第2話 バスケ部の日常
「ナイッシュー!」
「早く戻れ!」
バスケ部の先輩達が、今日も練習を続けている。体育館は1つしかない普通の高校だから、その使い道は複数の部活動で譲り合いだ。
バスケットボール部、バレーボール部。男女それぞれあるので、事実上4つの部活動が体育館を必要としていた。なので、体育館の使い方には2通り存在していた。
ハーフコートと呼ばれる使い方は、体育館を半分ずつ使う。全面を1つの部で使わず、2つの部が使える様にした形だ。
バレー用の設備もバスケ様に設備も、この使い方を想定して設計されている。コートの広さは変わるが、十分練習に使える。それを時間で分けて4つの部活動が使用する。
もう一つの使い方は、フルコートと呼ばれる使い方。ハーフに対して、フルはそのまま全面の使用を指す。高校生向けの、フルサイズのコートだ。
やっぱりどの部も、フルコートが一番楽しい。だから、たまにどこかの部が休みになれば最高の時間となる。
しかし、ハーフの時はその逆だ。俺達1年生は、体育館の外で移動式のゴールを運んで設置する。
ストリートバスケのスタイルそのままだ。風で倒れない様に、土台にコンクリートブロックを複数乗せたら完成だ。
まあ、こんなのその場凌ぎでしかない。けれども全く練習にならないわけではない。リングの高さは公式ルールより少し低いが、ダンクが出来るほど低くもない。
シュートに求められる技術はそれなりだ。そして結局はこの基礎練習の積み重ねが、血となり肉となる訳だ。
「よう涼介、やってるか?」
「山下先輩、練習どうしたんですか?」
「ははは、サボリ中。アイツに言うなよ」
アイツとは、部長の事だろう。この山下先輩は、わりとサボり癖のある人だ。こうしてちょくちょく抜け出しては、ジュースを飲みに行ったり昼寝したり。
わりと自由人な先輩だった。悪い人じゃないし、下手でも無いんだけど真面目でもない。バスケ自体は好きみたいだけど、どうしたいのかわりと謎の人だ。
「いやーもう傷心中でさー」
「……また別れたんですか?」
「俺の愛は1人の女性だけのモノじゃないからさ」
「浮気じゃないっすか。いつか刺されますよ」
どの辺りに傷心の要素があったのだろうか。1mmの傷すら付いてないだろうに。バスケは上手いんだけど女性関係は目茶苦茶だ。
二股はするし浮気はするし、気が付けば別の女子と一緒に居たりする。何でバスケ部に入ったのかこの前聞いたら、モテるからと返って来た。
あまりにも不純過ぎる理由で乾いた笑いが出た。俺も最初は大概不純な理由で始めたから、あまり強くは言えないけれど。
「仕方ないさ、愛とはそう言うモノだよ」
「多分違うと思いますよ」
「手厳しいね。お前にも分かる日が来るさ。アデュー!」
何しに来たんだあの人。行動も行動原理も良く分からない人だ。あれで3年生なんだから驚きだ。あんな感じでも良いんだなと、妙な安心感を与えて来る。
確かに顔は良いんだけどね、顔だけで言えば。だからコロッと騙される女子が居なくならないのかも知れない。羨ましい限りだ、イケメンに生まれた人達が。
「涼介、交代しようぜ」
「おお、分かった!」
自称愛の伝道師が去ってから暫く、ガッツリ練習した俺達は休憩していた。俺達1年生は、たった7人しか居ない。
外での練習は基本3on3になるので、1人必ず余る。ちょっとずつ交代を挟んでの練習になるので、一旦長めの休憩を入れないとキツイ。
どうして7人しか居ないかと言えば簡単で、あんまり流行っていないからだ。山下先輩の言う様に、確かにモテる部活動ではある。
ただし、やりたい生徒が多いかと言えばノーだ。うちの高校は一度だけ甲子園に出た事のある学校だから、野球が一番人気がある。
次点でバレーボールだ。その次にサッカーと来て、漸くバスケとハンドボール部になる。
世界的な活躍をしている人が少ない競技は、どうしても不人気になりがちだ。
親の世代では、有名なバスケ漫画が流行ったお陰で人気だったらしい。それはもう沢山の生徒が所属していたとか。なんとも羨ましい限りだ。
俺達なんて、2人退場を食らえばもうギリギリだ。圧倒的部員不足は深刻だ。先輩達はどの学年も10人以上居るけど、俺達は後輩に期待するしかない。
「なあ涼介、山下先輩何だったんだ?」
「あぁ、また別れたんだってさ」
「ははは! 相変わらずだなあの人」
コイツは堂本信也。小学校から同じ学校だったが、知り合ったのは中学に入ってから。
身長を伸ばしたくてバスケ部に入っただけで、あんまりやる気自体は無かった俺とコイツは中学時代に対立していた。
とりあえず部活に入らないといけないから入っただけ。そう言うタイプのグループに属していた俺達数名と、真面目にバスケがやりたいタイプは真っ向から対立していた。
今思えば当たり前だが、やる気がないなら帰れば良い。無理に参加する必要はない。それを押し付けようとは思わないが。
そんな対立の中で、ある時俺はバスケが楽しいと気付いた。もっと上手くなりたいと思った。背が低いから活躍出来ないと、半ば諦めていた心に火が付いた瞬間があった。
背を伸ばす為に始めただけのスポーツに、いつの間にか熱中していた。気付けば対立していた筈のコイツが、一番仲の良い友人になっていた。
「涼介、お前もそろそろオタクなんて辞めて彼女を作れよ」
「……またその話かよ。別に良いだろオタクでも」
「良いぞ~彼女が居るって」
それはまあ、何となく憧れる気持ちもあるよ。でも、これまでの経験上長続きする気がしない。小学3年生の時、足が早いからと好きになってくれた女子が居た。
バレンタインもくれていたし、家が近所だから毎日の様に遊んでいた。それが5年生になった時、その子は俺の友達を好きになっていた。
それだけじゃない、別の高校に行った友人経由で最近驚きの再会をした。小学4年生ぐらいの頃まで通っていたスイミングスクールで、最初の頃同じクラスだった女の子と再会した。
最初は気付かなかったけど、言われてみたら面影があった。向こうから打ち明けてくれたけれど、実はあの頃俺が好きだったらしい。
その子は今、その俺の友達の事が好きなんだそうで。しかもその子は吹奏楽部所属。凛ちゃんと同じパターンとは、何だろうなコレ。
俺から離れて行った女子の内、2人も吹奏楽部が居るとは。ただの偶然だと思いたい。そして最終的に俺の友達の所へ行くオチはもう嫌だ。
「彼女なぁ、暫くは良いかな」
「そもそも居た事ないだろ?」
「……ハイ」
そう言うのは良いんだよ、今は学校が楽しければそれで良し。恋愛要素は、ライトノベルで十分楽しめているから俺には必要ないんだよ。