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第十話 星紋鉱と見えざる鍵


 地上へ戻る頃には、陽はすでに傾き始めていた。

 灯晶洞窟を出た瞬間、冷たい空気と共に押し寄せた光が、どこか現実に引き戻すような感覚を伴っていた。


 風が肌を撫でる。

 外に出た瞬間、あまりの静けさに思わず目を細めた。

 鉱石の重み、戦いの余韻、そして……命の実感。

 歩いているだけなのに、脚が妙に重い。

 ゴルドと並んで歩きながら、俺は背負子を揺らす金属音をただ聞いていた。


 背負子に詰めた鉱石と魔石。それらは戦利品であると同時に、俺が初めて“地の底”と向き合った証でもあった。


 空を見上げると、雲の端が赤く染まりかけていた。風が吹き抜けるたび、汗ばんだ首筋が冷える。音のない帰路、ただ靴音だけが耳に残る。

 地の底で、俺は命を奪った。襲いかかってきた魔物とはいえ、自分の手で“終わらせた”重み。


 怖くないと言えば嘘になる。でも、後悔もしていない。

 それだけは、確かだった。


「……ラピス。手、震えてるぞ」


 ゴルドのぼそりとした声に、はっとして自分の指先を見る。

 確かに、微かに震えていた。興奮か、恐怖か、それとも――喜びか。


「……初めて短剣で倒した。俺が……俺の手で」


 その事実は、どこか現実感がない。

 だけど、その瞬間の感触――飛びかかってきたストーンイーターの重み、刃が通ったときの手応え――すべてが鮮明に残っていた。


「初陣にしちゃ上出来だ」

 

 ゴルドはぼそっと呟き、歩き出す。

 

「だが、無理はするな。お前の武器は刃じゃねぇ。作る手だ」


 その言葉に、俺はほんの少し、胸の奥があたたかくなるのを感じた。


 ──帰ろう。あの短剣をくれた鍛冶屋のもとへ。



「これが……星紋鉱だと?」


 ダリルの目が、驚きで見開かれた。

 俺が差し出した鉱石は、淡く揺らめく青銀の紋様を持ち、どこか“意思”を秘めているような気配を感じさせた。


「間違いねぇ。この紋様、光り方……これは本物だ」


 ダリルはしばし無言になり、まじまじと星紋鉱を見つめた。


「……昔な、王都の工房に研修で行ったとき、博物局で見たことがあるんだよ。展示品のひとつに“神銀の欠片”って呼ばれる鉱石があってな。それに似てる」


「神銀……?」


「真偽は定かじゃねぇ。ただ、その鉱石はどんな魔力にも反応して、触れた術師が全員ぶっ倒れたって話だった。だから厳重保管されてて、まともに加工された例がねぇって代物だ」


 そこまで話して、ダリルはふっと目を細めた。

 

「お前の鉱石は、それより“静か”に見える。けど、芯の奥に、なにか棲んでる気配がある。……気をつけろよ。下手に火を入れたりしたら、吹き飛ぶかもしれん」


 それがどれほど珍しいものか、ダリルの反応が何より物語っていた。


「おい、これ……適当に売るなよ。街のギルドに持ち込むと厄介なことになる。下手すりゃ命狙われるぞ」


 命、って……。

 そんな大げさな。


 けれど、この村で星紋鉱の価値を冷静に判断できる人物は限られている。

 少なくとも――あの村長ガルスには、絶対に知られないようにしないと。

 前に魔刻印入りのペンダントを渡したときのことを思い出す。あれは、いいように“買い叩かれた”。

 今回のこれは、もっと厄介なモノだ。

 下手に話せば、まず間違いなく外に漏れる。



 工房に戻り、明かりをつける。


 机の上に星紋鉱の欠片を置くと、灯りの下でうっすらと虹色が滲んだ。


「……すげぇな、やっぱ」


 誰に言うでもなく、呟いた。

 この鉱石には、他のどれとも違う“意思”がある気がする。

 視線を落とすと、淡い虹色の輝きが一瞬だけ瞬く。

 ──呼ばれている?

 そんな感覚すら覚えた。


 眺めているだけで、何かを語りかけてくるような……


「でも、どう加工すりゃいいんだ?」


 道具箱を開けては閉じ、クラフトログを数度呼び出しては首をかしげる。


 けれど、魔力の理屈なんて、俺にはまだわからない。

 ただ……俺の“眼”が反応した。

 この鉱石と、何か繋がっていることだけは、はっきりしてる。


「まずは、当ててみるか……」


 俺は、いつもの彫金台に星紋鉱の欠片を置き、試作用の極細ヤスリを軽く当ててみた。

 カン、という金属音が返ってくる。

 表面は、まるで“弾く”ような硬さ。


 でも──そのときだった。


 わずかに、鉱石の表面に“揺らぎ”のような模様が浮かんだ。

 まるで、さっきのダンジョンと同じ、光の糸がうっすらと流れているような。


「反応……した?」


 俺の瞳も、それに応じるように“見え方”が変わっていた。

 何かが、始まる気がした。


 ──これは、ただの素材じゃない。


 その確信を胸に、そっとクラフトすログを呼び出す。


【素材:星紋鉱/等級:A+/魔力親和:極高】


 やはり。

 ログに魔力親和が新たに表示されていた。

 この鉱石は、俺の中の何かと繋がっている。


  指輪型の装飾具を頭に思い描きながら、クラフトログを呼び出してみた。

 すると──空中に、うっすらと虹色の紋様が浮かび上がる。


「……ホログラム……?」


 頭の中で、もしこれが完成したら……という妄想が浮かぶ。

 この星紋鉱をリングにしたら、どんな魔刻印が宿る? いや、それ以前に、魔力はどう流れる? 熱はどう伝導する?

 空中に展開されたホログラムは、わずかでも答えを示している気がした。


 淡く煌めく線が静かに空間を走り、チリチリと空気が震えるような微かな音が耳を打つ。

 だがそれは数秒も持たず、ゆらりと揺らいで崩れた。

 完成品ではないせいか、魔力の流れが不安定すぎる。


 けれど、その一瞬の輝きだけで、胸が高鳴る。

 何かが、自分の中で“共鳴”を始めているのがわかる。


 ここで慌てて削ってしまうべきじゃない──そんな理性もある。

 だが、触れずにはいられない吸引力があるのも事実だった。


 ──きっと、もう少しだ。


 その瞬間、工房の扉がきぃ、と開いた。


「よう。あれから試したか?」


 ゴルドだった。

 ちらりと俺の作業を見て、目を細める。


「まさか、本当にやるとはな。……それ、鍵かもしれんな」


「鍵……?」


「クレアホルン隊のリーダー、ヴェルドが言ってた。寡黙で実直な男だったが、そのときばかりは妙に慎重な口ぶりだった。三層の奥に“開かぬ壁”があったって。どんな魔法も通じず、魔刻印による補助効果や技も発動しなかった。でも……その壁に刻まれていた模様が、お前の鉱石と、なんというか──似ていた」


 まさか、と思った。

 星紋鉱が見せた“道”。


「鍵……?」


 その言葉に、胸の奥がざわめいた。

 だが今は、それを追いかける時じゃない。


「……まずは、この鉱石をもっと知らないとな」


 もう一度クラフトログを開いた。

 ──この鉱石が何かを“開く鍵”だというのなら、俺自身が“鍵穴”を見つけなければならない。


 今はまだ、準備のときだ。


 今度は、ただの素材採取じゃない。

 “謎”に挑むために。

 

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