「繋いじゃえ!」と座敷童子が言ったから
私は高野アンナ。運悪く交通事故で死んでしまった。どうして分かるかって?
足が透けているからだ。
どうやら憶えている場所へは一瞬で移動できるらしい。見知った高台で街を俯瞰する。夕方ともあって、人気が無かった。
「ここは変わらないな……」
田舎ではないが都会でもない。まだ発展途上の微妙な街。電車の音と車の音くらいしか印象にない。近くには寺や神社が何個かある。夏になれば祭りがあるけれど、ショボくて私は行かなかった。
どうして私は成仏できなかったのだろう。罪とか罰とかそういうのがあるんだろうか。
罪……両親には迷惑かけたな。大学受験に失敗してから墜ちていくように荒れた。それまではいい子を装っていたから、親も私の気持ちをよく解らなかったと思う。
夜の輩とつるみ始めたのは、好奇心と承認欲求……かな。今思えば利用されていただけなのだけど。気がつけば抜け出せなくて、いつしか夜の世界を大切な居場所だと思い込んでいた。
薬を飲んで、ウトウトしている間に沢山のお金が手に入る。そういう行為は、必要とされているのだと思って誰とでも気軽にやった。
何も、考えたくなかった。
なのにまだ『心』が生きてる。
(苦しい)
誰か私を成仏させて。
もしくは、この気持ちを吐き出させてほしい。理解してほしい。
「誰か……私を……」
でも、こんな姿じゃ誰も寄ってこない。むしろ逃げられてしまう。
(むむ……!)
なら、今から何叫んでも良くない?
人間じゃないから、補導も通報も変な人に襲われることもない。
(自由ってことじゃん!)
よし、何か叫ぶぞ。
「お母さんの馬鹿ー!」
理解者のフリしてた偽善者。死んじゃったぞ、ざまぁみろ!
「お父さんのクソ野郎!」
世間体ばかり気にしてた仕事人間。今頃、後悔してるといいわ!
「…………」
やめよう。むなしくなってきた。
でも、これからどうやって時間潰ししようかな。死んだあとのことなんて考えてなかったからなぁ……。
「──どうしたね?」
「ひぃっ!」
白髪交じりの腰曲がりお婆ちゃんが一人。私の後ろに立っていた。私はお婆ちゃんの足元を確認しながら話し掛ける。
「もしかして、お婆ちゃんも成仏できなかったとか!?」
「何言うてるの。もう夕方ね。家帰りんさい」
変わった喋り方の『人』だった。
それにしても、癪に障る。私は簡単に家に帰ることはできない。帰ったってどうせ私は幽霊だ。それに、色々な迷惑をかけたからバツが悪い。
(きっとお祓いされて終わりだよ)
そんな事など知らないお婆ちゃんは、「まったく最近の子は……」と、水筒を取り出して中の液体を飲んだ。匂い的に、麦茶?
「……まぁでも、ここに立つ気持ちわかるよ。きれいな景色よねぇ。おひさま真っ赤、街並みも静か。夕方の散歩にもってこいの道。ここに生まれて良かったわぁ」
こちとら未練残して死んでるけどね。
……って、やかましいわ。
「気安く話しかけないでよ。呪うわよ、呪い殺してやる」
「何言うてるの。頭おかしいんか」
「私は幽霊。呆けたお婆ちゃんにも分かるように説明してあげようか?」
私は自分の足元をお婆ちゃんに見せた。お婆ちゃんは驚くでもなく、「ほぁ〜」と大きく息を吐いたあと、再び麦茶を飲んだ。
「本物の幽霊なんてあたしゃ初めてみたよ。よく喋る幽霊だことだや。そうだ、最近家の物が勝手に動くけん、アンタに見てもらおうかしらね。幽霊同士なら会話できるやろ?」
「へ?」
ちょっと待って、何言ってんの?
「たぶん、悪霊ではないと思うんよ。ちっちゃい子どもがいるように思うけん、確かめてくれん? どうせ死んでるから暇やろ?」
「ちょっと待って」
「ほぁ?」
間の抜けたお婆ちゃんの声。
私は怒りの言葉をぶつけようとした。けど、行き場がなく暇なのも本当だった。
また、必要とされた。
(幽霊なら悪いようにはされない、よね……)
相手はしわくちゃのタヌキみたいな腰曲がりのお婆ちゃん一人。
(ま、いっか)
私はお婆ちゃんの家まで憑いていくことにした。
ちょっと街の中心から離れた所。内心バクバクしていた。夜の街に出かけた時と同じ様な、ちょっとした冒険心がくすぐられる。
どんどん暗くなっていった。家と家との間が広い。道端で見かける戸建ては、松とか立派な低木とかが植えられていた。ところどころ咲いてる桜も綺麗だった。
(わー、お金持ちロードだ……!)
