第5話 すれ違う2人の気持ち
「やっぱり私、揶揄われたのかな?」
私は不安になって、友達の柴田結衣ちゃんに相談する事にした。彼女も幼稚園から一緒だから、涼ちゃんの事を良く知っている。
そこまで彼と仲が良いとは言えないけど、それなりの交流が結衣ちゃんもある。中学の時、同じ塾だったから当然一緒に通ってもいた。
だから私の気持ちや涼ちゃんとの関係も、結衣ちゃんは全て把握している。
「藤木君に? どうかなぁ? そう言う人には見えないけど」
「そう、なのかなぁ? 大丈夫かな?」
「だって、そう言う悪い話は聞かないでしょ? 騙されたーとか」
それは、確かにそうだ。そう言った類の、悪い噂は聞いた事がない。せいぜいオタク趣味を隠そうともしないとか、そんな程度。
私は別にオタクだからと、見下したり嫌がったりする事は無い。だからそんな噂はどうでも良い。
ただ、1つ不安要素があるのはバスケ部だ。バスケ部の先輩達には、あまり良くない噂が少なくない。平気で二股する人が居るとか、そう言った話が流れて来る。
もし彼がその影響を受けていたらどうだろう? 中学の時もそうだった。体育会系の先輩達は、ちょっと怖かった。彼がもし、唆されて居たらどうしよう。
もちろん涼ちゃんがそんな人だとは思っていないけれど、もしかしたらと言う思いが私に不安を募らせる。
「そんなに心配なら、本人に聞けば良いのに」
「だって……」
「前まであんなに仲が良かったのに、どうしたの?」
それは、何となく出来てしまった壁と言うか。前みたいに接する事が、急に出来なくなってしまった。知りたくない噂を、一杯聞いてしまったから。
男の子はエッチな事をすぐしたがるとか、いざしたら体育会系男子のグループ内でバラされていたとか。
そんな噂を聞いたら、何となく男の子が怖く見えた。他にも色んな話が聞こえて来て、男の子が分からなくなった。
もし涼ちゃんもそうだったら、なんて考えると少し怖い。ちょっと前までは進展するのを望んでいたけど、今は分からない。
もちろん手を繋いだりキスしたり、そう言う事への憧れ自体はある。あるのだけれど、その先は少し怖い。高校生で妊娠とかはちょっと。だけど、高校生の恋愛からはそこが切り離せない。
そう言う話はどこにでも転がっている。まだ怖いからと断ったら、フラレた人が居る。半ば強引で、拒否し切れなかった話もある。
涼ちゃんがどうかは分からないけど、もし言われたら私はどうするだろうか。
「想像で話していても仕方ないよ?」
「うん……分かっているけど」
「代わりに聞いてあげようか?」
「ううん、それは悪いよ。自分で聞く」
流石にそんな事を頼むわけには行かない。自分の事なのだから、自分でやらないと。小学生じゃないのだから、友達に好きかどうか聞いて貰うなんて出来ない。
それじゃあ何時まで経っても成長しない。そんな調子だから、上手く行かないのだろうし。ちょっと怖いけど、自分で聞いてみよう。
放課後になったら、体育館に行けば良い。バスケ部なのだから、居る場所は分かっている。
「後で聞いてみるよ」
「それが一番だよ。頑張って!」
「ありがとう、結衣ちゃん」
メッセージを送るのも良いけど、言葉のニュアンスの違いから誤解があったらいけない。そもそも同じ場所に居るのだから、ちゃんと会って話し合う方が良い。
文字だったせいで、あらぬ誤解に発展した例は実際にある。せっかく両想いになれたかも知れないのに、そんなリスクは負いたくない。
…………本当の事を言うと、今更メッセージを送る勇気が無いだけだ。既読すら付かなかったら、もう立ち直れそうにないから。
そんなメンタルで直接聞けるのかと言う問題もあるのだけど。とりあえず今は、目の前の勉強に集中しよう。
「じゃあ、行って来ます」
「いってらっしゃい。先に吹奏楽室に行っているね」
授業も全て終わり、教室の掃除当番も無事済ませた私は体育館に向かう。実はたまに、涼ちゃんの姿を見に来たりしている。
どうしているのかなって、気になった時に。そんな時こそスマートフォンの出番なのだけど、やっぱり勇気が出ない。
結果的にコソコソと、体育館が見える校舎の2階から盗み見をしてしまう時もある。
そこまで気になるなら直接行けと、出来る人は思うのだろう。でもそれが出来たら私も苦労しない。
緊張しながら体育館へと向かって行くと、体育館前のバスケ部がいつも練習に使う広場が視界に入った。バスケットボールが跳ねる音が周囲に響き渡っている。
凄く聴き慣れた音だ。中学の時から、涼ちゃんが練習しているのを影から見ていた。この音と、彼の頑張る姿が大好きだった。
「涼ちゃ……」
彼の側には、女子バスケットボール部の女の子が居た。男子と女子のバスケ部が、とても仲良さそうに練習している。私なんかよりも、遥かに可愛くてスタイルの良い女の子。
そんな女の子と笑い合う彼を見たら、もうその場には居る事が出来無かった。まただ、またこうして私の手は彼に届かない。
同じ塾に通う様な、強制的な何かがなければこうなってしまうんだ。頬を伝う涙を拭いながら、私はその場を静かに去った。