【第79話】冒険者、そして天才少女。(1)
「──ってことがあってさ……まったく、気が気じゃなかったよ」
「あはは。たしかに、天黎とあの魔人さんはかなり相性悪そうだね」
あれから二日後の夜、僕はマルタの下を訪れていた。
どうやら魏刹には冒険者ギルドの入り口は一つしかないらしく、僕とレンは明揺で一泊した後、フェイをディオーソさんに預けて一度太珪まで戻ることにした。
フェイは観光したがっていたし、ディオーソさんと一緒なら、もし明揺で何かあっても大丈夫だろうという考え。
そして、レンは朱雀と共に守五仙の各族長の下へ向かっている。組み合わせに多少の不安は残るものの、まあ何とかなるだろう。
「でも、天黎はあれでも色々考えてるからね。あまり責めないであげて」
「そりゃ責めたりはしないけど……普通に頼ってくれたらいいのに」
ちなみに、ラティは当然留守番を申し出た。頭を冷やす時間が欲しいとは言ってたけど、本当に頭を冷やすつもりがあるのか、僕には分かりかねる。
「それ、さっきから何読んでるの?」
「ん、これはつい昨日発行された号外だよ。あのシェロ・アスタロトの死刑が確定したんだって」
「……ごめん、誰か分かんない」
「……だーりんって、情報規制された家庭で育った箱入り息子なの?」
「はいはい、僕の記憶力が悪いだけだよ。それで一体、何を仕出かした人なの?」
「──シェロ・アスタロト。今は海底都市ミロタリアの“クルヴィ監獄”に収監されてる囚人なんだけど……」
海底都市ミロタリア──記憶が正しければ、世界で最も“法”による規制が強い国で、グルヴィ監獄といえば世界最高峰の大監獄だったはず。
「またの名を史上最悪の大罪人。ここ数年でミロタリアで起きた大犯罪やテロ、その全ての首謀者らしいよ。ここに書いてあるとおり、ミロタリアで定められた法をぜーんぶ犯してるみたい。総なめだね、ぺろぺろ」
そう言って、マルタは僕に記事を手渡した。
「なんだそのクレイジーなエピソードは──って、十七歳!? 僕と同い年じゃないか……それと一応ツッコんでおくと、総なめの“なめ”はそういう意味じゃない」
ミロタリアで罪を犯すということ、それだけでも背筋が凍るような話だというのに、まさかの総なめときた。
「実はマルタ、この子を冒険者ギルドに勧誘しようと思ってたんだよね」
「これまたどういった了見で?」
「んー、面白そうだからかな。だってあのミロタリアを相手に、たった一人で、たった数年でそれを成し遂げるなんて、うちのS級にだって無理だよ」
「そりゃそうだ」
法規制の強いミロタリアにも、犯罪を未然に防ぐ為の機関は当然あるわけで。
国主や機関の目を掻い潜り続けるとなると、それはもうとてつもない技能が必要になってくるだろう。
「それに何より、視えないんだよね、あの子の未来。頑張って視ようとしても、絶対に失敗しちゃうんだ。面白いと思わない?」
「……正直、面白そう」
マルタの未来視がどの程度のものか僕には分からないけど、未来の視えない人間という存在には興味を惹かれる……彼が人間かどうかはさておき。
「でも、死刑になるんじゃどうしようもなくない?」
「うん、だから最初は瞬間移動で攫っちゃおうかなとか考えてたんだけど……」
「だけど?」
「もっと面白いものが視えちゃったから、とりあえず放置かな〜」
何やらマルタがこちらを見てにやにやしていた。
「何、怖いんだけど」
「なんでもなーい」
「気になるって」
「だいじょぶだいじょぶ、片方は残るから」
「……いや何が? どうなっちゃうんだよ、僕」
最悪だ、いつ来るか分からないその未来に怯えることになった。何かを片方失うの確定したっぽいし。
「それより、だーりんはマルタに訊きたいことがあるんじゃないのかな」
「あ、そうだった」
