第十一話 Pleiades Ring
工房の煌きと、星の息吹
「……改めて見ると、本当にヤバい色してんな」
工房の明かりの下、星紋鉱の欠片を手に取った。青銀の光が金属の表面を撫でるように揺れて、まるで呼吸する生き物みたいに見える。昨日から何度も見てるはずなのに、見飽きることがない。
隣で腕を組んでいたダリルが、唸るように言った。
「やっぱ……火を入れるしかねぇな」
「だろ? でも火加減が鬼門だ。間違えたら──」
「──吹き飛ぶな」
その言葉に、ふたり同時に苦笑する。
けど、その笑いの奥には、言いようのない緊張が混じっていた。
「……昔な。王都で“精霊鉱”ってのを扱ったことがある」
不意にダリルがぼそりと呟いた。
「熱した瞬間、周囲の魔力を暴走させて、隣の工房ごと吹き飛んだって話だった。命は助かったが……あの工匠はもう炉に火を入れられなくなっちまった」
俺は言葉を失った。
「この鉱石も、それに近い匂いがある。動きが、魔力の波が、“触れてくる”。ああいう素材は、職人を試す。選ばれた奴じゃねぇと、牙を剥く」
「つまり……これでしくじったら、俺も丸焼けコースか」
「だから覚悟しとけ。手間を惜しむな。お前のやり方なら、きっと応えてくれる……そう思いたいがな」
俺は慎重に、瑠璃色の魔石――ストーンイーターから得たやつ――を取り出した。粉砕してみると、深い青の破片が鈍い光を反射し、ほんのりと蒸気のような魔力の靄を帯びている。その粒は意志を持っているかのように僅かに脈動し、手に乗せるだけで微かな熱を感じさせた。異様に高い魔力導電性と、金属との融合特性──融剤として試すには、こいつしかない。
「まるでホウ砂か、フラックスの魔改造って感じだな……」
呟きながら指先で粉を撫でる。細かい粒が熱を帯びてほんのりと光を放つ。転生前、金属工学の講義で見たグラフを思い出す。粉の粒径と接触面積、魔力による伝導反応が重なれば……理屈の上では、可能だ。
「……あとは、こいつが暴れないことを祈るだけだな」
星紋鉱と、魔石の粉と慎重に混ぜ、作業皿に均等にならす。粉塵が舞い、鼻にかすかな焦げたような匂いが残る。
作業台にあった古い耐熱坩堝を取り、混合粉末をそっと流し込んだ。
炉に火を入れると、赤が橙へ、やがて白に近い輝きに変わっていく。
ごう、と燃え上がる音が壁に反響するなか、汗が頬をつたう。
「……俺、喋ってねぇと逆に落ち着かなくなるんだよな。怖いときとか特に」
「集中しろ、言葉がずれると作業も狂う」
ダリルの低い声が、熱よりも鋭く刺さる。
「……悪ぃ。わかってる」
俺は口を閉じ、道具に視線を戻す。けれど、その沈黙の奥で、素材と炎が何かを語り合ってるように感じた。
「……まだだ。あともう少し」
「おい、色が……」
「分かってる!」
俺の声が、思った以上に荒く出た。
そのくらい、集中してた。
熱波が目の奥に焼きつく。肌が焦げそうだ。背中を汗が伝う感覚さえ、もはや熱と一体化してる。
意識を絞り込む。素材の反応音、坩堝の振動、炉の呼吸みたいなうねり。
まるで“何か”と会話してるような、そんな錯覚があった。
温度が限界を超える寸前、炉壁がミシッと不気味な音を立てた。
「やばい、炉が……底抜けるぞ……!」
「溶けた! 行くぞ!」
俺は柄の長い杓子で坩堝を引き出し、指輪用のロストワックス型へ――迷いなく注ぎ込んだ。
そのとき、星紋鉱がわずかに脈動した気がした。
「今……揺れたか?」
「お前、素材と話してるのか?」
「話してるっていうか……聞こえてくる、って感じだ」
ダリルが息を呑む気配が伝わる。
