【第61話】影の魔人、そして龍の少女。
「ふむ、ここはどこじゃ?」
先ほどまで、主様の影の中でくつろいでいたはずなんじゃが、いつの間にか外へ放り出されておるな。
主様が引っ張りだしたとも考えられぬし……さて、どうしたものか。
「……」
足元には、見覚えのある少女が横たわっていた。古龍ガルグの実の娘であり、その龍の心を継承した者。
「おい、起きろ。さっさとここを出るぞ」
軽く揺さぶってみるも、まったく起きる気配はなかった。
とても深い眠りに落ちているな……魔物の仕業か。
辺りを見渡してみても、それらしき魔物は見つからない。そもそも、この広さの部屋の中に魔物がいれば最初に気付かないわけがない。
「出口も見当たらぬし、面倒じゃ。壁を破壊して出るとしよう」
部屋の壁際まで移動し、壁に向かって至近距離から影刃を繰り出そうとすると、
「……ダ、ダメ」
「ん、起きたか──」
「わたしの……わたしの大事な人たちを奪らないで……!!」
「……はあ?」
振り返ると、覚束ない足取りで立ち上がる龍の娘。
そして、戦闘態勢であるはずの“龍人化”状態。明確に敵意を向けられているのが分かる。
「……悪夢か。まったく、面倒なのが相手になったな」
「はぁっ!」
地面を踏み込み、翼で低空飛行することで最速で距離を詰めてきており、すぐに鋭く強烈な拳が放たれる。
直接止めるとなると流石に痛そうなので、纏影で防御を固めてから左手で受け止める。
「首を飛ばして良いのならば、話は早いんじゃがな」
“ごめん、ラティ。やり方は任せるけど、出来ればレンを傷付けないでほしい。”
主様がこの場にいれば、どうせそんなことを言っていたに違いない。
「その程度のこと、造作もない」
『──影蜘糸』
目の前の少女の動きは、糸によって一瞬にして停止する。
なにも、主様だけが使えるわけではない。レアスキルとはいえ『影縛り』を使える者ならばいずれ使えるようになるスキルなのじゃからな。
だからこそ、一つの疑問を抱いている。ディエスとの戦いの後、主様は“レア相伝スキル”として『月詠』を習得していた。
ディエスの影響を受けていたとはいえ、“影術”の名を冠しているスキルを妾が知らぬはずがない……災厄の魔女ですら、習得し得なかったもの。
あのスキルにはまだ、何かが隠されているとしか思えぬな。
と、それはさておき……このままこの娘を縛っておく訳にもいかぬし、どうにかして目を覚まさせる必要があるわけじゃが──生憎、妾はそっち方面の魔法には疎く、力業で解決するしかないというのが今の状況。
「おい、はよう目を覚まさんか」
ぺちぺちと頬を叩くも、反応はない。
いや、威嚇のようなことはされてはいるのだが、その容姿も相まって特に何も感じなかった。例えるなら、小動物の威嚇が一番それに近い。
「ん? その模様は……」
龍の娘は長袖に膝上丈のズボンという露出の少ない服を着ているのだが、それでも一目で分かるほどの翡翠色の模様が顔を含めた全身に浮かんでいた。
確か、翡翠の紋章といったか? 翡翠の一族にのみ発現するものらしいが、一体どれ程のものなのか興味があるな。
「うぐぐぐぐ……!!」
龍の娘を拘束していた影蜘糸は、ブチブチという音を立てて千切れ始める。
「ほう、強度を上げた影蜘糸を破るか」
「おりゃあっ!」
次の瞬間、拘束は完全に解かれて自由になり、今にもこちらに飛び掛かってきそうな雰囲気を醸し出している。
「なあ、龍の娘よ。妾は別に、お前の大切な人たちとやらを奪うつもりはないぞ?」
「……じゃあ、ハルお兄さんから離れて」
ん、普通に受け答えが出来るのか? それほど深い悪夢を見ている訳ではないみたいじゃな……少し揶揄ってみるか。
「もしやお前、我が主様……ハルのことが好きなのか?」
「……」
「……」
暫しの沈黙。次第に、龍の娘の顔が紅潮していくのが分かった。
「な、ななななななにを言って……?!」
「あの発言を聞いて、そう思わない方がおかしいと思うが……」
「ももも勿論ハルお兄さんのことは尊敬してますし、どどどっちかと言えば好きですけど……というか、何が悪いんですか!? 好きですけど?!」
此奴、開き直りおったぞ!
「しかし不運じゃな〜。我が主様は、年上が好みらしいぞ?」
「そ、そうなの……?」
「ああ、本人が言っていたからな。間違いない」
「そうなんだ……それじゃ、貴方はライバルじゃないんだね」
「……なんじゃと?」
「わたしはまだ成長するけど、魔人さんはそのままだもん……相手にされないってことだよね?」
なんだか、性格が変わっておらぬか?
これも悪夢の影響なのか、翡翠の紋章の影響なのか、はたまたいつもは猫を被っておったのか──もしや、妾が相手だからか?
「お前がどれだけ成長しようと、年下なのは変わらぬぞ? 今は若いから主様の慈悲で相手にされとるだけで、いざ成長すれば捨てられて終わりじゃな」
「ハルお兄さんはそんなことしないもんっ!」
「お前が我が主様の何を知っとるというんじゃ?」
「知ってるもん! 優しいところとか、強いところとか……!!」
「はっ、そんなこと妾だって知っとるわ。なんせ、妾の方が付き合いが長いんじゃからな……っておい、頬をつねるなっ!」
いつの間にか魔法やスキルとは無縁の、ただの取っ組み合いの喧嘩になっていた。
「言ってたもんっ! わたしのことを何があっても守ってくれるって!!」
「くくく、可哀想な奴じゃ……我が主様は天然の人たらしでな、勘違いさせたようなら妾が謝っておこう」
とっくに目は覚めているのだろうが、どうやら後に引けない状況らしい。頼む、角を掴むのはやめてくれ。
そのまましばらく言い合いを続けていると、突然壁が崩落する音。
見てみると、そこには赤髪の娘と我が主様がいた。
「おっ、ホントだ! 二人共一緒に……って、何してるの?」
「悪夢のせいで操られてるんだと思います、早く助けましょう」
「おお、お主よ。丁度今、この娘がお主のことをむぐぐぐっ!」
「わ、わー! 身体が勝手に! 助けてくださいっ!!」
気付けば、龍の娘に浮かんでいた模様はすっかり消えていた。
「待ってて、すぐに片付けるから──」
『影嵐』
上空を黒い糸と二つの剣が舞う。どうやら、糸に剣を結び付けて振り回しているらしい。
確か霊剣アストベルグには、実体のないものを斬る力があると聞いたことがある。
「よし、ちゃんと効いて良かった……二人共、大丈夫?」
「ありがとうございますハルお兄さんっ! すごく怖かったです……!」
そう言って我が主様に抱きつく龍の娘。
「もう大丈夫だよ、怪我はない?」
此奴、猫を被りおって……!
「ラティもお疲れ様。ありがとう、レンを守ってくれて」
「……ふん、別に守ってなどおらぬわ」
久しぶりに疲れたな……さて、休むとするか。
評価、ブックマークお願いします!