【第77話】冒険者、そして魏刹国主。
「天黎さん?! どうしてここに……」
「元々、ディオーソに用があったんだ。君が近い内に俺の下を訪れるだろうとは思っていたが、流石にこれは予想外だった」
そりゃそうでしょうね。
「近い内に……って、知ってたんですか?」
「ああ、ラスタリフから話を聞いたんだろう。アイツは今どうしてる?」
「えっと……」
そんなこと聞かれても……だって、色々一方的に押し付けられただけだし。
というか、やっぱりラスタリフさんと天黎さんは知り合いだったんだ……尚更、僕を頼った理由が分からなくなってきたぞ。
「──いや、君がこうして俺の下へ来ているということは……そうか」
よく分からないけど、納得してくれたみたいで助かった。
「それで、一体何が起きてるんですか? 僕、まだ何も知らないんですけど」
「ならば丁度いい、その事についてディオーソと話があったんだ。俺が知っている事、これからやろうとしている事、全て話そう」
「そのディオーソさんが見当たらないんですけど………」
先ほどからディオーソさんと、ついでにフェイの姿も見当たらない。
「お二人なら、今は買い出しに行かれてますよ」
「買い出し?」
「はい。食料と、噂の万病に効く漢方薬を買いに……気付けにも効果があるらしいですよ。どういう原理かは解明されていないみたいですが」
「……」
危ない、もう少し目が覚めるのが遅かったら怪しい薬を飲まされるとこだった。
「して、青年よ。ディオーソと戦って、何か得たものはあるか?」
天黎さんが尋ねる。
「僕にはハルっていう名前があるので、そっちで呼んでください。今更青年呼びは少し変な気もするので」
「そうか、了承した」
それにしても、得たものか……とりあえず、スキルの話じゃないことは分かる。
「“自信”……ですかね」
「ほう」
「絶対に超えられない壁ではないと思いました」
確かに、ディオーソさんは今までまともに戦った相手の中だと五本の指に入るくらいには強かった。
でも、滅茶苦茶な差を感じたわけでもない。
「実際、少し見ない間に格段と腕を上げている。目覚ましい速度だ、ディオーソと並ぶのも時間の問題だろう」
自分で自信とか言っといてあれだけど、当分先の話になるだろうなあ。
「そういえば、ディオーソさんの熱気の壁……みたいな技があったんですけど、あれって何ですか?」
「あれは魔力を垂れ流し状態にしていると、その魔力の熱によって周囲を無差別に灼き始めるという、謂わばパッシブに近いものだ」
屋敷に充満してた熱気について、ラティがそんなことを言ってた気がする。
話に聞いた感じだと、大分不便そうだけど。
「彼奴ほど魔力による影響が強い魔族は、純系魔王の連中以外では見たことないがな」
「ああ、俺もない。だが、この世界にはディオーソのように条件を満たしていないというだけで、魔王の器を持った魔族は少なくない。例えば、そこの魔人だな」
と、ラティを一瞥する天黎さん。
「ああ、忘れておった。まだお前との戦いは決着しておらんかったな」
「未だ闘志が残っていたとはな。俺もあの戦いには心残りがあった、再び受けて立とう」
「受けて立つ、というのは妾の台詞じゃがな」
「ちょっと二人とも──」
「止めてくれ君達、私の家が壊れてしまうよ!」
「ただいま帰りましたー……って、目が覚めたんですか?!」
扉が開くと、そこには買い出しから帰った二人がいた。
危ない危ない、もう少しでここが更地になるところだった……冗談抜きで。
「まさかここで闘り合う訳がないだろう、ディオーソ。常識的に考えて」
「……あ、ああ。全くその通りじゃ」
おい、嘘吐くな。
「言われた通り、買い出し序でに見てきたよ。確かに、不穏な動きがあると言わざるを得ないね」
何のことか分からず首を傾げていると、
「──“魔物群大行進”、そして“四凶”。この二つが、現在魏刹が直面している大きな問題だ」
天黎さんは語り始めた。
「魔物群大行進……聞いたことはあると思うが、文字通り大量の魔物が一斉に押し寄せてくる、一つの災害のようなものだ」
当然、その言葉には聞き覚えがある。数十年単位で発生するもので、詳細な周期や原因は未だに判明しておらず、事前の対策がなければなす術なく国を滅ぼされてしまうほどの災害。
まあ、簡単に言えば蝗害の魔物バージョンだ。
「その兆候が、ある冒険者の調査によって判明した。それが今までと同じものなら、俺が直接出向いて壊滅させればいいだけの話だったんだが……」
なんかおかしいこと言ってるけど、この人なら本当に出来そうなんだよな。
「今回の魔物群大行進はかなり特殊なケースだ。その理由は二つ。一つ目は、構成される魔物に少数の変異種が確認されているということ」
「もう一つは、魔群大行進発生の兆候が三箇所で確認されたということだ」
変異種の魔物に、それが三箇所だって? そんなの今まで聞いたことがない。
魔物群大行進は、事前にしっかりと対策さえすればある程度は被害を抑えられる。それこそ、S級冒険者が一人いれば、ほぼ壊滅状態に持っていける程度の弱い魔物の群れだからだ。
ただ、この二つの要素が絡めばその限りではないだろう。
「まあ、これもまだ許容範囲だ。同じように、俺がその三箇所を壊滅させればいいだけだからな」
「……?」
何を言ってるんだこの人は。それが出来たら……いや、この人なら或いは──。
「ただ、この解決方法において唯一の問題点は、要である俺が魏刹から離れられないという点にある」
「……離れられないって、どうしてですか?」
天黎さんは、これが本題だと言わんばかりに声色を変える。
「──“四凶”。直面している大きな問題の内の一つであり、俺がこの場所に縛り付けられている理由の元凶だ」