【第58話】冒険者、ダンジョンに入る。(3)
『影蜘糸』
両手の五指から伸びる大量の糸が目の前の三匹のオークを捕捉する。
そして思い切り腕を振るとオーク達の胴体はたちまち綺麗に切断されてしまった。
「なるほど……」
影蜘糸の糸はその強度や鋭さを自由自在に変えることができ、驚くほど優れた操作性に、同時に複数操作も可能など、どれをとっても影縛りの上位互換のようだった。
「あ、あのハルっていう冒険者……オークをあんな一瞬で……」
「そりゃ、あのライゼンさんと超A級ダンジョンに潜ってるんだから当然だろ……それに、あの小さな女の子も──」
「……」
僕たちは今、二層の迷宮エリアにいた。
ラティの提案をユナさんに伝えると、「それ採用!」と賛成が出たので、最下層まで一気に攻略することになったのだ。
魔神化した僕と龍人化したレンなら道中の敵に苦戦することはないだろうし、ユナさんも後方の魔物から冒険者たちを守るのに徹することができる。
僕が魔族であることを彼らにバラしても、特に驚いた様子はなく、意外にもすぐ受け入れられた。
どうやら魏刹では魔族はそれほど珍しくもないらしく、魔族が店をやっていたり、冒険者をやっているのを時々見掛けるとのこと。
これなら、街中を歩く時に変装魔法を使う必要はなさそうだな。ラティも外を自由に出歩けるし。
(……出ぬぞ?)
……この若干引きこもり気味の魔人をどうするかはひとまず置いといて、このスキル、もう少し工夫出来そうなんだよな。
糸を引っ掛ける時間を短縮出来たら完璧なんだけど……。
(月詠を瞬間的に発動して糸と飛ばす速度を強化するのはどうじゃ? それなら大した消耗にもなるまい)
それも悪くないけど、月詠を発動する少しの時間も体力も勿体無い気がするんだよね。
(ならば、糸に影刃を付与すれば良い。影刃斬りと同じ要領で出来るのではないか?)
それ良いかも、早速試してみよう。
その時、タイミングよく目の前に現れたのはトレント。
樹木の姿をしていて、この森林モチーフの迷宮にピッタリの魔物だ。普段は普通の木に化けていて、人が近くを通ると襲ってくるなかなか狡猾な魔物だ。
『影蜘糸──』
影刃斬りと同じ要領……同じ要領……。
左腕を強く振って、トレントに向けて糸を放つ。
すると五本の糸はトレントの胴体をすり抜け、勢い余って周辺の樹木にも命中する。
「……出来た」
トレント、更には糸が命中した樹木まで見事に六分割されていた。
トレントはそのまま消滅し、樹木はバラバラに崩れ落ちる。
(おお、うまくいったな)
後方から「えっ」やら「嘘だろ……」やら聞こえてきたが、仕方ない。
僕が持つ数あるスキルの中でも、ここまで分かりやすく殺傷能力の高いものは珍しい。変に振り回せば大惨事になること請け合いである。
うーん、糸で形を作ったり出来ないかな──丈夫だし、盾とかも作れたらいいんだけど。
(それなら蜘蛛の巣のような形が良さそうじゃな。攻撃にも盾にも使えるぞ)
流石、センスが良いね。それじゃ、形作りも追々練習していこうか。もっと上手く操れるようになれば、影華にも応用出来そうだしね。
それから、僕たちは驚異的なスピードでダンジョンを攻略していった。
二層、三層とボスを突破するたびにステータスがアップし、スキルの練度も磨かれていく。
四層、五層……その頃には影蜘糸やグレリアスの使い方だってマスターしていた。
六層、七層、八層、九層……ついに、僕たちの快進撃を止められる魔物が現れることはなかった。
道中、様々なスキルを手に入れたので後で紹介しようと思う。
そして、十層──そこは、数時間前までいた一層と迷宮の作りや景色がとても似ていた。
