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第十二話 金と噂は、煙より早く


 村の南門に、やけに派手な馬車が現れたのは、昼前のことだった。

 青い布天幕に金色の装飾、屋根には見たこともない羽根飾り。何より、村の空気にそぐわない香水の匂いが風に混じって流れた時点で、ただ者じゃないのは明らかだった。


「お、おい、あれ見ろよ……街の商人か?」「馬、すげぇ……脚、毛がフワフワしてる……」

 

 柵の向こうで子どもたちが群れて騒ぐ。

 

 「あれ、王都の馬車じゃね?」「王都よりピカピカじゃねぇ?」「なぁ、あれ乗せてもらえるかな……」

 

 騒ぐ声に混じって、大人たちが家の中から様子をうかがっていた。

 その横を、俺とダリルはちょうど鍛冶場からの帰り道で通りかかった。


 「……面倒なのが来たな」

 

 ダリルが眉間に皺を寄せたまま呟く。


 馬車の扉が開き、まず出てきたのは、紫がかった赤のコートに金ボタンをズラリと並べた恰幅のいい男。巻き髭をくるんと整え、金の飾りがついたステッキをトントンと鳴らしている。


「ふふん、では早速交渉開始といきましょうか、クラリーチェ」


 後に続くのは、栗色の髪を一つに結んだ少女。俺より少し背が高く、手には細い羽根ペン付きの手帳を持っていた。


「……本当にこの村にいるんですか? “噂の職人”」

 

 「確証はありません! ですが、職人魂というやつは、匂いでわかるのです!」


 クラリーチェと呼ばれた娘は小さくため息をついたが、その瞳は真剣だった。


 商人は村の通りを我が物顔で歩きながら、数人の荷運びと一緒に鍛冶場へと向かってくる。俺とダリルが入口の前で立っているのを見ると、満面の笑みを浮かべた。


「おお、そちらの方! この村で腕の立つ職人様とお見受けしました! 失礼ながら、魔刻入りのアクセサリーを作った方を探しておりまして!」


 ダリルは渋い顔のまま、ぽつりと返す。

 

「ここは鍛冶屋だ。細工仕事はやってない」

 

「ええ、ええ、ですが! 以前この村の方が街で売った、とある“きらめくペンダント”がうちの商会に流れてきましてな!」

 

 ロドルフォはどこからともなく小さな木箱を取り出し、蓋を開けて中を見せようとする。

 

「見てください、この煌めき、魔刻の配置、素材の繊細な使い方! 諸君、これはただのアクセサリーではなく、芸術――いや、神の細工と呼ぶべき逸品です!」

 

 火箸で炉をつついていたダリルの手が止まり、火花がバチリと大きく跳ねた。

 

「……話はそれくらいにしとけ」

 

 その一言に、商人は木箱をそっと閉じ、咳払いして姿勢を正す。

 

「これはもう、作った者に直接話を聞くしかないと!」


 ダリルは無言で火箸を手に取り、炉の中をつつく。火の粉がパチリと弾けると、商人はわずかに後ずさった。


「……ですので、もしや、こちらのお嬢さんが?」


 クラリーチェが視線を向けてきた。その目には、妙な探るような光があった。


(……女の子? あの人……)

 

 服は粗い見たことがないデザインだけど、作業着にも見えるから職人なのは確か。袖には煤がついている。でも、所作が整ってて、目が妙に鋭い。

 

(なんで鍛冶場に……? でも……そんな雰囲気じゃない。何か、変)


 そんな風に感じている自分にも、どこか戸惑いがあった。


「弟子かしら? もしかして、貴方が――」


「見習いだ。まだ金床もろくに叩けねぇ」

 

 ダリルが即答する。


「ハンマー持って火の前で汗かいてるだけさ。細かい仕事は、まだ早ぇ」


 ハンマーがくそ重てぇの確かだ。

 ひ弱な体じゃ、1回振り下ろすのに両手でやらないと無理。

 俺は何も言わず、黙って後ろの道具棚に手を伸ばした。火を使わない作業に逃げたように見えたかもしれないが、指先がほんの少し、緊張で固まっていたのは自覚していた。


「……なるほど、そうですか。いやいや、大変失礼を……」

 

 ロドルフォは胸に手を当てて一礼すると、踵を返した。


「では、またの機会に! クラリーチェ、我々は退却いたしますぞ!」

 

