【第78話】魏刹が抱えた問題。
四凶。それはかつて、魏刹に災厄を持ち込んだ四体の獣。
約千年前、世界で同時多発的に発生した複数の災害の内の一つであり、あれから千年近く経った現在も、その存在は以降確認されていなかった。
その為、時を経るに連れて四凶という存在を知る者は減ってゆき、今ではそれらについて触れられている伝承も殆ど失われてしまっている。
「四凶は千年前、当時魏刹を統治していた人物が身命を賭して封印し、それから現今に至るまでその封印は続いていた……はずだった」
しかし数週間前に、突然封印が解かれてしまったという。
「何をどうしてそうなったのか、現在魏刹には“四凶を崇拝する組織”なるものが出来ているらしい」
「四凶を崇拝……ですか?」
レンはそれが信じられないというような様子で尋ねた。
「正しい伝承が継がれていなければ、幾らでも捏造が出来てしまう世の中だ。名称をそれらしくするだけでも、人々は簡単に騙されてしまう。一応、対策はしていたんだがな……」
天黎さんがそう言うと、突然バサッという音と共に見覚えのある人物が現れた。
「彼のように、“四神”として俗世に認知させていたんだ。つまり四神とは元々、四凶の存在を抹消する為に俺が一から創り上げた架空の伝承だ」
さらっととんでもない情報を流し込まれたぞ……伝承の衰退を逆手に取るなんて、天黎さんらしいというか何というか。
「あれ、君はいつぞやの冒険者じゃないか」
「久しぶり、朱雀」
「今度は仲間として再会するなんて、複雑な気分だよ」
「昨日の敵は何とやら、だよ」
一時は敵だったとはいえ、別に朱雀に対して恨みとかがあるわけでもないしね。
「四凶はわたしの一族でずっと語り継がれている伝承なんです。正確には、守五仙全ての一族で継がれているものですけど……」
守五仙とは、四凶と同じく大昔から存在している仙人の一族のことらしい。
紅清、蒼悠、翡翠、黄聖、紫燕の五部族で構成されており、ご存知の通り、レンは翡翠の一族である。
「四凶の封印を解くには、わたしたち守五仙の族長全員の同意と協力が必要なはずです。そもそも守五仙は、四凶を封印する為に当時の統治者が組織したものですから」
流石族長の孫娘、その辺の知識はしっかりしてるみたいだ。
「その通りだ。だからこそ、俺の対応が遅れてしまった。ここ千年、守五仙による裏切りなど一度も無かったからな」
「ちょっと天黎さん……」
その言い方ではまるで、この状況は守五仙が裏切ったせいだと言っているように聞こえてしまう。ましてや、その当人が目の前にいるというのに。
「……」
ほら、空気が悪くなった。どうするのこれ。
暫しの沈黙、それを破ったのはフェイだった。
「えっと……その守五仙? の方々に直接話を聞いてみませんか? 何か事情があるかもしれないですし……」
「事が起きてしまった以上、今更ではあるが──そもそも俺は魏刹を、さらに言えば明揺を離れることが出来ないんだ」
「実際──」と言って天黎さんは続ける。
「四凶自体はどうとでもなる。長い間封印され衰えている災厄など、たかが知れているからな──問題は、先程述べた“四凶を崇拝する組織”とやらだ。どうやら、その連中は“国家転覆”を目論んでいるという。いい度胸をしていると思わないか? この俺が統治する国を、転覆だぞ?」
そう言った天黎さんは、無表情ながらもすさまじい怒気を放っていた。
「しかし──俺が明揺にいる限り、転覆など絶対に有り得ない。如何なる手段を用いてでも、必ず鎮圧するからな」
「別にお前でなくとも、四神を守五仙の下へ向かわせれば良い。或いは四神にここを任せてお前が向うという手段もあるじゃろ」
と、ラティ。
当然、僕も同じ事を考えた。四神なら明揺を守るのに十分な戦力だろうし、そもそもディオーソさんだっている。
「それは、出来ない」
「何故じゃ?」
「……俺が守五仙の正確な居場所を把握していないからだ」
僕は今の返答で直感する。この人は、何かを隠していると。
信頼されていないからなのか、後ろめたい何かがあるからなのか、僕には分からなかった。
「それなら、わたしが行きます。族長の下へ」
レンが重い口を開く。
「わたしなら土地に詳しいですし、他部族にも顔が利きますから」
「……分かった、頼む」
「結局のところ、お前の代わりに誰かが魔物の大群を蹴散らせばいいんじゃろ?」
待て、その語り出しはまずい。
「この国内部のことは兎も角、魔物狩り程度、誰にでも出来るわ」
てっきり僕の方に話が飛んでくると思ったんだど、意外とそんなことない?
「何の為の国主か。お前が一声掛けるだけで、国中の兵士や冒険者が躍起になって働くじゃろうに」
つまりは、特別依頼を発注しろということ。
「……それは不要な犠牲だ。余計な血を流す必要はない」
それを聞いて、ラティは眉を顰める。
「……おい、お前。一体何を恐れておる」
「何も恐れてなどいない。俺は、必要最小限の犠牲で済む解決策を模索しているだけだ」
「……模索じゃと? 貴様、この期に及んでそれを考えるだけの時間があるのか?」
「ラティ、一旦落ち着いて……」
「天黎様……」
勘弁してくれ、僕の胃が痛くなってきた。
朱雀も僕と同じ心境らしい。
「常人には到底理解出来ないだろうな、国を治める者の矜持と理想を」
「くだらんな、理解したくもない。ただ、貴様が行動を起こすだけでの問題の半分は片付くと言っておるんじゃ、それの何が不都合か?」
「言ったはずだ、無駄な犠牲を払う必要はないと」
「この頑固者が……貴様のような奴は、統治者に向いておらんぞ」
再び静寂が訪れる。さっきとは比べ物にならないくらいに、最悪な空気。
正直な話、僕はラティの言う事が正しいと思う。どうして頑なに、魔物群大行進に関する特別依頼を出さないのか。
それ以前に、どうして天黎さん自身が明揺に留まる事に拘るのか。
もしユナさんがこの場にいれば、ある程度丸く収まりそうなのに……ん、ユナさん? 冒険者ギルド──あ、そうだ。
「……マルタに話を聞いてみよう」
「そ、そうですね。マルタさんなら何か解決策を見出されてるかもしれませんし……」
ラスタリフさんはマルタを頼れって言ってたし……というか、早くこの空間から出たい。
「それじゃあ、一旦解散ということでいいかな?」
ディオーソさんのその提案に、異議を唱える人はいなかった。
「ディオーソ、お前には別件で話がある」
「了解」
こうして、話し合いは地獄の空気のまま幕を閉じる。
いずれまた訪れるであろう話し合いの事を考えると、既に憂鬱な気分だった。




