【第2話】冒険者、最強を目指す。
「────アレは、魔王よ」
聞き間違いかな、魔王だって? 何でこんなところに?
「じ、冗談じゃない────」
僕は剣を構えた。
どうせ逃げられないのなら、最後まで足掻いて見せようじゃないか。自慢じゃないが、巻き込まれるのには慣れている。
「驚いた、やる気なのね。だけど、それは勇気じゃなくて蛮勇っていうのよ」
悲しいことに、それはぐぅの音も出ない正論だった。
「私はノア。好きなように呼んでもらって構わないわ。どうせ、今回限りの縁だろうしね」
ノア……さん。どこかで聞いたことのある名前。どこだったっけ? 僕って意外と忘れっぽいんだよな。いや、言う程意外でもないか。
「覚悟を決めてもらったとこ悪いけど、あなたの出る幕はないの」
「──え?」
『聖なる剣光!!』
そう言うと、ノアさんは巨大な光の剣を放った。
その大きな剣は魔王へと見事命中し、辺り一帯を光で包む。
「す、すご……」
今のは上級──いや、更に上のレベルの魔法じゃないか? 僕にはどの程度のものかなんて分からないけど、初めて見た。
この人は、何者なんだ?
「ふうん。成ったばかりとはいえ、流石魔王ね」
目が光に慣れ、周囲の状況を把握できるようになった僕は、魔王がいた場所へと目を向ける。
────そこに魔王は、いた。
「……驚いたぞ。まさか、こんな辺境にいる冒険者が最上級魔法を使えるなんてな。さっきの奴らは上級魔法程度しか使えなかったというのに」
予想外だ、と眼前の魔王は笑う。
上級魔法だって、習得にかなりの労力を要するはずなのだが。
「アナタ、さっき魔王になったばかりの新参よね?」
なんだか蚊帳の外って感じだな。魔王からしたら僕なんて眼中にないのかもしれない──やろうと思えば一瞬で消し去ってしまえるのだろう。
「ふん。あの方から力を授かったのさ。俺はあの方から期待されているのだ。だから、応えなければならない」
「意外だわ、結構お喋りさんなのね。こっちとしても大助かりだけど──どうせなら、もっと情報をくれないかしら?」
「構わんよ、どうせお前はここで死ぬんだからな」
がははっ、と豪快に笑う魔王。
「あら、奇遇ね」
と、笑うノアさん。
その笑顔から、底の知れない何かを感じた。
「私もそれ、言おうと思ってたのよ」
「抜かせ!」
魔王はノアさんを鋭く睨むと、いつのまにか間合いを詰めていた。
「──っ! 危ない!!」
「ああ、気にしないで」
手をこちらに向けてひらひらとさせるノアさん。
魔王が繰り出した手がノアさんに当たるであろう、その刹那──、
その手はピタリ、と動きを止めた
「へ?」
僕は目の前の出来事を理解出来ず、情けない声を出す。
「なんだ? 何故、俺の攻撃が……」
「やっぱりね。あんたじゃ、私に触れることすら出来ないわよ。純系じゃないみたいだし」
「ま、良い線は行ってると思うけど」
そう言って、今度は魔王に向かって手をひらひらさせる。
「ふん、一度防いだくらいで調子に乗るなよ、小娘!」
再び魔王が攻撃を繰り出そうとするが、それが叶うことはなかった。
突然、辺りに魔素が満ちる。
「残念だけど、もう終わりだから。時間もあまりないし」
「さよなら」
ノアさんはそう言うと、魔王に手を向け────、
『終焉への輪舞曲!!』
辺りは再び強い光に包まれる。
既に日は落ち、夜は始まっているというのに、この一瞬だけはそれを忘れてしまうほどの、眩い光。
どうして僕は気付かなかったんだろう、この人の異常とまで言える強さに。強すぎるが故に、弱すぎる僕では気付かなかった。
ここまで来れば魔法に疎い僕でも流石に気付く。
この人は、何者なんだろう。どうして、この人には……、
────この人には、魔力の底がないんだ?
