【第71話】S級冒険者からの手紙。
「実を言うと、ハルさんがA級へ昇格するには、少なくともあと百の任務や依頼をこなす必要があるんですが……」
僕とラティが談話室に入り、ソファに腰を掛けると受付嬢さんは早速話を切り出した。
「つい先日、三名のS級冒険者様から推薦がありまして……前例のない事でしたので、こちらとしてもどうしたら良いのか分からず、この話を通すのに時間が掛かってしまって、本当に申し訳ございません」
「ああ、いえ……」
三名……一人はあの人だとして、ギルは行方を晦ましてて今はそれどころじゃないだろうし、あと二人は誰なんだろう。
「こちらをご覧ください」
差し出された紙を見てみると、少し長めの文章の下に、三人の直筆であろうサインが書いてあるのが分かった。
一人はユナさん。サインの末尾に似顔絵、あの人らしいな。もう一人は、驚くべきことにノアさんだった。
一瞬達筆すぎて、誰の名前が書いてあるのか分からなかったけど、ユナさんが書いたであろうノアさんの似顔絵のおかげで助かった(似てる)。
そして最後の一人。僕はその名前を一度だけ聞いたことがある。確か、ノアさんが口にしていた名前。
「ラスタリフ・ローゼン──」
「それと、ラスタリフさんから手紙を預かっています、どうぞ」
丁寧にシーリングスタンプで封をされた封筒を開け、中身に目を通す。そこにはこう書かれていた。
“直接挨拶出来なくてごめんね。君は僕のことを知らないかもしれないけれど、僕は君の活躍をよく耳にしているよ。こっちが全部片付いたら改めて挨拶に向かうから、その時はよろしくね。”
「……」
文面から滲み出る物腰柔らかな良い人オーラがすごいな。
手紙にはまだ続きがあるので、僕は再び読み進める。しかし、その先の文章は先ほどとはまるで雰囲気の違う文面になっていて、少々面食らってしまった。
“それで、ここからが本題。
単刀直入に言うと、君にこれから魏刹で起こる事件を解決するために手を貸してほしい。
この事件の裏で誰が糸を引いているのか、それはまだ分からない。確かなのは、“外”からの干渉を受けているということ。
僕には時臣さんやクロエさんがどこにいるのか分からないし、この手紙が君に届いてるってことは、ノアさんやユナさんも魏刹から離れた場所に行ってしまったんだと思う。そして、ギル君の身にもよくないことが起きているかもしれない。
S級冒険者を魏刹から排除しようという、誰かの明確な“意志”がそこにはある。
だから、僕は個人的に君を頼ることにしたんだ。
急にこんなことを知らされて、すごく困惑していると思う。でも今の僕には、頼れる人が君しかいないんだ。
本当にごめん、君に“魏刹”を救ってほしい。
PS.ノアさんとユナさんに声を掛けて、君をA級に昇格させる為の推薦状を書いたんだ。これはほんのお詫びだよ。それと、困ったらマルタさんを頼って。”
「……」
「なんと書いてあったんじゃ?」
「…………重すぎだろ」
「はあ?」
全く、とんでもないものを押し付けてくれたな。面倒事だとか悩み事だとか、そんな次元じゃないぞこれは。
なんでこのタイミングで──いや、このタイミングだからこそなのか。
「ラティ、変なことを聞くようだけど……今日、何か変わったことはあった?」
「ふむ、特にこれと言った事はないな。それがどうしたんじゃ?」
僕は自分の影に視線を落とした。
「……」
ラティは何も言わずに、ただ小さく頷いてソファに深くもたれ掛かる。
それから十分ほど、A級昇格やA級についての説明を受けると、僕とラティは談話室を後にした。
今になって考えてみると、ユナさんがフェイを送り届けた後にすぐさま姿を消して、それから全く姿を見せなくなったのもそういうことだったのか。
ノアさんはいつも忙しそうだったから、全然気付かなかったけど……。
ギルが吹き飛ばしたあの大男も、その仲間も全部、ギルを魏刹から遠ざける為に仕組まれたことだったのか? あまりにも用意周到すぎる。
「おいおい、折角A級に昇格するってのになんでそんな暗い顔してんだよ?」
クロウは僕が談話室から出てきたのを見ると、駆け寄って来る。
「……いや、話を聞いてる内に眠くなっちゃってさ。色々あって、もう結構限界かも」
「マジかよ……祝宴でも開こうと思ってたのに、お前が眠いんじゃしょうがねぇな」
「いずれにせよこの時間に祝宴はキツいって……」
「それじゃ、また今度な。祝宴は絶対するから、どっか開けといてくれよ」
「分かった、それじゃ」
自分が祝宴をしたいだけだろとか思いつつ、クロウに別れを告げると、僕はそそくさと冒険者協会を離れて宿屋に向かった。
さて、どうしようか。本当に、考えないといけないことが多すぎる。
(お主はなかなかどうして、巻き込まれ体質らしいな。いやはや、感服じゃ)
いきなり魏刹の存亡なんて任されても荷が重いんだけど──可能であれば、誰かに丸投げしたいくらいだ。
(いざとなれば、黒幕とやらより先に妾がこの国を滅ぼしてやる。だからそう気負うな、毎度の如くなんとかなるじゃろ)
手段が過激すぎるけど、ありがとう。
(それに、お主には真っ先に会うべき男がおるじゃろ。明日の朝にでも向かうんじゃな)
あの人か……ちょっと緊張するけど、それしかないもんな。
────魏刹の国主、天黎。
僕はこれから、あの人に会いに行く。
魏刹後編、開幕。




