【第70話】冒険者、その悩み。
あれから一週間が経過した現在、僕はいつものようにマルタの部屋に訪れていた。
一方ラティは、レン達と一緒に太珪を散策しているらしい。理由は暇だからとか、多分そんなとこだろう。申し訳ないと思うと同時に、嬉しくもあった。
ラティの名前と容姿は僕のおかげで多少知れているので変装する必要はないのだが、一応“影の魔人”であることは伏せることにしている。余計な混乱を招くのは本意ではないからだ。
「ギル、全然帰って来ないね」
「そうだね。でも、マルタはどこにいるか分かってるんでしょ?」
「もちろん、マルタは何でも知ってるからね」
「でも、教えてはくれないんでしょ?」
「もちろん、何でも知ってるのはマルタだけでいいからね」
「……それはどういう理屈なの?」
ギルがドラゴンを追って僕の前から居なくなってから早一週間。
帰ってくるどころか、目撃情報すらないというのが現状。一体どこにいるのか、マルタは知っているようだけど、なぜか教えてはくれなかった。
実のところ、僕はそこまでギルの消息不明を深刻に考えていない。
仮に、人間兵器(文字通り)である彼を倒せるような怪物がいるのならば、ぜひとも僕に会わせてほしい。
つまり何が言いたいのかというと、僕は別の心配事を抱えているということ。そしてそれは、目の前の少女についてだった。
あと、二週間。それが、彼女に残された制限時間。これは間違いない、そのはずなのに……。
「ふんふんふーん。あ、これ食べる?」
そう言って、見たことのない変わった形のお菓子を差し出してくるマルタ。
「なにこれ、どこの?」
「んー、ハイナジトラだったかな。なんか今流行ってるらしいよ」
「マジ? 僕の中でハイナジトラのイメージが最悪になったんだけど」
僕が口に運んだのは、苦悶の表情を浮かべた生首を模した小さなチョコレート。一体どの層に向けた商品なのか聞かせてほしい。美味しいけど。
「流行りものは廃りものって言うし、楽しめる内に楽しまないと、ね?」
そう言うと、チョコレートをもう一つ僕の口に押し込む。僕がそれを飲み込んだのを確認すると、満足げに微笑んだ。
……どうして、そう落ち着いていられるんだ。こんな状況でそんな態度をされると、僕が困るというのに。
僕はどんな顔をして彼女と接すればいいのだろうか。僕は彼女の最後をどんな顔をして見届ければいいのだろうか。
僕は、彼女に何をしてあげればいいのだろうか。
「死にたくない」、そう言ってくれるだけでいいのに。それが一番、分かりやすいのに。
「何考えてるの?」
「うわっ」
気付けば、マルタが眼前まで迫っていた。
「別に何も……ただ、マルタが可愛いなって思ってじっと見てただけだよ」
「誤魔化すの下手っぴだね、胡散臭さ全開だよ?」
僕の両頬をぐいっと引っ張るマルタ。
「今のままでいーよ。マルタは君から、もう十分ってくらい貰ってるから」
「……」
考えてることが顔に出やすいタイプからなのか、相手がマルタからなのかは分からない。ただ、僕の心は今、完全に見透かされていた。
だけど、それは僕だって同じ。ここ二週間の事とはいえ、彼女とは長い時間を過ごしているのだ。
彼女が何を考えているのか、見透かすとまではいかないが、なんとなく分かる。
「……分かった」
「ん、それじゃやろっか、チェス」
必要以上に──いや、執拗異常なまでに自分のことを語ろうとしないマルタ。それとなく聞いてみても、それとなく躱される。その雰囲気とは裏腹に、とてつもなく高く堅い防御。
その奥深くに秘められた“感情”は──。
「……やっぱり、難しいな」
僕は、白の歩兵を二マス前へ動かした。
▲ ● ■
「よっ、ハル。調子はどうだ?」
僕が座っている卓の対面に、一人の男が腰を掛ける。
「まあまあかな、そっちは?」
「もちろん絶好調だぜ!」
現在、冒険者協会。流石太珪というべきか、もうこんな時間だというのに、未だにあちこちに冒険者がおり、雑談を交わしていたり引き受ける依頼・任務を選んでいた。
そして、このやけに元気な男はクロウといい、以前例の大男から助けた冒険者の一人(B級になってから五年近く経っているらしい)で、魔族のお姉さんがなんだとか言っていた例の彼である。
職業は盗賊らしく、“まあ盗賊といえばそれか”という感じの装備と服装をしていた。
あの出来事の後、しばしば彼から声を掛けられるようになり、今ではそこそこ仲が良い。
「こんな夜更けにどうしたんだ? しかも二人揃って」
「なかなか寝付けなくてね。気分転換に少し寄っただけだよ」
「あの獣人娘に“考えすぎ”だとかなんとか言っておったのに、まるで人のことを言えんではないか」
と、隣の席で頬杖を突いているラティ。
「返す言葉もないよ。ほんと、どうしようかな」
僕は顔を横にして机に突っ伏した。
「事情はよく分かんねぇけど、悩み事なんてらしくないな」
「そうかな、これでも結構悩みを抱えるタイプなんだけど」
「そうなのか? いつも女を侍らせてるから、てっきり悩みなんかとは無縁だとばかり……」
「……僕のことをなんだと思ってるんだ」
突っ伏した僕の視線の先に受付嬢さんが見え、こちらに近付いて来ているのが分かった。
その受付嬢さんは僕の前に立ち止まると、
「ハルさんですよね?」
「はい、そうですけど……」
「あなたに“A級昇格”のお話が来ています。今すぐ聞かれますか?」
「え、聞きます。今すぐ」
ついにこのときが来たか……僕の実力から考えれば、昇格は時間の問題かなとは思っていたけど、予想よりも少し早かったな。実績とか、その内容はともかく、数がまだまだ足りないと思ってたし。
「はあ、漸くか……」
しかしどうやら、ラティは僕とは逆の了見だったらしい。
「此奴をいつまでB級にしておくつもりなのかと、そろそろ乗り込もうと思っていたところじゃ。よかったな、妾が我慢強くて」
「冗談に聞こえないからやめてくれ」
「ま、そりゃそうだよな。ハルがB級なら俺達は何なんだよって感じだったし」
「詳しい話は奥の談話室でしますので、どうぞこちらへ」
そんなわけで、僕は待ちに待ったA級昇格の話を聞く為に、談話室の扉を開けた。




