を潰されたナリグモがのたうち回り、その隙に彼女は短剣を抜いた。


 返すような動作で、細い関節をひとつずつ斬り落とし、正確に急所を突く。

 その流れるような動きに、俺は目を見張った。


「……すげぇな」


 瞬く間に二体を倒し、三体目を仕留めたところで、空気が静まり返る。

 クラリーチェは息ひとつ乱さず、足元のナリグモの死骸を確認していた。


「解体を手伝ってもらえる? 素材、無駄にしないでね」


「へいへい、職人の本分だからな……っと、ああ、正直ちょっと苦手だが」


 ナリグモの黒光りする胴体を前に、俺はわずかに眉をひそめた。

 ──虫系、というか、節足系の魔物ってやっぱり生理的にくるな。


 それでも、やらなきゃならねぇ。


 腰のポーチから解体用の細身のナイフを取り出し、まずは腹部に慎重に刃を入れる。


「……よし、魔石、あった」


 淡い紫色の魔石が、黒い内臓の奥から姿を見せる。付着物を拭い、革袋に収めた。


 次に、腹の中に溜まっていた糸の繊維。  粘着質だが、魔力を帯びた光沢があり、使い方によっては魔道具の芯線や拘束具の素材になるらしい。


「これか、確か繊維系の練成材料にもなるって……ゴルドが言ってたな」


 最後に、毒腺と口器の牙。牙は小ぶりだが硬く、曲線が美しい。


「牙……これは、アクセの飾りにも使えそうだ」


 細かく分けて革袋に詰め終えると、背負子の空きスペースに丁寧に収納した。


「お前、回収も手際いいな」

「当然。こういうの、大事でしょ?」


「……ああ。これで、何か作れるかもしれねぇ」


 ふと壁を見上げると、そこだけ妙に削られていない一角が目についた。

 節理が歪に揃っていて、自然のものにしては整いすぎている。


「この通路、妙に削れてねぇな……。誰も来てねぇのか?」


 クラリーチェもうなずいた。

「坑道は荒れてるし、足跡もない。完全に“未踏の場所”ね」


 俺はツルハシを地面に立て、壁を見つめた。

 星紋の指輪が、またほんのわずかに熱を帯びてくる。


「……指輪、また反応してる」


 クラリーチェも目を細めた。

「なにか……ある、かも」


 壁の節理の中に、かすかな線が走る。魔刻、いや、彫刻か──人工物のような感触。


「ゴルドが言ってた“妙な壁”……これのことかもしれねぇ」


 俺は壁にそっと手を添える。

 その刹那、岩肌が微かに震え、灯晶がきらりと一瞬だけ脈打つように光を放った。


「……行ってみるか。先に、何かある気がする」


 クラリーチェは静かにうなずいた。

「ええ。私も……なにか“聞こえる”気がする」


 俺たちは背中合わせになり、ツルハシを構え直した。

 闇の向こうに、新たな道が待っている──。

 

 

頑張って書いております。

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