【第80話】冒険者、そして天才少女。(2)
「あれ、こんな時間に珍しいね」
「おー、奇遇だね! ちょっと暇だったから、キリヤと遊ぼうと思ってたんだ」
「俺はあまり乗り気じゃないんだが……」
その日の深夜、僕は冒険者ギルドにある広めの一室で、寝る前のストレッチついでに技の練習をしていた。
この部屋では、マルタが作った戦闘型の自律機巧を相手に訓練が出来る為、冒険者ギルドの他メンバーと会うことが多々ある。
この明るい雰囲気の彼はテラ・ウィーリ。特殊スキル『増減回路』を持つ冒険者。
発動中、あらゆる出力を何倍にも増幅もしくは減衰させることが出来るという能力。対象に触れることさえ出来れば、自身以外にも一定時間適用可能とのこと。
もう一人の落ち着いた雰囲気の彼はキリヤ・クラウン。特殊スキル『引斥力』を持つ冒険者。
引力と斥力というものに関する能力らしいが、僕は見たことがないのでよく分からない。
A級上位の冒険者は、基本的にA級冒険者とは一線を画す戦闘能力を有していて、そのほとんどが特殊スキルを習得している。
ちなみに、二人とは僕が冒険者ギルドに入ってすぐの頃から知り合っていて、今ではどうでもいい雑談を交わすような仲だ。
「よかったら一緒にどう?」
「何するの?」
「もちろん腕比べだよ」
「……やめとくよ、寝る前だし」
「それは残念、また今度やろうね」
テラとは何度か手合わせしたことがあるけど、触れられたらほぼ負けみたいな能力だから、毎回レベルの高い鬼ごっこが始まるんだよな……そこそこ眠いし、今から鬼ごっこは流石に遠慮しておきたい。
「今日もマルタさんの所に?」
キリヤが尋ねる。
「そうだよ、もう少ししたら戻るつもり」
「そうか」
そう言うと、キリヤは少しだけ顔を綻ばせる。
「何か気になることでもあるの?」
「いや、最近のマルタさん……少し雰囲気が変わったと思ってな」
「あ、それ分かる」
「明るい表情が増えた気がするんだ
暗い表情をするようになったよね」
発声のタイミングは全く一緒だったものの、その内容はまるで真逆だった。
「……どっち?」
僕は最近のマルタしか知らないから、ジャッジしかねる。僕からしてみれば、別に明るくも暗くも感じないんだけど。
「以前と比べてよく笑うようになったと思うんだが……」
「でも時々、物憂げな顔してるのを見掛けない? 前まではそんなこと一度もなかったのにさ」
「……」
以前より笑顔が増えたけど、以前は見せなかった暗い表情をするようになった、ってことか?
「ま、良いことなんじゃないかなー。感情が表に出やすくなってるってことだし……多分だけど、ハルのおかげだよ」
「ああ、俺もそう思う」
「僕のおかげ……なのかな?」
「ねえねえ、何か面白いエピソードないの? マルタちゃんって普段何考えてるか、全く分かんないからさー」
まあそれに関しては概ね同意見だけど、面白いエピソードって言われても特には……。
「マルタがどうかしたの?」
「あ、マルタちゃん。丁度今からマルタちゃんの面白いエピソードを──って、マルタちゃんっ!?」
気付けば、テラの背後にはマルタが立っていた。
「なかなか帰って来ないから様子を見に来たんだよ。それで、面白いエピソードって?」
「い、いやー……急にキリヤが聞きたいって言い出してさー」
テラはそう言うと、キリヤの肩にポンッと手を置く。
「……は? おい」
「安心して。マルタ、別に怒ってないから」
と言いつつ、じーっと二人を見つめるマルタ。
マルタは感情の起伏が少ないし、声のトーンにも全く変化がないから、何を考えてるのか本当に分かりづらい。
ちなみに今は怒ってないし、それどころかこの状況を楽しんでる。
「大体お前はいつも──」
「今のは冗談だって!」
「そろそろケンカが始まるから、マルタたちはさっさと退散しよー」
そう言って、マルタは僕の背中を押す。
なるほど、最初からこのつもりだったのか。
「マルタは悪い子だね」
「失望した?」
「まさか。寧ろもっと好きになったかも」
「それ、この前も聞いたよ。これで八回目くらい」
「じゃあ、しばらくは言わなくてもいいか」
「それは嫌」
予想通り始まった二人のケンカを背に、僕たちは部屋を後にした。
◯ ▲ ◯
僕は今、マルタの部屋で仰向けになっていた。ふと横を見てみると、そこには目を瞑ったマルタ。
僕は先ほど、テラ達と話していた時の事を思い出す。
“以前より笑うようになった”
“物憂げな顔をしているのを見掛ける”
それはつまり、空元気じゃないのか?