九層までに手に入れたアイテムはかなりの量になっており、僕たちでは持ちきれないのでユナさんの案で冒険者たちに持ってもらうことになった。
その冒険者たちはというと、終始呆然とした様子だった。
それもそのはず、ダンジョンの中でもS級ダンジョンという例外中の例外を除いて最高難易度のダンジョンを、ものの数時間で攻略寸前まで迫っているのだから。
「B級冒険者って何だっけ……?」
「あの二人がB級なら俺たちはE級以下だぞ……」
「ここまでお疲れ様、二人共! やっぱり、二人には簡単だったかな?」
「い、いえ! わたしには良い修行になりました、龍人化もかなり馴染んできましたし……」
「あはは、普通の人は超A級ダンジョンを修行に使わないんだけどね……」
五層以降から、戦略的な動きをする敵が増えていたように感じた。
中ボスも、分かりやすく強くなっていたし──正直、ユナさんのアシストがなければ倍の時間は掛かっていたかもしれない。
「僕もいい修行になったよ、ありがとう」
「ふっふっふ、甘いなハルくん。超A級ダンジョンの醍醐味はここからなのだよ!」
「……と言うと?」
「正直、ここまではA級上位の冒険者が一人でもなんとかなるかもしれないけど、十層は今までの集大成! A級上位の冒険者が複数必要なのは、十層の難易度が理由なんだ!」
ここが一層と似たような作りなのはそういう──それじゃあ、この先には今までのフロアを模した迷宮エリアが続いてるってことか。
「ま、なんとかなるでしょ」
「ふふふ……ハルくんがボクに泣きつく未来が見える見える……」
「……仮に泣きつくことになっても、レンに泣きつくよ」
「わ、わたしですか?!」
「御三方! 前、前!!」
「「「え?」」」
振り返ると、そこには大きな棍棒。
僕はともかく、二人が気付かないなんてことあるのか。
僕たちは咄嗟にその場から飛び退き、棍棒を回避する。その巨大な棍棒の主は、サイクロプスだった。
「大きいね、しかも一つ目だ」
「言ってる場合じゃないよハルくん。ほら、戦う戦う」
ユナさんに促されるまま、僕は身体の前で両手の平を向かい合わせるような構えを取り、
『影蜘糸』
一瞬で蜘蛛の巣状に糸を組み上げると、崩れないよう素早く前方に放つ。
『──二重魔力障壁』
「えっ──」
しかし、それは突如現れた魔力障壁によって弾かれる。
そして、
『身体強化』
という声が聞こえてくる。
今のは下級強化魔法……一体どこから?
「グアアッ!」
サイクロプスは、再び棍棒で薙ぎ払いを繰り出す。
この広さの通路で暴れられると困るので、とりあえず剣で受け止めることにした。
攻撃はそこそこ重かったが、止められないほどではない。
『風天龍脚!』
レンが繰り出した空中からの鋭い回転蹴りによって、5m近くあった大きな棍棒は壁まで吹き飛び、一瞬にして使い物にならなくなった。
『暗黒の嵐──』
「みっけ」
「……ッ!?」
先ほどからずっと影を潜めていたリッチを見つけ、背後から剣で斬り伏せた。
サイクロプスに高度な隠密魔法を掛けたのもこのリッチなのだろう。
「上級魔法なんて使ったら皆が危ないじゃないか、まったく……」
『──震天龍撃!』
レンの放った一撃でサイクロプスは遥か後方へ吹き飛ばれ、そのまま起き上がることなく消滅していった。
【──ステータス上昇・小:筋力・防御力・敏捷性】
「ここからは、こういう連携を取ってくる魔物が出てくるってことか」
「そのとおり! 奥に進めば進むほど厄介なのが増えてくるからね。長い戦いになるよ〜」
それから、僕たちが十層のボス部屋の前まで辿り着くのに三十分も掛からなかった。




