【第17話】冒険者、魔族になる?(1)
「な、なんだ……これ」
額に触れてみると、顔の右上ら辺に角のようなものが生えているのが分かった。
「とりあえず、ここを離れた方が良いかもしれぬな」
「そ、そうだね。誰かに見つかったらまずいし」
僕は急いでその場を離れる。
振り返ることはなかった──もう、二度と訪れることのないであろうその場所を。
「はあ……ここまで来ればひとまず大丈夫かな」
僕はエレストル国境付近まで来ていた。
……ん、国境付近だって?
感覚的には1kmくらいだったんだけど。
(かれこれ一時間近く走っておったぞ、お主。止めはしなかったが──10kmと少しくらいか)
いや、止めてよ。
(どうやら、感覚も人間離れしてきているようじゃな?)
笑えない冗談すぎる。
(まだ右角だけなのが救いじゃな。何か隠せるようなものはないのか?)
あ、それなら──あった、フード付きのマント。
(よくそんな物を持っておったな)
いつだったか、カッコいいかなって思って買ったんだよ。
大分鞄を圧迫してたからそろそろどうにかしようと思ってたんだけど、丁度よかった。
僕はそのマントを羽織る。
それで結局、この角は何なんだ? こんなのが付いてたんじゃ、禄にロクも入れないじゃないか。
(姿さえ隠しておれば、冒険者カードとやらで入れるのではないのか?)
そう簡単な話なら良かったけどね。顔を隠していると、見せるように言われたりするんだよ。なりすましとかあるみたいだし。
(そうなのか。ザルな審査かと思っておったが、意外としっかりしとるんじゃな)
ラティは再び影から身体を出して、僕を見つめる。
(まあ、悪くはないな)
体に異変とかは……あっそうだ、ステータスを見れば──……。
【ハル・リフォード 種族:亜人族
筋力 :320
防御力:240
魔力 :220
敏捷性:180
体力 :310 『スキル』→】
あ、亜人族だって!? 僕は人間のはずじゃ……実際、前までここには人間って────。
(……なるほどな、これで全て納得いったぞ)
(そもそも、お主には可怪しなところが多かった。魔力回路が魔族寄りなこと、そして……)
────あの剣の形や色についても。
(心当たりはないのか? お主が魔族であったかもしれないという)
ある訳ないだろ、そんなの。
(本当か? お主、記憶がないんじゃろ?)
……そんなこと言われたって、記憶がないんじゃ心当たりがないのと一緒じゃないか。
(……これは完全に妾の憶測じゃから、鵜呑みにする必要はないし、可能性の一つとして聞いてくれ)
とても怖かった。
次に、ラティの口から語られるその憶測が。
それが正しいと確信しているかのような憶測が。
何故だか、僕はそれが真実だと思い込んでしまいそうで。
それを聞いてしまったら、
もう、戻れそうにないから。
だから、辞めてくれ。
(お主は────、
────人間と魔族の子なのではないか?)
……ああ、やっぱり。
やっぱり、聞かなきゃ良かった。
だって、それを聞いて納得している僕がいる。
受け入れてしまっている僕がいる。
「どうすりゃ良いんだよ……」
☆ ★ ☆
僕は行く宛もなく彷徨っていた。
この姿じゃ、ファレリアに帰ろうにも帰れない。何より、どんな顔してへレンさんに会えばいいんだ?
ファレリアじゃない、辺境の街や村ならもしかしたら入れるかな──なんて考えながら、気付けばエレストルの国境を越えてテオルス領に入っていた僕。
「今夜は野宿かなあ……」
現在、僕はテオルス領の北部に広がっているそこそこな大きさの森にいた。
日も暮れているし、当然関所をスルーして越境したので、この森はまあ危険である。幸いにも魔法は使えるので暖には困らないが……なんだか虚しいな。
(なあ、お主。変装魔法を習得してみたらどうじゃ?)
