【第31話】その刀、尚も抜かれず。
「────これを抜いてしまえば、彼を殺してしまう」
時臣さんは、そう言った。
「じゃから、そうせいと言っておる。彼奴を生かしておけば、取り返しのつかないことに──」
「ち、ちょっと待って。二人とも何の話をしてるの?」
シリウスさんとディエスは興味深そうにこちらの会話が進むのを待っているようだった。
何故かディエスに申し訳ない気持ちになった。なんで僕たちは黒幕を差し置いて会話をしているのだろうか。
「お主よ。この男は少なくとも妾が会ってきた人間の中では一番強いと言っても過言ではない」
眉を顰めつつ、きっぱりと言い切るラティ。
「……え?」
「ラティ殿に褒められるとは、光栄でござるな」
時臣さんは相変わらず、一切笑顔を崩さなかった。
「ふん、よく言うわ。この場の誰よりも強力なそれを持ちながら、何故振るわぬ?」
ラティがここまで手放しで人を褒めるなんて、今まで一度も無かった。
だから、それが真実だということを疑う余地も無かった。
「……」
ラティの問い掛けに対して、時臣さんは何も答えない。
「ふむ……話は読めませんが、私が彼に負ける前提で話が進んでいるのは少々心外ですね」
そりゃそうだ。ディエスだって相当強力な力を持っているのに。
「慣らしも済んだので、ここからはお互い殺す気でやりましょうか」
……僕からすればさっきの時点で殺し合いにしか見えなかったんだけど。
「やむを得ん。妾も参戦するしかないな」
「病み上がりみたいなものなんだし、無茶しなくていいよ」
「お主らだけじゃ止められる相手じゃないと言っておるんじゃ」
これは、僕とシリウスさんに向けて言ったものだろう。
「はは、僕もそこそこ強い自信があるんだけどね」
すみませんシリウスさん、うちのが失礼なことを……。
「おい、お前。戦う気が無いのならさっさと失せろ。ここは直に戦場になるぞ」
「ラティ、言い方ってものが……」
「──申し訳ない、ハル殿」
ラティを窘めようとする僕の言葉を遮る時臣さん。
「拙者の役目はここまでなのでござる」
故に手を貸すことは出来ない、と時臣さん。
「ハル殿にはいずれ、目的と手段を秤にかける時が訪れるであろうが──必ず、己が正しいと思った方を選ぶのでござるよ」
「過程が少しでも違えば……一見均しく見えても、決して同じ結果にはならないのでござる」
「……」
「では、また会おう」
時臣さんは、一方的に別れを告げると僕たちに背を向けて扉へ歩いて行く。
僕は別れを告げたかったのか、はたまた別の言葉を伝えたかったのかは分からなかった。
時臣さんが見ている景色がどんなものなのかは想像つかないけど……あの人が最強という遥か高みで、その景色を見ているというのなら──、
──そこは、僕だって通る予定の道なんだから。
「また、会いましょう」
いつか、僕も見ることになるであろう景色なのだ。
『──悪を裁く無数の光剣』
「はっ?」
ディエスは退室寸前の時臣さんに向けて、魔法を放った。
「ははは、ほんの出演料です。受け取ってください」
無数の剣は容赦なく時臣さんに襲いかかる。
「時臣さんっ!」
出演料って何だよ!
放たれた無数の光剣は、一本たりとも逸れることなく全てが時臣さんの居た場所へ直撃する。
────しかし、そこに時臣さんは居らず、半壊した扉だけが残っていた。
時臣さんの言っていた役目っていうのが何のことかは全く分からないけど、あの人なりのルールがあるんだと思う。
大いなる力には、大いなる責任が伴う──か。
「ぐっ……な、なるほど」
その声に振り返ると、ディエスの腹部に大きな刀痕が出来ているのがハッキリと分かった。
「出演料を突き返されてしまいましたね……残念です」
傷が少しずつ再生していくのが見えた。
「ふん、食えないやつめ」
「時臣さん……」
最後の最後まで、予想を越えてくる人だったな。
「私としても、彼のような化け物相手にどれだけやれるか試してみたくはあったのですが……」
と、傷を全快させるディエス。
「止めておいた方が良いと、本人から釘を刺されてしまっては仕方ありませんね」
「それじゃあ、さっさと始めるぞ。お前に長生きされると困る」
ラティはそう言うと人差し指をくいっと振り、
『影の踊り子』
いつか見た、無数の黒い斬撃を繰り出した。
「民をこれだけ思っているのに、嫌われ者は辛いですね──」
『──希望の明光』
ディエスの背後から魔法陣が現れ、大量の光線が放たれる。
そのいくつかは黒い斬撃と相殺される。しかし当然、こちらにも光線は飛んでくる。
「っ!」
よし、これなら見てからでも避けられる。僕は確実に強くなってる──けど。
これじゃ、まだ足りない。
「本当に民を思っているなら、その遺物は捨てたらどうだい?」
シリウスさんは空を飛び、ディエスに急接近する。
「そうは行かないのですよ。これは民の願いそのものなのですから──」
シリウスさんとディエスはどちらも徒手空拳で空中戦を繰り広げる。
『悪を裁く無数の光剣』
しかしすぐに肉弾戦に飽きたのか、ディエスは魔法を詠唱する。
すかさずシリウスさんは後退するが、その光剣はシリウスさんを追尾した。
『三重魔力障壁!』
「ふんっ、抜かせ! 叶えとるのはお前の願望だけじゃろうが」
気付けばラティも空を飛んでおり、既にディエスの背後へと回っていた。
『影陽炎!』
漆黒、それでいて炎と分かる異質な“それ”はディエスを呑み込んだ。
なんだか、あの二人だけで終わりそうな雰囲気だな……いや、良いんだけどさ。
「……皆さん、今この国に足りないものはなんだと考えますか?」
黒い炎の中から、ディエスの声が聞こえてくる。
流石に、これで終わりとは行かないようだ。
「それは、“圧倒的な個”です。知っていますか? クロノフェリアやミロタリア、魏刹に繚苑など──それら大国には“国主”という圧倒的な力を持った存在がいる……」
「……それに比べエレストルはどうでしょう? 未だに古いしきたりに囚われ、神を崇拝し、国王や教皇が国を統治している」
ディエスを囲んでいた黒い炎は何かに吸い込まれるように消えていく。
『魔力吸収』
姿を現したディエスの顔は笑っていたが、どこか哀しげな雰囲気を帯びていた。
「────我々が崇拝する“理想の神”は、どこにも存在しないというのに」
僕にはその言葉が、『神なんて存在していない』という意味に聞こえた。それは恐らく、シリウスさんも同じだろう。
「……」
しかしラティには、その言葉の真意が伝わっているようだった。
「私はこう考えました。理想の神がいないのならば、理想の神を創造してしまえば良い──」
「──……私自身が神に成ってしまえば良い、と」




