第45話 清水凛と西田雫
その日清水凛は、上機嫌で校内を歩いていた。涼介との関係性は良好で、中学時代よりも先に進めて居る。
凛にとっては念願の、恋人と言う関係になれた。昔から願い続けていた涼介の隣に、自分が立てているのだから。
それを日々の生活の中で、ひしひしと感じられる。手を繋いだり、些細な触れ合いが出来る。
恋人だからこそ出来るスキンシップが、凛の心を満たしていた。そんな幸せな毎日に意識が行っていた時だった。
「……清水さん」
「貴女は、西田さん……」
以前とは違う立場での、西田雫との再会となった。何となく気不味くて、凛は無意識に距離を置いていた。
涼介争奪戦として見れば、勝者と敗者。しかし凛としては、彼女の言い分が正しいと感じていた。
ただ涼介が好きで居続けてくれただけに過ぎないと、凛は感じていた。普通なら勝手に距離をとった相手より、寄り添ってくれる相手の方が良い。
中学3年間で育まれた絆があっただけで、中学も同じであったなら選ばれたのは彼女の方かも知れない。
自分はズルをして今の立場を勝ち取った様なもの。そんな意識が、凛の中にはあった。
「清水さん、せっかくだから話さない?」
「えっ? 私と?」
「たまには良いでしょ?」
雫の意図を凛は測りかねたが、拒否するのも失礼かと感じたので応じる事にした。雫の先導に従い、凛は彼女に着いていく。
部活動が終わった夕暮れ時の校舎を、2人の女子生徒が歩いて行く。少し背が高めの凛と、平均的な背格好の雫。
共にそれなりに見た目にも気を遣っているが、華やかでもない2人。そんな2人は、誰も居ない空き教室へと入って行った。
「やっぱりさ、悔しいとは思うんだ」
「えっと……その」
「責めているんじゃないの。素直な気持ちだよ」
涼介を取られたからと、恨み言を言われても仕方ない。そう思っていた凛としては、少々肩透かしを食らった気分だった。
実際、自分のやった事は中々に残酷だ。雫の側から見れば、結局付き合う癖に付け入る隙をわざと与えただけ。
最初から付き合って居れば、さっさと諦める事が出来た筈。涼介と凛の茶番に、ただ付き合わされただけ。そんな風に思うのではないか、それが凛の見解だった。
「藤木君はいつもどこか、寂しそうだった」
「そう、なんだ」
「だから、笑って貰いたかった」
そんな理由から、恋が始まったと凛は知らなかった。委員会で一緒だったから、そんな理由で話す様になったと涼介からは聞いていた。
涼介は関わる人に基本的に優しい。そこに男女は関係ない。流石に性格的に問題のある生徒にまで、ニコニコ笑っているわけではないが。
そんな涼介だから、周囲の評価は常に高い位置で一定を保つ。好意的な反応が多く、友人も沢山居た。だから寂しそうだなんて見え方は、凛には意外だった。
「彼も楽しい時間をくれるから、気付いたら好きになっていた」
「涼ちゃんらしいよ」
「そしてある日、寂しさの理由を知った」
雫の強い視線が、凛の方へ向けられる。彼女の目線が示す意味。それが分からないほど凛は馬鹿ではない。
そう、自分なのだ涼介の寂しさを作り上げたのは。薄々分かっていた事、自分はきっと涼介を傷つけた。
自分がそうだったのだから、彼が傷ついて居ない筈がない。それでもああして、優しく笑い掛けてくれるのは涼介が優しいからだ。
「私は正直、怒っていたよ。酷い事する人だなって」
「……」
「だから私はあの日、貴女に聞いたんだよ」
好意を向けて貰う資格があるのか、彼女はそう問うた日の事を言っている。それを問われたから、凛は涼介の前から逃げ出した。
結局その後も、全部涼介のお陰でここまで来られたのだと、凛とて理解はしている。だからこそ、精一杯その分の感謝を返そうと日々を過ごしていた。
だが、それだけでは駄目なのだ。もう1人、凛が向き合うべき相手が居たのだ。
「分かってる。私がズルをしているって」
「そこまでは言ってないよ。羨ましくはあるけど」
雫とて、生まれ持った立場にまで文句は無かった。そればかりはどうしようも無い。たらればの話をしたって現実は何も変わらない。
立場が違ったら、変わった事もあるだろう。でも人生にリセット機能はない。試しようの無い仮定の世界で、上手く行く保証など何処にもないのだから。
結局世界が変わっても、未来は同じかも知れない。未来を知って過去に戻れたとしても、何の変化も起こせないかも知れない。
そんな空想は、現実を生きる自分達に何も与えてはくれない。だからこそ雫は、ここに居るのだ。
「私はある人と約束をしたの」
「約束?」
「何があっても、藤木君から離れない事」
「っ!?」
それは、凛にとって一番痛い言葉だった。自分がやってしまった事の、彼への影響が大きかった事を証明する約束だった。
誰との約束なのか、凛には想像しか出来ない。ただ間違いないのは、涼介と近いしい誰か。
中学時代からの、自分と涼介の関係性を知る人物なのは間違いない。きっと、涼介の心情を知っていたからこその約束なのだ。
「私の傍から藤木君を連れて行くのだから、今度は私と約束して欲しい」
「えっ?」
「今度はもう、藤木君から離れないって」
同じ人を好きになった者同士、そんな2人の間で交わされる約束。差し出された雫の手を、凛はしっかりと握るのだった。




