思い出を散歩してみる
2階からトメ子さんが降りてきた。彼女は、玄関ポストに向かう。
「はんあ〜、終活とかお葬式とか、そんな話ばっかで嫌になるさね〜」
そう言いながら広告やチラシを仕分けていた。家を売らないか、とか冠婚葬祭でも『葬』の方のチラシが和室の部屋に積もる。
(まぁそういう歳だもんね……)
────ヒラリ、
トメ子さんの手からこぼれ落ちたのはスーパーの特売広告だった。お肉やタケノコ、ピーマン、キャベツなどが安い。併せて青椒肉絲や回鍋肉の調味料も載っていた。まるで献立を誘導しているみたいだ。
「アンナちゃん、今日のお昼は青椒肉絲に……」
「タケノコご飯が良い」
ピーマンが嫌いな私は即答した。私の顔を見てトメ子さんは、「あんれまぁ、タケノコご飯なんて贅沢な幽霊だことだ」と言って笑う。
(何で死んでまで嫌いな物を食べなきゃいけないのよ)
嫌いなものは、意地でも食べないのが私。昔からの性格だ。
……そう言えば、幼稚園児の頃、無理やりお母さんにグリンピースを食べさせられそうになった夜に、家出したなぁ。
高い滑り台の頂上。真っ黒な空から月がスポットライトみたいに私を照らしてたっけ。あのときもワクワクした。
(めちゃくちゃ怒られたけど)
……公園、今どうなってるんだろ。小学生になってから行ってないな。
「アンナちゃん? どないしたんえ?」
「……何でもない、とにかくタケノコご飯が良い!」
考えていたら、トメ子さんが服を着替え終わっていた。買い出しに行く準備だと思う。高齢者の割に身体が自由だな。亡くなった私の祖母は着替えるのにすごく時間かかってたのに。
「アンナちゃんはよく食べるけん、米3合くらい炊かんとね!」
「そ、そんなに食べれるかわからないけど。がんばるよ!」
タケノコって高級食材だし。
せっかくお呼ばれするなら、旬のものを沢山食べたいじゃん。幽霊なら太らないだろうし。
そんな期待を抱きながら、私もトメ子さんと一緒に広告を見ていた。
「その姿じゃあ一緒に買い物に行けんねぇ」
「うーん……確かに白昼堂々買い物に行く幽霊なんて居ないもんね────そうだ!」
私はトメ子さんに、自分が欲しいものを書いた『買い物メモ』を渡した。
「んじゃ、行ってくるさね」
「行ってらっしゃーい」
トメ子さんが出かけると、座敷童子がトテテと走ってくる。
「アンナ、遊ぼ!」
キラキラした瞳で私の腕を掴んできた。懐かれたものだ。でも、私は幽霊の力で、あることをしたかった。それは念じればすぐ出来ることだ。
「座敷童子ちゃん、今日はね、ちょっと行きたいところがあるんだ」
「えー!」
思い出の公園を見て回ること。少しだけ純粋だった自分の過去を思い出したかったからだ。
「戻ったらいっぱい遊ぼうね」
「ぶー! アンナ、ワガママ!」
「どの口が言うのよ」
座敷童子は、色とりどりの紙風船を私にぽいぽい投げると、置いてあった特売広告で折り紙をして遊び始めた。
風車は、縁側に置かれたまま。カラリカラリ、という音の代わりに、紙を荒く折る音が鳴る。座敷童子の背中が少し寂しそうに見えた(構ってほしいのか敢えてこちらを向かない?)
「すぐ戻るから待っててね」
そう言って私は、記憶にある公園へと瞬間移動した。
◇
幽霊の力って便利だ。ちゃんと、思い出の公園に着いた。
春ともあって、みんな花見で盛り上がっている。昔は日本人が多かったけど、明らかに海外から来た人も居た。
(トカイナカでは春は大きなイベントだからなぁ)
下手したら、地元のお祭りより盛り上がってる。
茂みに隠れて、公園を観察した。
(幽霊の弱点、多くの人前に出られないこと)
子どもの頃には掠れた椅子型だったブランコが、綺麗に塗装されていた。ブランコといえば、立ち漕ぎ回転。絶対にしちゃダメなんだけど、当時は楽しくてやってた。当然ケガしたな。
あの時も、お母さんに怒られたっけ。足に塗られた消毒液の染みる痛みを思い出した。今は足透けてるけど。
(────あれ、あんなのあったっけ?)