「最初からそうしていればいいんです……」


 小声で毒を吐きつつも、娘は俺の方を一度だけ見て、微かに首を傾げた。

 まるで、何か引っかかったような顔だった。


 商人一行が去ったあと、鍛冶場に静寂が戻る。

 ダリルが火箸を置いて、ぼそりと呟いた。


「……やっべぇな。思ってた以上に、広がってやがる」


 俺も、同じことを思っていた。

 前に村長ガルスに買い叩かれた魔刻入りのペンダント。

 あれが、街の商会をここまで動かすとは。


「……指輪のことは、まだ黙っておいた方がいいな」

 

「当然だ」


 ダリルの声は低かったが、その奥にある警戒は、本物だった。



 夕方。陽が西に傾き始めた頃、鍛冶場の裏手――ちょうど木材と鉱石の仮置き場になっている小さな空き地で、俺は一人、指輪を見つめていた。


 《装飾具:星紋の指輪》

 クラフトログにはそう記されている。


 魔刻は刻んでいない。ただ、あの虹色の脈動と、俺の魔力に反応した“何か”は、明らかに特別だった。


(……誰にも、まだ見せるつもりはない)


 でも、それでも。


 ──試してみたかった。


 俺はそっと、右手の薬指に星紋の指輪を嵌める。


 するりと、俺の指にぴったり。

 それだけの動作なのに、心臓がやけに高鳴った。


「……なんだろ、これ」


 言葉にするのも難しい感覚。

 体の奥から、なにか温かいものが広がっていくような。


 ふと、背後に気配を感じた。


「……その指輪」


 声がして振り返ると、そこにはクラリーチェが立っていた。


 昼間よりも、ずっと静かな目で、俺の手元を見つめていた。


「さっきの……鍛冶場の、見習いの」


「……ああ。見てたのか」


 俺は思わず指輪を隠そうとしたが、手が途中で止まった。


「それ、普通の装飾じゃない。魔力が……揺れてた」


「……見えるのか?」


 クラリーチェは小さくうなずいた。

 

「私、目利きの訓練受けてるから。魔刻じゃない、けど……それ、多分、もっと“深いもの”」


 やばい。見られた。思いっきり、見られた。

 なんでこんな時に限って、指輪なんて試してるんだ俺は!


 焦りのままポーチをまさぐり、手に当たった小さな包みをつかんだ。

 魔力が抜けきった星紋鉱の端材で、練習がてら削った“失敗作”。黒ずんで見栄えもないし、実際加工中は光も何もなかった。


 けど、指輪のときと同じなら──“触れたとき”、何かが起きるかもしれない。


「……試してみるか?」


 俺はそっと布を開いて、チャームを見せた。

 見た目はくすんで、どう見ても価値なんてなさそうだ。


「……これ、くれるの?」


「試してみてから決めろよ。魔力、ちょっとだけ流してみろ」


 クラリーチェは怪訝な顔をしつつ、チャームに触れ、指先から魔力を通す。


 その瞬間、黒ずんだ表面が、ふわりと虹色に染まり、光の粒がチャームの内部を走った。


「……っ、これ……」


「な? 驚いただろ」

 

 俺は口の端を上げた。

 

「最初、失敗作だと思った。けど、誰かが触れることで完成する“器”だったみたいだ」


「そいつは、お前のだ。……って、勝手に言ってるけどな。黙っててくれたら、それでいい」


 クラリーチェは数秒だけ沈黙したあと、チャームを胸元でそっと握りしめた。


「……さっきの指輪で、確信した」

 

「魔力の流れ方、ペンダントと同じ。怪しいとは思ってたけど、決定打がなかった。でも今ので全部繋がった」


 彼女は小さく頷き、ほんのわずかだけ、口元を緩めた。


「気になって貴女のことを調べてたのよね。私、感はだいたい当たるのよ。あとは、確かめたかっただけ」


 そして、胸に手を当てて名乗る。

 

「――クラリーチェ・ヴァルドロッソ。ヴァルドロッソ商会副補佐。今後ともよろしく、見習い職人さん」


 俺は言葉に詰まった。


 それを見てか、クラリーチェは少しだけ笑った。ごく、わずかに。


 夕暮れの風が、ふたりの間を吹き抜けた。

 その瞬間、星紋の指輪が、微かに、淡く光った。

 

ブクマありがとうございます。

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