「そりゃあ、“職人の域”じゃなくて、“選ばれし側”の感覚だな……」
溶けた星紋鉱は、虹色を含んだ白金のような液体となって、型の中へゆっくりと流れ落ちる。蝋が焼ける甘苦い匂い。熱風が頬をかすめ、全神経が集中する。
「入った……間に合ったか……?」
俺が息を吐くのと同時に、炉の奥からパシッと火花が散った。
その音が、まるで“終わったぞ”って合図みたいだった。
型を冷やす時間が、異様に長く感じた。指の先まで痺れるような高揚感と、喉の奥に残る不安。
冷却が終わった頃には、俺もダリルも、ほとんど無言だった。
型を割ると、出てきたのは――
「……灰色、だな」
青銀色は、どこにもなかった。
ただの、無骨なリングが、そこにあるだけだった。
「ああ……やっぱ、無理だったか……?」
俺がリングを手に取った、その瞬間。
ビクリ、と金属が微細に震えた。
掌に伝わる感触が、なにか“目覚めた”みたいな。
次の瞬間だった。
ぱぁっと七色の光が走り、リング全体に脈動が広がる。
金属が、心臓のように微かに“鼓動”していた。
それは確かに、魔力じゃない。
もっと深いところ……命の共鳴のようなものだった。
「その反応、魂の刻印のようだな」
ダリルの声が、どこか畏れを含んでいた。波紋のような輝きが、空気ごと震わせる。
金属の表面に、まるで星座みたいな模様が浮かんだ。
「う、わ……!」
掌の奥で、リングが“応えた”。
俺の魔力に。俺という存在に。
《所有者登録──完了》
聞こえた気がした。確かに、誰かの声で。
でもそれは、外からじゃない。俺の“中”に響いた。
目を丸くしているダリルが、それでも何も言わないのは珍しかった。
ただ、ぽつりと漏らすように言った。
「……選ばれた、ってやつか」
言葉の意味が、妙に腹に落ちた。
俺が星紋鉱を選んだんじゃない。星紋鉱が、俺を選んだ。そんな気がした。
その光の感触は、ただの魔力伝導じゃない。
“問いかけ”だった。何かが、確かに俺に向けて意思を持っていた。
応えたことで、扉が開いたような感覚。静かで、でも確かに世界が一段、深くなった気がした。
ゆっくりと、俺は作業台に戻る。
クラフトログを開くと、見たことのないウィンドウが展開された。
《装飾具:星紋の指輪》
【素材】星紋鉱(等級:S+)
【魔力親和】極高
【魔刻印スロット】7
【性能評価】SS
【状態】所有者認証済み(リンク固定)
魔刻印も入れてねぇのに、SS評価。
しかも、スロットが七つ……!?
これはもう、規格外ってレベルじゃねぇ。
……こいつが生まれた“理由”が必ずあるはずだ。
俺の中で、そんな確信が灯る。
震える指先で、リューターを取った。
折角だし、何か文字を入れるか? そもそもリューターで彫れるのか?
「……何て名前、刻む……?」
迷いが一瞬だけ、胸を過った。
俺がこの指輪に与える最初の言葉。
星……七色……あの脈動……
自然と、浮かんできたのは、あの名前だった。
“Pleiades”
指輪の内側に、ひと文字ずつ――“Pleiades”と彫り込む。
刃が金属を撫でるように滑る。まるで、そこに最初からその名が刻まれる運命だったみたいに。
“プレアデス”―― 星の名だ。
昔読んだ星図で見た、七つの輝き。
群れで光るその姿が、この指輪に宿った“共鳴”に思えた。
彫り終わると、星紋の模様と重なって、文字が七色に光を返した。
「……よし。お前は、俺が仕上げたんだ」
それはまるで、相棒と初めて言葉を交わした瞬間のような感覚だった。
23話分まで書いております。
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