プランターが敷地内に秩序立てて並べられている。名前は分からないけどかわいらしい花が色とりどり咲いていた。
(小綺麗になってるなぁ〜)
────ぐぎゅ、
何かを踏んだ。私の足は透けてるはずだ。だけど、確かに何かの感触がある。
それは、痛みを訴えるよりもまず、
「────おなかすいたァ……」
と、弱々しく言った。声変わりする前の男子の声だ。低くないけど、そんなに高くもない。たぶん中学生から高校生くらいの男子。
自分の透けた足元を見る。
茂みの中で仰向けに倒れてる。真っ黒の服を着た前髪の長い黒髪の男子が。
(日本の貧困ってこんなに深刻なんだ)
生前の私なら放っておいたけど、時間と精神的余裕があった私は声を掛けてみた。
「……お姉さん、誰」
「私は高野アンナ。びっくりしないでよ、私。死んでるの。幽霊よ」
「そうなのカァ……」
男の子は、特に驚いたりバカにしたりする様子はない。それより、四肢の付け根が細く、男子にしては少し弱々しく感じた。痩せすぎ。
(鳥みたい……)
このまま見捨てることも出来た。けど、幽霊の私がタケノコご飯を3合近く食べる(トメ子さんも座敷童子も食べるけど)予定なのに、人間の食べ盛りな男子が飢えて倒れてるのは、妙な話だ。
「タケノコご飯食べに来ない?」
私は、トメ子さんに承諾も得ずに、男の子を誘ってみた。まぁあの温和で人の良いトメ子さんのことだから怒りはしないだろう。
「タケノコ!? そんな貴重なもの、良いのですカァ!?」
「たぶん良いと思う。一緒に食べようよ」
ほんの気まぐれ。
目の前で困ってる人を助けたことなんて、中学生の時くらい。挙動が変わっていてハブられてる子をグループに入れた。その子とは違う高校に行ったけど、ずっと親友で居てくれた。
真紀ちゃん。
(私が、あのとき差し出された手を振り払ったんだよね)
少しの自己嫌悪。
ま、今はタケノコご飯のことを考えよう。お昼が楽しみだ。男の子は、「タケノコ……タケノコ……」と、とても嬉しそうに立ち上がり、希望に満ちた目で青空を見ていた。
さて。
移動はどうしようか。
幽霊の弱点。多くの人前に出られないこと。
ビックリされると面倒だし、下手したらお坊さんとか霊媒師とか呼ばれそうだし。トメ子さんにも迷惑掛かるし。
それに……、
(まだ幽霊の姿で色々やってみたいのよね)
幽霊ライフを楽しみたい。
腕を組んでしばらく悩んでいると、男の子の居たところにカラスが一匹居た。足が3本ある。
「あの、アンナさん。移動の方は心配しないでください。ボクが自分で伺いますから!」
足元のカラスが私に話し掛ける。
(あー、この子も人間じゃなかったのか)
右耳の欠けた白猫「きなこ」も、おじさんの姿した妖だったし。私、何か惹きつける力を持ってるのかな。それとも偶然?
「ビックリしましたカァ? ボク、正真正銘、八咫烏なんです!」
「……ごめん、慣れてる。それと、私神話に疎くて。日本の神様的な感じ?」
「知らなくても良いですよぉ。タケノコご飯を頂ければ♪」
「……日本の神様や妖って、食いしん坊なのね」
「へへ」
私は八咫烏に、トメ子さんの家に着くまでに見た景色を伝えた。私の簡易な情報だけで場所が突き止められたようで、「すぐに伺います〜」と行って午後の空に弧を描いて飛び去っていった。
「……賑やかな屋敷になったら、トメ子さんも座敷童子ちゃんも、楽しいじゃんね」
だってあの屋敷広いし。大勢で集まったほうが御飯も美味しいよ。たぶん。
(白猫の言ってた『狐夜』ってのにだけ気をつけてれば良いんでしょ)
霊力を吸い取る妖怪。聞いたことないけど、顔が良いなんてもう興味ない。私を必要としてくれる人や守り神が居るんだもん。
(居場所がある私は、サイキョーなんだから!)
私は自信満々に、トメ子さんの屋敷に移動した。その途中、何者かの視線を感じたけれど、きっとスズメか何かだと思う。
今更。もう何が出てきても、驚かないよ。