変装魔法? なんだそれ。
「こういうのじゃな」
影から姿を現したラティ。
だけど、その姿は僕が知っているそれではなかった。
まるで幼い姿のラティをそのまま大人にしたかのようで──素直に綺麗だな、と思った。
「そ、そんなことできるの?」
「闇属性の幻惑魔法の一つじゃな。妾ほどとはいかぬが、角を隠すくらいのものなら直ぐに使えるようになるじゃろ」
「その情報、めちゃくちゃありがたいんだけど」
もし習得出来たら、ファレリアに帰ることが出来るじゃないか。
「ラティの見込みだと、どれくらいで習得できそう?」
「一週間じゃな」
「よし、今すぐ始めよう」
僕は人目が付かないよう、森の奥へと進んで行った。
「──それで、どうすればその変装魔法とやらを習得できるんだ?」
「まずは闇属性の魔力を扱えるようにするところからじゃな」
「……抽象的すぎるって。どうすれば闇属性の魔力を扱えるようになるんだ?」
「そうじゃな……ま、闇属性の魔法を実際に使うのが一番早いな」
「へえ、何かオススメのやつある?」
「うむ。お主と相性が良くて、且つ覚えるのが比較的簡単なやつがあるぞ」
ラティはそう言うと、
『暗闇』
次の瞬間、僕の視界は真っ暗になった。
「うわっ!」
「こんな感じに、相手の視界を奪う魔法じゃな」
「え、めっちゃ強いじゃん」
「精度を上げなければ効果が続かない上、完全に視界を奪うことはかなり難しい」
なるほど、今のはラティが使ったからこれほど強力なものになったのか。魔法は奥が深いな。
「ほれ、一回やってみろ」
と、当ててみろと言わんばかりに腕を広げるラティ。
集中しろ、闇……闇……!
『暗闇!』
「おおっ!!」
「え、もしかしていきなり成功しちゃった感じ?」
「いや、そもそも妾に闇魔法は効きにくいから成功かどうかはよう分からんが……」
「練習相手として最悪じゃねぇか!」
「それよりお主──今、自分自身の魔力で魔法を使っておったぞ?」
言われてみれば、ラティの魔力回路を経由していなかったかもしれない。でも、一体どうして?
「恐らく、魔族に戻った影響でお主に掛けられていた呪いが解かれたのじゃろうな」
「呪い……? あれ、でも僕は呪い無効のスキルを持ってたと思うんだけど」
ディレとの戦いで習得したやつ。
無効とはあるけど、あれ以降呪いとやらを食らってないから、実際の効果のほどはよく分からない。
「習得より前に掛けられた呪いは解呪されんよ」
「そうなのか。でも、僕はなんで呪いを掛けられてたんだ? 完全な人間であるように呪いを掛けられたって話だったけど……」
「……単純に、お主には人間として生きて欲しかった、とかじゃろ。或いは、お主が魔族だと不都合だった、とかな。挙げようと思えば幾らでも挙げられるぞ」
「まあそりゃそうか」
と、ラティの方を見ると、何やら物思いに耽っているようだった。
「どうしたんだ? 考え込んじゃって」
「いやなに、少しばかり昔事を思い出してな」
「ふうん……」
昔、か。
僕にもあったんだよな、過去が。
「恐らく、完全な人間になる呪いと同時に魔力回路を閉ざされたんじゃろう。お主の魔力回路は魔族寄りじゃしな」
そう言って、僕の影の中に戻っていくラティ。
呪いを掛けたのは、僕の両親なのだろうか。
そもそも、僕の両親は今どこにいるのだろうか。
もし会えたとして、僕はどうするべきで、どうするつもりなんだろうか。
少しして、影の中からラティが現れる。
その顔はいつになく楽しそうだった。
「くくくっ! お主は本当に面白いヤツじゃな!」
「何だよ急に……」
「お主の魔力回路に栓がなくなったのでな、ちと見に行ったんじゃが──」
「お主の潜在属性は『闇』────」
「────そして、『光』じゃ」