「いつ訊かれてもいいように準備してたのに、全然話を切り出さないんだもん」
「ごめん、マルタと話すのが楽しくてつい」
「んー、それなら許そう」
「よし」
と、許されたところで閑話休題。
「実際さ、僕が魔物群大行進を止めるってのもアリだと思うんだけど、どう思う?」
「それはナシかなー」
「なんで?」
「だーりんが死ぬから」
「……ナシだね」
一番ナシだ、あり得ない。
僕は女の子を助けるためなら余裕で命を懸けられるけど、国を救うためなんかに命は懸けられない。
「そもそもこのパレードは、仕組まれたモノなんだよね。変異種が混ざってて、その上複数箇所でパレードとか、普通に考えてあり得ないよ」
「それはそうだけど、それじゃあ一体どこの誰が何の目的でどうやって仕組んだっていうのさ」
「それを追及するのがだーりんの仕事だよ」
「そんなこと言われても、手掛かりはほぼゼロみたいなものだし……」
レンと朱雀が守五仙について色々調査しに行ってくれてはいるけど……そこからいきなり黒幕らしき人物が出てくるとは思えない。
「ラスタリフは手紙で何も言ってなかった?」
「マルタを頼れって……」
「それだけ?」
「まだ理解出来てないやつだと、“外”からの干渉を受けてるとかなんとか……」
「それだよそれー。心当たりあるかな、“深淵”って言葉」
「聞いたことはあるよ。ラティが、天界と深淵って呼ばれてる、いわば“あちら側”の世界があるって言ってた」
「わお、完璧だね。まんまそのとーりだよ、あちら側っていうのがここで言う“外”のことなんだ」
「その外からの干渉って、具体的にはどういうのなの?」
「──だーりんはさ、“思考や意識、記憶に介入出来る力がある”って言われたら信じる?」
僕の問いに、マルタは間髪入れずに問いを返した。
「……」
それは──。
「これも心当たり、あるよね」
心当たりは、ある。それは、当時ずっと引っかかっていたはずのもの。あれから色々なことが起きすぎて、すっかり忘れかけていたそれ。
たしか、その人の名前は────。
「シスターキリエ……」
エレストルで起きた一連の騒動の、裏にいたはずの誰か。
ずっと矛盾していた何か、最初から狂っていた歯車。
あの時、突然僕の目の前に現れて、突然僕の目の前から姿を消したのも。
あの時、ディエスの発言と状況に矛盾が生じていたのも。
思考、意識、記憶への介入──もしそれが本当なら、それで全部納得がいく。
「もしかして、時臣さんは……」
「うん、そーゆーこと。ずっと追ってるんだ、それを」
「……そんな滅茶苦茶な相手を?」
「そうだよ。だから、時兄ぐらいじゃないと接触すら出来ないんだ。マルタにも無理だったから」
本当に何者なんだよ、時臣さん。
「彼らは“彁羅”って呼ばれててね、あっちじゃかなり有名らしいよ」
「一人じゃないのか……」
キリエさん……いや、これが本名かすら怪しいけど、あの人みたいなのがまだまだいるってことか。
「それに今回は、だーりんが会ったっていう子とは別の彁羅が関わってるみたいなんだよね。しかも、少なくとも二人」
そう言って、マルタは手でピースの形を作る。
「……結局、僕の相手はその彁羅ってのになるかもってこと?」
「ん、そゆこと」
さも当然のように言ってのけるマルタ。
「マジか……」
なかなか厳しい戦いになりそうだな。
「どんなのが出て来ても、天黎なら余裕で勝てちゃうだろうけどね。だから、流石に対策されちゃったみたい」
「ああ、だから天黎さんは明揺から出れないって……でも、やっぱりすごい人なんだね」
「うん。こと一対一なら、天黎は純系魔王に匹敵するよ、間違いなくね。あれは正直、ちょっと怪物すぎるかも」
……僕、ちょっと前に届きそうとか言っちゃったんだけど。




