【第18話】冒険者、魔族になる?(2)
「闇と光……だって?」
潜在属性が、二つ?
確か、一万人に一人の確率で潜在属性を二つ持って生まれるというのは聞いたことがあるけど……。
ただ、それよりも────、
「本来、闇と光属性は相容れない属性のはず……」
二つの潜在属性を持つ場合でも、この二つを持って生まれるのはあり得ない。
潜在属性は、両親の属性に引っ張られることが多い。片方が火、片方が地ならそのどちらか、または両方になるのが普通だ。
しかし、光と闇に限ってはそうはいかない。
それは何故か。
光属性は勇者、もしくはその血統。
闇属性は魔王、あるいはその血統しか持たない潜在属性なのだから。
すなわち、光と闇を持って生まれるということは。
「────お主は、勇者と魔王の子かもしれぬ、ということになるな?」
……僕は、想像以上にとんでもない出自をしているかもしれない。
◯ ◯ ◯
「で、できた!!」
水面に反射した僕の顔を見る。
変装魔法で角を隠すことに成功したのだ。
よし、これでファレリアに帰れる!
(ほう、確かに男前な顔になったような気がするな)
顔は何もいじってないぞ……本当に。
ちなみに、訓練の途中で『闇属性強化』のパッシブスキルを習得した。ずっと闇属性魔法を使い続けていたからだろう。
(四日で習得、それにパッシブスキルか──全く、末恐ろしい成長者じゃな)
それに空いた時間でトレーニングもしたから、地力も少し上がったと思う。つまり、準備万端だ。
次の日の早朝、僕は森を抜けてファレリアに向かった。
道中、再び鞄を圧迫し始めたフード付きマントをどうしようか悩んでいると──、
「おーい、そこのお主! ちょっと待ってくれぬでござるか!」
と、遠くからそんな声が聞こえてくる。
「……?」
僕は自分に指を差し、首を傾げた。
「そう、お主だ!」
久しぶりに人と会った気がする。魔族だってバレたらどうしよう──というか、変わった喋り方だな……。
「実は拙者、道に迷ってしまってな……この辺に、ファレリアという街があるらしいのでござるが」
「あ、それなら分かりますよ。というか、今から向かうとこです」
「真か! 良ければ、案内して欲しいでござる!」
両手をパチンと合わせる男性。
この人は冒険者か旅人なのかな。見た感じ、刀一本しか持ってなさそうだけど。
「拙者は叢雨 時臣というもので、西側からこちらに来たのでござるよ」
西側──エレストルの西側にあるウェルナ山脈を越えた先か。
「僕はハルです。なんというか……色々変わってますね。服装とか」
すると時臣さんは一瞬驚いた顔をした後、ははっと笑った。
「拙者からすれば、お主も十分変わっておるよ」
「そう……ですかね? 割と普通に生きてるつもりなんですが」
「そうとも。お主、あちら側の者であろう?」
「!!」
僕は慌てて額を触る。
しかし、角はなかった。
「ど、どうして……?」
「拙者は耳が良くてな、ハル殿の音を聞いたのでござるよ」
お、音?
(此奴、かなり厄介じゃな──人目も無いし、消すか?)
待て待て、極端すぎる。いつからそんな子になったんだ。
「あの、怖くないんですか? 僕が魔族でも」
「む、何故怖がる必要があるのだ?」
「だって、魔族は──」
「魔族は人間の敵、か?」
「……はい」
「では、ハル殿は拙者の敵か?」
「い、いや……違いますけど」
「うむ! ならば良いのでござる!」
そう言って笑う時臣さん。
……本当に変わった人だな。
「時にハル殿、お主はどこから来たのでござるか?」
「住んでるのはファレリアですが、用事があってエレストルの王都デルクに行ってて──今はその帰りです」
「か、かなり綱渡りな日々を送っているでござるな……?」
魔族の僕がエレストルに行っていたというのは、傍から見れば自殺行為に見えるのだろう。
それにしても、西側諸国にもエレストルの魔物嫌いっぷりは届いているのか。
「時臣さんはどちらから?」
「拙者が生まれ育ったのは繚苑という国でござる」
「繚苑といえば、極東にある島国ですよね?」
確かテオルスの遥か南東にあって、気候がかなり特殊とかなんとか……服装も喋り方も、その繚苑特有のものなのだろうか。
「その通り! だが拙者は先日まで、入り用でハイナジトラに足を運んでいたのでござるよ。というより、本来なら拙者はまだハイナジトラにいるはずだったのでござるが……」
小さなため息を漏らす時臣さん。
事情は全く知らないけど、苦労してるんだな。
「何の用でファレリアに行くんですか?」
「知人に呼び出されたのでな。何やらエレストルで大きな動きがあるらしく、それに備えるらしいのでござるよ」
すると、時臣さんははっとした表情をする。
「ハル殿は王都デルクから来たのでござったな。何かおかしな雰囲気は感じたでござるか?」
「いえ、特には」
「そうか……」
まあ、気になることがない訳ではないけど、言うほどのことでもないだろう。
それからしばらく歩き、昼前にファレリアに到着した。
まだ一週間ほどしか経っていないというのに、とても懐かしく感じる。
門番の人に冒険者カードを提出すると、それに続いて時臣さんも提出する。
「時臣さん、冒険者だったんですね」
「ハル殿こそ、冒険者だったとは驚きでござるよ」
「……魔族が冒険者なんて、変ですかね?」
「いや、西側ではそんなに珍しいことではないでござるよ。ただ、こちら側の国ではあまり見掛けぬのでな」
西側諸国では、魔族に対する偏見が弱いのだろうか。魔族国家レルムスがあるくらいだし。
「魔族は戦闘能力が高い者が多い。意外と、人間よりも適した職業なのかもしれぬな」
言われてみればそうかもしれない。
もしかしたらバレるかもしれないとソワソワしていたが、審査は無事に通った。
(間違っても変装魔法を解くんじゃないぞ)
大丈夫、分かってるよ。
「あ、時臣さん。僕の正体は内緒でお願いします」
「事情は聞かぬよ、お主の影についても。案内感謝するでござる、ハル殿」
(……)
……そこまでバレてたのか。
ということで、僕は約一週間ぶりにファレリアに足を踏み入れた。
【プチ補足】
勇者、または魔王は、覚醒する(成る)ことでそれぞれ『光』と『闇』の潜在属性が後天的に発現します(血統の場合は生まれつき)。