【第6話】冒険者、契約する。(2)
「おいおい、どうしたんだ? そんな浮かない顔して」
アグルス城跡地からの帰り、リルドがそう声を掛けてきた。
いけない、顔に出てしまってたか。
「いや、なんでもないよ。大丈夫」
「そうか? まあ、あんなことがあったんだ。無理はすんなよ」
リルドの言う『あんなこと』とは、先ほどの盗賊達の襲撃のことではなく、牢獄で出遭った魔人のことだろう。
結果的に、僕達は無事だった訳だけど……。
あの後、ユアン達にどう説明したものかと思案していたが、おかしなことにユアン達は盗賊について少しも触れなかった。
まるで、最初から存在してなかったみたいに。これも、あの魔人のせいなのか?
僕は事の顛末を、真実を告げるようなことはしなかった。
僕は自分の影に目を遣る。
影の魔人か──なんか、とんでもないことになった気がする。
(とんでもないこととは失礼な奴じゃな。一応、お前さんの心の声は全部筒抜けじゃぞ)
「──えっ!?」
なんだって? そんなの、プライベートもへったくれもないじゃないか。早いとこ、この子を追い出さなければ。
「ハルさん? 本当に大丈夫ですか?」
シェリカちゃんが心配そうに顔を覗かせてくる。
「あ、あーうん。本当に大丈夫、大丈夫だよ」
はは、と出来るだけ自然に笑ってみせた。
(心配せずとも、いずれ出ていくからそう焦るでない)
……本当か? 魔人のいずれとか、僕が死んだ後でもおかしくないんじゃないか?
影の中のこの子を無理やり追い出す方法なんて知らないし、考えても無駄か。諦めてプライベートを捨てよう。
(妾はお前さんのプライベートなんぞに興味ないわ。何してようと何も思わんから、好きに暴れるが良い)
別に暴れる気はないんだけど……。
△ ▼ △
「ありがとうハルくん。君のおかげで楽しい冒険になった」
「僕も良い思い出になりました、ありがとうございます」
僕は正面の席に座っているユアンにそう言った。
現在、依頼の報告を終えた僕達は酒場に訪れていた。
「ほらほら飲め飲め! 今日はユアンの奢りだぞー!!」
「まだお酒飲めない歳なんですけど……」
ご存知の通り、僕はまだ十七歳である。
そして、この国では、十八歳からでないとお酒は飲めないことになっていた。
飲んだからといって何か重い罰があるという訳ではないが、ヘレンさんに事が知れたら──考えるだけでも恐ろしい。
「そんな事言わずに飲もうぜー!」
「シェリカ、あとでリルドに浄化をかけてやってくれ……出来れば、ぶっ倒れる前に」
「は、はい……」
僕は頼んだ飲み物(勿論ジュース)を飲みながら、パーティの皆と談笑した。
■ ■ □
「そんじゃ、これでお別れだな!」
「何かあったら声を掛けてくれよ」
「私達はいつまでも仲間ですから!」
「うん、皆。元気でね」
まあ、小さな国だ。冒険者協会に通っていればまたすぐに会えるだろう。
皆に挨拶をし、僕は帰路につく。
僕が持ち帰ったあの日記はとりあえずユアン達に任せることにした。鑑定が終わったら声を掛けてもらう予定。
一応、魔人の少女に日記の事を聞いてみたものの、
「あれは妾が来る前からあったものじゃから、よう分からん」
とのこと。
「楽しかったな」
パーティ……とても素晴らしいものだった。冒険も楽しくなるし、難しい依頼にだって挑戦できる。
【──スキル『隠密』を習得しました】
「……!」
また新しいスキル──隠密? どうして今、そんなスキルを習得したんだ? これと言ってきっかけのようなものは……。
(うーむ……妾が影の中で息を潜めておるから、隠密を習得したのか? あるいは、先の盗賊共が持っておったスキルなのかもしれんな)
それ、僕関係なくない?
(にしても、なかなか変わったものを持っておるな? 『成長者』か……)
くくく、という不安になる笑いが聞こえてくる。
お願いだから変なことはやめて欲しい。
(面白そうじゃし、お前さん──妾のスキルを習得してみぬか?)
……何だって?
◯ ● ●
次の日、僕は影の中の魔人に言われるがまま、街の外れにあるディグランの森に再び訪れていた。
「ふむ、ここはなかなかに良い環境じゃな」
「どこでも変わらないんじゃないの?」
「そうでもないんじゃな、それが」
そう言うと影の魔人は──っていうか、
「キミの名前、知りたいんだけど」
「名前? そんなもの、お主の好きに呼べば良い。妾にとって、名など意味はないからな」
そんなこと言われても、僕のセンス次第じゃないか。影の魔人……影……あっそうだ!