◆
「────さ、ここさね」
結構しっかりした木造建築の家。The・和って感じ。私の実家……戸建てなんだけど、それの3倍くらい大きかった。夜に溶けるような黒い瓦と柱が存在感あって……その、全体的に高級感がある。
家のことなんて正直よく解んないけどね!
(でも、お化けや幽霊が出るイメージの家では無いなぁ)
玄関には、これまた高そうな焼き物の丸い皿が飾ってあった。このお婆ちゃん、お金持ちなのかな?
「土足厳禁よ」
「……うるさいなぁ」
足なんてありませんー。
そう言おうとした瞬間、焼き物の横に有った小さなキリンのぬいぐるみが揺れて落っこちた。
「!」
「どうさね、何か見えるかい?」
どうと言われても!
玄関奥のドアに気配がした。5歳くらいのボブヘアーの女の子がたしかに居る。じーっと様子をうかがうように、こっちを見ていた。
赤い和服でその……こけしみたいな見た目をしてるからたぶんこの子は……、
「座敷童子?」
私が言うと、女の子は奥の方へキャッキャと走り去ってしまった。この声はお婆ちゃんには聴こえないみたい。
「座敷童子かぁ、そんなのが出るほど築年数経ったのねぇ〜」
「何年物の家なんですか?」
「リフォームもしたけど、たぶん200年以上は経ってるんじゃなかろか」
「200年!」
(歴史的建造物じゃん!)
そりゃ何か棲み着くはず。
私は、他にも何かいないかと辺りを見回してみた。若干の寒気をおぼえる。
(化け物とか幽霊とか、慣れてないのよ。居たら怖いって!)
私も幽霊だけど、他の幽霊と出会うのは怖いじゃん。仲間だと思われても嫌だし。
「それじゃ、お婆ちゃん。座敷童子ちゃんと、仲良くね。私はお暇しまーす」
「どこに行くさね?」
「えーと……」
行く宛はない。けど、座敷童子の居る幽霊屋敷には居たくなかった。だって、気味悪いじゃない。
「帰るんやったらアンタの家に帰りな」
「それは絶対に嫌」
「えーい、ああ言えばこう言う子やな!」
「なによ、事情も知らないくせに!」
──ガタガタ……、
何かが揺れている。同時に金属(?)がこすれる音みたいな……なんだろ?
「あーあー、座敷童子ちゃん、また食器棚揺らしとるわ」
「ぷぷー呪われたんじゃない?」
「はぁ? あたしゃ呪われるような生き方しとらんわね!」
お婆ちゃんがリビングに行って、ズレた食器棚を直そうとする。その瞬間、
「……あっ!」
食器棚がお婆ちゃんに向かって倒れそうになった。
「危ない!」
咄嗟に私は、"何らかの力"を使って食器棚が倒れるのを防いでいた。時間が巻き戻ったような、そんな不思議な感覚だった。
(これが幽霊の力?)
お婆ちゃんは、しばらくボーっとしていた。呆けたのかな?
「食器棚が倒れてきたの、幽霊の私の力が無かったらどうなってたことか」
「あぇ? そ、そうなんか?」
お婆ちゃんは、「ありがとうな」とお礼を言った。そして、
「事情が有るなら、ウチで座敷童子ちゃんの遊び相手になってくれんか? あたしでは元気過ぎて相手しきれんからさ」
そう言って、手を差し出してきたのだ(!)
「…………」
手を取るべきか。振り払うべきか。
受験後。
両親や親友、先生の手を振り払ってきた。その結果、どん底まで墜ちていき、交通事故で死んだ。
幽霊になり、また差し出された手。
(どうしよう……)
私の手がお婆ちゃんの手の上をハラハラと踊っている。気配を感じて、畳の部屋の方を向く。座敷童子が、「繋いじゃえ!」と高い声でケケと笑いながら言った。
私は無意識的にお婆ちゃんの手を握っていた。
「ありがとね!」
「ちがっ、これは座敷童子ちゃんの……!」
「これも縁さね。よろしく、えーと……」
「…………」
とても嬉しそうに笑っているお婆ちゃんの顔へツバを吐きかける様なことは出来なかった。こんな広い家に一人で住んでるのって、きっと事情があるんだろうなって。そう思ったから。
(まぁ、必要とされてるなら、いっか……)
「高野アンナよ」
「アンナちゃんね。今どきっぽい名前だ。あたしはトメ子。へへ、あたしも名前にカタカナ入っとるよ。時代が変わっても名前の流行は巡るのね!」
「……ちょっと違うと思うけど……」
こうして、幽霊の私と、腰曲がりお婆ちゃんと、座敷童子ちゃん(?)との奇妙な生活が始まったのだった────
主人公が死んでるという設定なので、ハッピーエンドでは無く、『メリバかも……』というタグを貼りました。どこかでカタルシスを用意します。読者に共感されるか今からビクビクですが。笑
綺麗に終われるように努めますね!
どうか完結までお付き合いくださいませ!