◆ ◇ ◆
「生きてるんですね……僕」
街へ帰る途中、そう呟いた。
「そうね。まあ、私の手が届く所で人が死ぬなんて滅多にない話だけど」
あの後、討伐に向かった冒険者の半数は、ノアさんによって救助された。蘇生の間に合わなかった冒険者も、もちろんいた。
一応補足を入れておくと、蘇生は聖(生)属性の超級魔法で、僕は今回初めてお目に掛かった。
「それにしても、どうしてこんな場所に魔王がいたんですかね?」
「魔王に成ったと考えるべきでしょうね」
「魔王に、成る……」
僕の記憶が正しければ、魔物が魔王に成る条件は「一定値以上の魔力を持つ」こと、「その種の最上位魔族である」こと、「人間を一定数以上殺害する」というものだったと記憶している。
でも、その条件は滅多に達成されず、だからこそ魔王の希少性が高い。
「今回のは実質魔王じゃなかったんだけどね。でも、よく知ってるわね」
腕利きの冒険者でも知らない人が多いのに、とノアさん。
「実質魔王じゃなかった──って、さっきの奴は普通の魔王とは違うんですか?」
「私からしてみれば大分違うわね。純系魔王が相手ならこの森は消滅するし、私も五体満足とはいかないわ。無論、それでも負ける気はないけど」
そう言って、自信満々な表情をする。
「純系っていうのは、正真正銘の魔王なのよ。自然に、成る可くして成った、とでも言うのかしら。しっかり条件を満たして魔王へと成った奴らとは次元が違う。大袈裟に聞こえるかもしれないけどね」
ノアさんは続ける。
「さっきの奴は正式なプロセスを踏んでない中途半端な魔王って訳。魔物かなんかを倒しまくって、無理やり魔力を高めたってところかな」
魔物を、倒しまくる──……。
あの森で他の魔物をあまり見なかったのはアイツのせいだったのか? 冒険者パーティのせいでもあるだろうけど。
でも、それだけですぐ魔王になれるものなのか?
「普通はなれない。でも、他の魔王が関与していれば話は別なのよ」
僕の疑問に答えるように、ノアさんは言った。
「他の魔王の干渉があれば、力が伴わなくても魔王へと成ったりする場合もあるの。過去に事例は一度しかなかったんだけどね」
そう言ったノアさんは、遠いどこかを見ているように感じた。
そもそもの話、魔王って結構いる感じなのか? 希少性の話をしたけど、魔王が多いなんて、僕たち人間からすればたまったもんじゃない。
「なにはともあれ、群れるのを好まない者が多い魔王が、新たな魔王を誕生させようとしていた────」
これはとても大変なことよ、とノアさん。
「魔王が増えるって、聞いただけでぞっとしますね」
「ええ。新たな魔王が一人誕生するだけで、世界にどれだけの影響が及ぶことか……人を殺したっていう実績があるだけに、純系より危険視されたりもするのよね──野心家もいるし。だから私の仕事も増えるのよ」
はあ、とこれ見よがしに息をつく。
それにしても──魔王か。僕なんかには縁のない存在だと思っていた。なんだか、凄い貴重な体験になったな。
■ ● ■
しばらくして、僕の住む街が見えてくる。
「それじゃ、私はここまでね。気を付けて帰るのよ」
ノアさんは背を向けて歩き出す。
この街に住んでるわけじゃないのか。なんだか、少し寂しい。
「ノアさんも気を付けてくださいね。暗くなってきてるので、魔物に襲われちゃうかもしれません」
「誰に物言ってんのよ」
「……そうですね」
そうして、遠くなっていくノアさんを見送りながら。
「僕も、強くなりたいな────」
困ってる誰かを助けたいとか、勧善懲悪とか、そんな立派な理由じゃないけど。
あの人に追い付きたい。
強いってカッコいいし────、
何より、面白そうだ。
僕には記憶がないし、このまま目標もなく惰性で生きて行くくらいなら。
夢の一つぐらい、追ってみてもいいよな。
【──特殊パッシブスキル『成長者』を習得しました】
【プチ補足】
冒険者協会について、ちょっとした補足です。冒険者協会は、他の国の協会とも繋がっています。その為、受けた任務・依頼は、どこの国の協会でも報告、そして報酬を受け取る事ができます。