第8話 日曜日のバスケ部
6月末の日曜日、今日は昼から夕方までフルコートで体育館が使用出来る。自転車通学の俺は、真昼の暑さの中バスケットシューズと着替え等を籠に放り込んでチャリを走らせる。
15分ほど走るので、結構な体力が必要だ。運動が苦手な人には辛いだろうけど、俺にとっては大した事ではない。
13時から練習スタートだけど、1年生は早めに着いてモップ掛けをしなければならない。10分前に到着する予定で向かっている。
「あれは……かき氷か」
かき氷のキッチンカーが、公園の前に停まっていた。あのキッチンカー、去年に凛ちゃんと何度か利用したな。
暑い中で、公園のベンチに2人で座って食べたっけ。美味しかった事より、凛ちゃんと過ごす時間の方が重要だった。
「今更そんな事、思い出してどうするよ」
気持ちを切り替えよう。俺はもう、色恋にうつつを抜かさない男だ。バスケと二次元に生きると決めた以上は、余計な事は考えない。
1にバスケで2にバスケ、3・4が二次元で5がバスケだ。それで良いんだ、俺の青春は。
予定通りの時間で走れているので、信号無視をしたりもしない。一時停止もしっかり守る。違反をせねばならない時間に、出発する奴が悪いのだ。
かく言う俺は、遅刻の常習犯だが。朝にね、弱くてね。仕方ないよね。でもルールは守ります。諦めて遅刻します。
チャリを漕いでいると、町中からガラリと田舎っぽい風景に変わる。山の麓にある学校だから、家の方と比べたら学校周辺は別世界だ。
流石にもう見慣れたけど、初めて来た時は驚いたものだ。都会とまでは言わずとも、それなりに栄えている土地に住んでいると思って居たから。
結局は井の中の蛙、大海を知らなかっただけだ。チャリで15分の位置が、この田舎っぷりなんだ。所詮は地方都市でしかない。
田んぼと池の前を通り過ぎて、校門をくぐる。学校の駐輪場にチャリを停めたら体育館に直行だ。そう思って歩いていたら、渡り廊下を西田さんが歩いているのが見えた。
「西田さんも部活?」
「藤木君。バスケ部はこれから?」
「そそ、じゃあまたね!」
「また明日~」
委員会を通じて接点が増えた女の子。わりと気軽に話せる様になってからは、もうずっとこの調子だ。やっぱり男友達も良いけど、女友達もある程度居る方が良い。
むさ苦しい部活動も、それはそれで嫌いじゃないけど華はない。こんな俺でもたまには華を求めても良いだろう。
そもそも普通に、会話が楽しいと言う理由だってある。男とか女とか、あんまり気にせず生きるのが一番人生が楽しめると俺は思う。まあまだ16年しか生きてないけど。
「おっす! 信也、早いな」
「ちょうど鍵を借りて来た所だ」
「お、サンキュー。じゃあ頼む」
一番乗りだったのは俺達だった様だ。信也に体育館の鍵を開けて貰い、2人で中に入る。
窓までしっかり施錠されていたから、むわっとした熱気が籠もっている。このタイミングが一番嫌いだ。半端ない暑さだから。
信也と2人で協力して、窓と言う窓を全て開けて行く。2階と言うにはちょっと微妙な、体育館の上に上がる。
フルコートで使う時のゴールは、天井に折りたたむ形で設置されている。そのゴール用のハンドルを回してジワジワとゴールを降ろして行く。
最後にバンと言うそこそこ大きな音を立てて、1つ目のゴールが下に降りた。続いて途中にある窓を開けながら、反対側へと向かう。
もう片方のゴールも降ろせば準備完了。来た時とは反対側の通路を通りながら、こちら側の窓も開けて行く。
全ての作業を終えてハシゴを降りれば、バケツに水を汲みに行った信也が帰って来た。倉庫から体育館用のモップを取り出し、2人でモップ掛けを始める。
「おや、遅かったか?」
「いや、大丈夫だ。モップ頼む」
「分かった」
北山と颯太も合流し、4人に増えた。それぞれ協力しながら、準備を整えて行く。続々と1年生が集まって行き、練習の準備は進む。最後にボール籠を出して終了だ。
「うーっす!」
「裕介遅いぞ! もう終わったぞ」
「え、マジ? ごめん」
こいつはちょくちょく準備をサボる癖があるらしい。最初はたまたまかと思っていたけど、最近確信犯と判明した。
同じ中学でバスケ部だった、学の暴露で真実が判明した。裕介は中学時代から面倒事をサボるらしい。年季の入ったサボり癖だったと言う事だ。
「お前あとで奢りな」
「えーーー許してよーーー」
無慈悲な信也の一言により、サボり犯の刑罰が決まった。分かってるだろうに、こうなる事は。嫌ならちゃんと準備を手伝え。
「「「オーオーオー!」」」
体育館にむさ苦しい男達の雄叫びが響き渡る。昔から謎なんだけど、体育会系のこう言う謎のコールは何なんだ。
一体何の意味があるのか分からない叫びを上げながら、ウォーミングアップを行う。通称アップと呼ばれる行為で、必ず最初にこれをやる。
中学の時は、どことなく恥ずかしかった。しかし、大会や練習試合に行けばどうでも良くなった。
変なコールはどこの学校にもあったし、中には何だそれってヘンテコな声出しがあった。アレよりはマシかと思って徐々に麻痺して行った。
「涼介! もっと声出せ!」
「はいっ!」
次期キャプテンと噂される2年生、副キャプテンの和田先輩にちょっとした手抜きを見抜かれた。
声出せって、良く分からないよな。それで何になるのか未だに理解出来ていない。野生動物の威嚇みたいな効果しか無いと思うが。
何にしろ普段から声がデカいと言われがちな俺は、手を抜くとすぐバレてしまう。厄介な事この上ない。
声出すのも嫌ではないけど、コールが何か気持ち悪いんだよな。内容と言うより音程やリズムが。何とも微妙な不快感がある。これさえ無ければ文句は無いんだけどな。
体育会系あるある、意味不明なコール