【第64話】獣人族の少女、そして冒険者。(1)
「どう、驚いた?」
「……まあ、うん」
「この眼のことは、誰も知らないんだよ」
「へえ、そうなんだ」
「うん」
……ん、待てよ。
なんでそんな大事なことを僕に話したんだ? 確かに似たような力を持ってるとはいえ、それをわざわざ開示する必要性はないはず──。
「……なんか用事思い出したかも──」
「聞いたね、今の話」
終わった。
「いや、聞いてないよ。別のことに集中してて全部聞き逃しちゃってさ」
「そっか、じゃあもう一回言ってあげる」
急募、この状況を打開する方法。
「どこに逃げても捕まえるし、ぜーったい逃さないよ。ずっと探してたんだ、お兄さんみたいな“覚性スキル”を持ってる人」
「か、覚性スキル?」
「マルタが勝手にそう呼んでるだけなんだけどね。このスキルは、ここ十数年で突然確認されるようになったものなんだ」
「結構最近だね」
「そーなの。お兄さんの知り合いだと、天黎もその一人だよ」
知り合い……なのか、一応。あの人、今度僕と話してみたいとか言ってたよな。会いに行ったら歓迎されるのかな?
「天黎がしたことを認めるわけじゃないんだけどね。天黎も自分なりに変えようとしてるんだ、彼自身の“運命”を」
そう言うと、マルタはこちらににじり寄って来る。
その目はまるで、獲物を狙う狼のようだった。
「マルタ、言ったよね。未来が分かるって……この力はね、使うのにすごい頭を使うの。遠い未来を知るには膨大な量の計算が必要だったり──いわば“代償”」
その言葉に、思い当たる節がある僕。月詠を使った後の反動──本来、スキル発動による反動などあるはずがない。
どんなに強力なものでも、自由自在に扱うことができるから技術なのであり、そもそも強い反動を伴うものは〝スキル〟として習得されない。
「マルタね、未来演算の代償の影響を受けないんだ。“神をも凌駕する頭脳”っていうスキルがあるから」
この子は一体、どれだけのスキルを抱えてるんだ? その一つ一つが、間違いなく特殊スキル相当のものだというのに。
「だから、どんなに遠い未来のことだってすぐに分かっちゃうの」
気付けば眼前まで迫っていたマルタ。座っている僕に体重を預け、そのまま後ろに押し倒す。
この後彼女から告げられる言葉を知ってか知らずか、僕はそれを拒絶しなかった。
ただ、黙って彼女の言葉を待つ。
「──マルタ、もうすぐ死んじゃうんだ」
「他の皆はね、こんなこと知ったらマルタのことを無理してでも助けようとしちゃうから……だから、知り合ったばかりの君にしか頼めないの」
「……」
「“お願い”、聞いてくれる?」
マルタは僕の耳元で、そう囁いた。
◆ ● ▲
あれから数時間後、僕は太珪の宿屋にいた。
「まさか、引き受けるとはな」
「……あれは流石に断れないでしょ」
「お主は相手が女子なら誰でも良いのか?」
あの後、色々あってマルタのお願いをいくつか引き受けることになった。何があったかはご想像におまかせする。
「そんなことないけど……でも、あんな弱った姿を見せられたらどうしようもないよ」
マイペースだけど仲間が大切で、おおらかな性格だけど繊細で──そして、彼女自身の責任感の強さ。
だからこそ、必要だったのだろう。
抱えた苦悩を打ち明け、頼ることの出来る第三者が。
「僕なんかでいいなら、頼らせてあげよう」
「はっ、それらしいこと言いおって。結局、あの獣人娘に籠絡されただけじゃろ?」
「かもね」
マルタ曰く、“絶対に未来は変えられない”。強い不確定要素を多く含んだ未来はそもそも予測出来ないが、予測した未来は絶対らしい。
仮に、どうにかして未来を変えられたとしても、どこかで必ず同じ未来を迎えるように“修正”される。
それが、運命というもの。でもそれは、誰が背負うにしても、あまりにも重い。
「色々考えすぎだと思うけど、そういうものなのかな」
「さあな、妾にも天才とやらの考えは理解できん」
“お願い”を引き受けたのは、それだけが理由じゃない。僕にもメリットのある話だったからだ。
一ヶ月、それが彼女に残されたタイムリミット。時間切れが確定した、最悪の時間制限。それまでに、僕に出来ることをしなければ。
次の日の朝、僕は太珪にある冒険者協会へ訪れていた。冒険者協会が所有している訓練場の出入りに必要な許可証を受け取る為である。
そして、僕はとある人物を訓練場に呼んでいた。
「それで、浮遊魔法を教えてほしいって?」
「うん。ミラ、浮遊魔法得意でしょ?」
「そりゃ人並み以上には出来るけど……ハルの知り合いにもっと凄腕の魔法使いがいるじゃない」
恐らくそれは、ノアさんのことを言っているのだろう。
「あの人、忙しいみたいだし……何より、ずっと一緒にいると緊張しちゃってうまく行かないかも」
「なにそれ、まるでワタシが暇みたいじゃない」
「違うの?」
「……違わないけど」
僕が浮遊魔法を習得したい理由は主に二つ。一つは単純明快、移動に便利だから。ラティ曰く、僕が飛行していても影の中に影響は特にないらしい。
二つ目は、『剣糸』への応用を考えているから。糸を繋げて放った後、何かしらの力を加え続けないと自重で地面へ落ちてしまい、再び動かすことが出来ない。
浮遊魔法を糸あるいは剣に付与出来れば、剣糸の空中機動性をはるかに底上げ出来るだろう、というのが僕の考え。
「基本はイメージね、魔法術式を完璧に理解出来るならそれでも構わないけど──正直、これは魔法使い向けのやり方だからオススメしないわ」
「イメージか……空を飛ぶイメージってことだよね」
「そうね。貴方魔族だし、そういうの得意そうだけど?」
そんなこと言われても、元人間だしな……一朝一夕で習得とはいかないだろうな。
「ワタシがハルに浮遊魔法を付与すれば、イメージが掴めるかもしれないわね」
「え、出来るの?」
「当たり前でしょ? ワタシを誰だと思ってるの?」
「……じゃあ神洛山を登ってた時、なんで僕に浮遊魔法掛けてくれなかったの?」
「……」
「……」
「……あー思い出した! さっき出来るようになったのよ、これ。ホント、難しいったらありゃしないわー」
ものを教わる立場じゃなければ、手が出ていたかもしれない。
「自分の才能に感謝するんだな……」
「え、怖。何されるとこだったのワタシ」
と、冗談はさておき。
「今日中には浮遊魔法の習得したいんだよね。コントロールはともかく──出来そうかな?」
「さあ……ワタシは一日で習得したし、コントロールもすぐに出来るようになったからよく分かんないわ。ハルの頑張り次第じゃない?」
この天才め。
それから、十時間弱にもわたる大激戦が繰り広げられたのは言うまでもないだろう