「おい、影の中におらずとも、お主が何を考えておるのか分かるぞ。別にそれでも構わぬが、あまりに安直過ぎぬか?」
カゲ……我ながら良い案だと思ったんだけど。
そういえば、いつの間にか『お主』って呼ばれるようになってるな。これは距離が縮んだってことで良いのかな? 魔人と距離を縮めて良いのかは兎も角。
「じゃあ、ありきたりで普通すぎるけど『潜む』のラティアトから取ってラティとかどう?」
「さっきのやつより断然良いわ!!」
そんな訳で、“ラティ”と呼ぶことになった。
改めて見ると、小さな体躯に綺麗で長めの灰髪。それに紅い瞳と小さな双角……一部の人にはウケが良さそうな容姿である。
特に深い意味もなく(本当だ)、そんな視線を送っていると、ラティは何やら準備を終えたらしく、こちらに振り返った。
「よし、それじゃあ始めるぞ」
「うん。それで、僕はどうすれば良いの?」
「至極簡単じゃ。妾と『契約』を結べばよい」
「なんだ、すごく簡単じゃないか。それなら早速────」
……とはならないけどね? なんだ、契約って。危ない気配しかしないんだけど。
「ここまで来て辞めるというのか?」
「辞めるも何も、何するかも聞かされてないし……契約ってなんだよ?」
「契約といったら契約じゃ。それ以外に何がある?」
「じゃあその契約の手順を一から十まで全部説明してくれよ」
「えぇい、面倒くさいぞ。やってみればわかると言っておろう!」
「やってから何かあったんじゃ遅いだろ。取り返しつかないような事なら慎重に判断をするべきだ。これは冒険者の基本だぞ」
「そんなもの知らぬわ!」
「よし、じゃあこうしよう。その契約でもし僕に何かあったら、絶対にラティも道連れにするからな」
「ふん、構わぬわ。お主に何かなど、万が一にも……まあ多分ないぞ──恐らくじゃがな」
「はい無理。めちゃくちゃ保険かけてるじゃねえか!」
水掛け論の平行線。しばらく同じようなやりとりをした後(多分、十数分は無駄にした)、一つの結論に至った。
「これから僕はラティの言う通りに動くが、少しでもヤバそうだったらすぐ中止だからな」
僕が折れることにした。
最初からこうすれば良かったな、本当に。
「ふん、最初からそう言えば良かったものを」
「……」
なんかむかつくな。
「では、契約を始めるぞ」
ラティと僕は、先程ラティが描いた怪しげな陣の中に立っていた。そして、ラティは何かを呟き始める。
『────我、影の魔人。此の刻より、此の者への忠義を未来永劫誓い、契約の成立を此処に宣言する。これは何事にも代え難い尊き契約であり、何者にも破られる事は無し……』
思ってたよりのガチの奴じゃん。え、忠義? 尊き契約? 何それ、めちゃくちゃガチじゃん!
そんな事を考えている間にもラティは呟き続けており、開始から大体一分経った頃────。
『……これにて契約の儀を終了とする』
僕が目の前で起きている事を脳内で処理し終えるより先に、ラティが口を開いた。
「終わったぞ。何をそんな呆けた面をしているんじゃ?」
「いや、何ていうか────」
僕はラティの顔をじっと見つめ、
「────契約ってすごいな……」
そう呟いた。
「なんじゃそのつまらん感想は。そんなことより、これからが本番じゃぞ。お主は今から妾のスキルを習得するのじゃからな」
そんなことって……僕にとって、というかこの世界の人間のほとんどが経験しないようなことじゃないか。
「というか、この契約って絶対に必要だったのか?」
「まあ、絶対とは言い切れぬが……あったほうが色々都合が良いのは確かじゃな」
ええ、それ今言う?
しかし、今更何を言ってももう手遅れなのだろう。後の祭り、というやつ。
折角の機会だ、存分に学んでやろうじゃないか。あまり自分に期待はしていないが、やれるとこまではやってみよう。
「今、妾とお主の魔力回路は繋がっておる。じゃから、ある程度なら魔法を連発しても妾の魔力が消費されるから大丈夫じゃぞ」
「へえ、そりゃ便利だね」
「だからといって連発するのは止めてくれよ。妾とて無限に魔力がある訳ではないからな」
契約の影響か……これで魔力切れを起こしにくくなったのはすごくありがたい──いや、待てよ。
「……僕、魔法使えないんだけど」
そう、僕は下級魔法は愚か、初級魔法すら扱うことができない。
初級魔法といえば、自分の潜在的な属性と一致しているだけで扱うことができる初歩中の初歩の魔法である。
潜在的な属性が火属性であれば、誰でも軽い火を放つことが出来るということ。
しかし、僕はそれすら出来ないのだ。
潜在的な属性を確認する術はなく、普通は最初に扱うことができた初級魔法の属性で判断するらしいのだが──僕は火、水、風、地、光、闇の基本属性の初級魔法を一つも扱うことが出来なかった。
雷や氷、聖、死などの派生属性なんて以ての外だ。
「まあ、じゃろうな」
返ってきたのは意外な言葉だった。
「なんだよ、僕のことを初級魔法すら使えないような奴だって思ってたのか?」
なんだか心に来るものがある。僕だって魔法とか使ってみたかったのに。
「いや、そういう訳ではない。そう卑屈になるな」
ラティは僕の胸辺りをピシッ、と指差すと、続けてこう言った。
「お前の魔力回路は普通の人間とは違う。じゃから、潜在的な属性も普通の人間とは違うんじゃ」
「……つまりどういうこと?」
「なんと言えばいいか……魔族の回路に近いものになっておるんじゃよ、お主」
心当たりはないのか? とラティ。
当然、そんなのあるはずがない。魔力回路が魔族に近いだって?
「そう案ずるな。幸運なことに、ここに魔族の魔力回路を持った者がいるのじゃからな」
ラティは無い胸を張り、ふふんとドヤ顔のようなものを浮かべていた。
「まあ、それならいいか……」
いや、本当にいいのか? 魔力回路が魔族や魔物、魔人と近いって──それはかなりイレギュラーなことなんじゃないか?
何故、普通と違うんだ?
僕は、何者なんだ?
僕は、ちゃんと人間なのか?
「よし、では早速妾のスキルを伝授するぞ。まずは初歩的なものから────」
まあいいか。そんなことは、この際あまり重要じゃない。
とりあえず、そういうことにしておこう。
こうして、僕とラティの特訓が始まった。