いい加減、この話に“けり”を付けなきゃな。
実はマルタと過ごしていて、気付いたことが一つある。それは、マルタから魔力の流れを感じないということ。どうして今まで気付かなかったのか、その理由として二つ挙げられる。
まず、普段のマルタには間違いなく魔力が流れているからだ。さっきと言ってることが違うじゃないかと思う人がいるかもしれないが、一旦最後まで聞いてほしい。
ほんの、一瞬。魔力の流れが完全に無くなるタイミングがある。普通なら絶対に気付かないと言っても過言じゃないほどの短い時間。よく一緒にいる僕だからこそ気付くことが出来たのだろう。
まるで死んだように眠るマルタ。もちろんこれは比喩で、実際は当然だが生きている。
僕はそっと身体を起こして、寝ているマルタの頬に手を伸ばした。もしマルタが起きていたのならば、驚くのはマルタだっただろう。
しかしはたして、驚いたのは僕だった。
いや、何となく予想はしていたけど、ひょっとしたら勘違いかもしれないという可能性を捨て切れていなかったのだ。
冷たすぎる。
寝ている獣人に触れたことなど過去に一度もない為、これが平均的な体温という可能性も捨てきれないが、こうも冷たいものなのか?
「……ん、どうしたの」
「ごめん、起こしちゃって」
僕は動揺を気取られないように、いつも通りに振る舞った。しかし、その場で取り繕っただけのそれを見破れないほど、マルタは鈍感ではない。
「ずっと起きてたよ」
マルタはむくりと身体を起こす。
「え」
「だーりんが考えてることも分かるよ、全部」
「……合ってる?」
「うん、大当たり」
「……じゃあ君は──」
「ダメだよ、言わないで。まだ、それは言っちゃダメ」
僕の口に手を当てるマルタ、その手は温かかった。
この部屋に溢れている機巧、そしてそのパーツ。
寝なくても平気という言葉に、先ほど感じた冷たすぎる身体。
そして、あの時の違和感の正体。
あの写真のマルタには、尻尾と耳がなかった。
これらは、僕のある一つの推測を裏付けるのに十分だった。
だけど、僕はマルタに言われたとおり、それを口にするのは止めることにした。
「思ったより早く気付かれちゃったな」
「全部、わざとでしょ?」
「あちゃー、それも気付かれてたか」
偶然にしてはヒントが多すぎた。目の前の相手は、記憶力の悪い僕とか、どこぞのうっかりさんとは訳が違う。
「マルタね、誰かに殺されちゃうらしいんだ」
あと二週間も経たずに訪れる“死”の正体。
「マルタはね、身代わりなんだ」
それは絶対に、彼女には相応しくない。
「マルタ、どうしたら良いかな? もう、分かんないや……」
マルタは顔を伏せた。
「どうしてこんなとこまでリアルに造っちゃうかな……一人になるとね、嫌なことばかり考えちゃうんだ。もう、未来を視るのが怖くて怖くてしょうがないよ」
そこには年相応の、肩を震わせている少女がいた。
「君はどうしたいの?」
「……まだ死にたくない。まだ皆と一緒にいたい。偽者でもいい、機巧でもいいから……マルタ、生きていたいよ」
「──お願い、“助けて”」
「よく言った」
僕はマルタの顔に手を当てて、親指で涙を拭う。
これで心置きなく、全てを救うことが出来る。
あとは、僕の出番だ。




