【第44話】冒険者、登山をする。(1)
二日後の早朝、僕たちはとても険しい山を登っていた。
ある程度舗装されている道とはいえ、傾斜や高度のせいで体力が奪われてしまう。足場の悪い所にあまり慣れていない僕には、尚更キツい。
この山は神洛山という俗称で呼ばれており、レンの一族が暮らしている山らしい。
「……まさか魏刹領に入って初めて行く場所が、首都明瑶じゃなくて山だとは思わなかったよ」
(仕方なかろう。これもガルグの娘の依頼を遂行する為じゃ)
「ちょっとハル、もう少し速く歩けないの?」
「ミラ、そういうのは浮遊魔法を使わずに地面を歩いてから言ってくれないか」
「嫌よ、疲れるじゃない」
「だから、僕も疲れてきてるって話なんだけど」
(ほれ、足を止めるな。日が暮れてしまうぞ)
影から引きずりだすぞ。
「貴方、剣士でしょ? これくらい……ぷっ、剣士……」
「……引きずり降ろしても良いんだぞ」
余計なことを思い出しやがって。
「へえ、やってみる? 届くと良いわね」
ミラはそう言うと、更に高度を上げて行く。
浮遊魔法は、より高度になるほど精密な魔力操作を求められ、魔力の消費も増えてくる……はずなんだけどな。
「ほらほら、引きずり降ろすんじゃなかったのー?」
ミラは高度を上げるだけでなく、複雑な軌道を描いて飛び回っていた。
「すごいな……おーい! 僕に浮遊魔法のやり方を教えてくれないかー?」
「なにー? 遠すぎて聞こえないんだけどー?」
「お二人とも、余所見してると危ないですよ!」
「上の方めちゃくちゃ寒かっ──きゃっ!」
「あ」
「えっ?!」
ミラが高度を下げると、突然後方から現れた何者かによって攫われていった。
あれは……ハーピー? まさかこんな所で見れるなんて、少し得した気分だ。
普段、森や平原で行動することが多い僕にとって、ハーピーなどの飛行する魔物はかなり珍しかった。
「おーい、大丈夫かー……って聞こえるわけないか。どこまで行ったんだろう」
「あわわ……ど、どうしましょう! 早く助けに行かないと!」
「放っといても良いんじゃない? 勝手に帰って来るでしょ」
僕は知っている、浮遊魔法を習得することの難しさを。
「そんな……ミラさん、無事でいてください……!」
僕は知っている、浮遊魔法を自在にコントロールすることの難しさを。
僕は知っている、あの練度で浮遊魔法を扱うことが出来る魔法使いは────、
ドオォォォォォンッッ!!
────数多くいる魔法使いの中でも、ほんの一握りであるということを。
前方上空から壮大な爆発音。その衝撃は離れた僕たちにまで届き、近くの木々からは鳥の群れが逃げ出して行った。
「ひゃあっ!? な、何が……」
「派手にやったな……」
ハーピー相手に少しやり過ぎな気もするけど……まあ、先に手を出した方が悪いな。今回ばかりは相手が悪かった、ご愁傷さまです。
「あ! いたいたー!」
少しして、上空でミラがこちらに手を振っているのが見える。
──そして、何をどうしてそうなったのか、振っている手とは反対側の手にはハーピーが携えられていた。
「なんでだよ」
「え、何が?」
「何がって……ハーピー、連れてきちゃってるじゃん」
「だって、あのまま放置してたら死んでたわよ? このハーピー」
……いやまあ、そりゃそうだろ。あれだけ派手に爆発してまだ息があるのがすごいし、自分で爆発させといて“死んでたわよ?”などと宣っているミラにも驚きだ。
「もしかして、不殺の魔法使いとか目指してるのか?」
「そんなわけないでしょ? 貴方と一緒にしないで。これはちょっとした魔物除けよ」
「魔物除け? ああ、“手出したらこうなるぞ!”みたいな感じか」
「違うわよ……ほら、上を見なさい」
言われた通り、視線を上にやるとそこには五匹のハーピーが飛んでおり、ミラが連れてきたハーピーを心配そうに見下ろしていた。
「地上の魔物や動物にとって、ハーピーみたいな制空権を握っている魔物は天敵なのよ。あのハーピー達があそこにいる限り、魔物はワタシたちの前に出てこないでしょ?」
「へえ、そりゃ良いね。参考にさせてもらうよ」
「っていうかワタシ、そんな野蛮なことするように見える?」
「え、うん」
「そ、そう……」
出会い方がアレだったから、第一印象はお世辞にも良いとは言えないけど──少し配慮に欠けたことを言ってまったかもしれない。
「──あの時は、嫌なこと思い出して気が立ってたのよ。少し前、組んでたパーティを良くない抜け方をしちゃったから……」
「ミラがパーティに? それはもうすごく強いパーティだったんだろうね」
「いや、よくある普通のパーティだったわよ。ワタシ以外、皆B級になりたての冒険者だったし」
僕の記憶が間違ってなければ、“自分より弱いやつとはパーティを組まない”とか言ってなかったっけ?
僕がそんな視線を送ると、
「あれは……つい口に出ちゃったっていうか──」
「あの、すみません──ハーピーさん、居なくなってますけど……」
「へ?」
「え?」
再び空を見上げると、いつの間にかハーピー達はきれいさっぱり姿を消していた。
しかし、ミラの手には相変わらずハーピーがぐったりと伸びている。
「……あのさ、ミラ。その魔物除けって、大前提として“ハーピーが制空権を握っていたら”の話だよね?」
「え、ええ……そうだけど……」
「じゃあ、もしこの辺の制空権を握っているのがハーピーじゃなかったらどうなるの?」
「それは当然、他の魔物が……あっ」
──クアアアアアアッッ!!
その鳴き声と共に、巨大な何かが上空を何かが過ぎ去り、僕らのいた場所に一瞬影が差した。
「……」
「……」
「……」
(お主は本当に、面倒事を起こすのが好きなようじゃな……)
なにもしてないんだけど、僕。
「い、今のは怪鳥エアロウスですね……この辺を縄張りにしていますが、縄張りを荒らしたり獲物を奪ったりしなければ襲われないと思います……一応、この山を護っている魔物なので」
「な、なんだ。てっきり、あの怪鳥とやらと戦う流れになるのかと思った──」
「──ねえ……」
「これって、その獲物だったりするかしら……?」
ミラが差し出したのは先ほどからずっと携えているハーピー。
「……」
そうだった、と言わんばかりにレンの顔が青ざめていくのが分かった。
「あとワタシ、さっき魔法で爆発起こしたんだけど……あれって縄張り荒らしたことになったり……?」
──クアアアアアアッッ!!
先ほど通り過ぎたはずの怪鳥。その鳴き声が再び聞こえてきたかと思うと、大きな翼が羽ばたく音──それに連動するように辺り一帯が次第に強烈な風に煽られる。
「なる、みたいですね……」
レンは諦めたのか、青ざめながらも精一杯の笑顔を浮かべていた。
「ミラ、僕たちは君を差し出して逃がしてもらおうと思う。今までありがとう」
「はぁっ?! ちょっと待ってよ! 一緒になんとかしてよ、仲間でしょ!?」
「え、うーん……そうだっけ?」
「薄情者っ!!」
ドオオオオオオンッ!!
そんなやり取りをしている内に、怪鳥は豪快な音を立てて着地する。どうやらやはり、戦闘は避けられないらしい。
(ま、あれくらいなら今のお主の相手ではないじゃろ)
──クアアアアアアッッ!!
こちらに向かって、思いっ切りに放たれた咆哮。当然だが、離れたとこから聞いたのとはまるで覇気が違う。
目の前に降り立った怪鳥。
それはもう、めちゃくちゃにブチギレていた。




