【第157話】束の間の。
「ふう……ひとまず危機は去りましたね」
塵となって消えていくトキ殿と天黎殿を見送りながらそう呟く。
分かってはいましたが、そう簡単に姿を見せてはくれませんね、トキ殿は。
ですが、これで天妖術について幾つか気付いたことがあります。
一つ。
このヴェルナ山脈に、トキ殿は複数体存在していて、再現体それぞれが『天妖術』を扱うことが出来る。
二つ。
再現体の扱う天妖術によって創り出される再現体は、再現元と比べて能力が劣るということ。
これは天黎殿が『覇道』を使わなかったから分かったことで──あの局面、天黎殿が覇道を発動していれば間違いなく咲刃の攻撃は止められていました。
発動しなかったのではなく、出来なかった────。
要するに、再現体の使う天妖術の精度は低くなるという話です。
恐らくですが、もしトキ殿の再現体が更に再現体を創り出した場合、その再現体の使う天妖術の精度は、本来の半分近くまで落ちるでしょう。
これも咲刃の推測に過ぎませんが……トキ殿の本体はヴェルナ山脈全域に天妖術を展開し、自身の再現体をヴェルナ山脈各地に潜ませ──、
──そして再現体に行動させ、自身は絶対に安全な場所から事の成り行きを見守っているのでしょう。
「そういえば、ウェフォン殿はお二方と合流できたのでしょうか……」
危険な気配は感じないとはいえ、何があるか分からないですからね。
間違いなくあの再現体の得た情報は共有されているでしょうし、トキ殿の再現体がこの辺に集まって来ないとは限りません。
それに万が一、『覇道』を使える天黎殿の再現体が現れた場合……あの方相手に正面から闘り合えるのは────、
──くらっ……
「おっと……」
倒れそうになるのを必死にこらえ、ゆっくりと歩き出す。
百華此岸・満開……たった十秒しか発動していないのに、この疲労感とは……まだまだ修行が足りませんね。
「うう、ゼーレ殿……早く、咲刃を迎えに来てくださいっ……!」
■ ● ●
──ドガァァァンッ!!
前方から激しい爆発音のようなものが聞こえてくる。
「……今のは──」
爆発音が聞こえてくるのはまだいい。そんなものはもう、慣れているから。
しかし……。
「ははっ、ヤベー気配がすんな」
なんだ──、
この圧は。
音の感覚からして、距離はまだまだあるはず──それなのに、まるで押し潰されるような感覚が私を襲っている。
本能が近付くのを拒絶しているのか、思わず足を止めてしまいそうになる。
「……」
どうやらそれはケイーナも同じのようで、全身の毛が逆立っていた。
「こりゃ魔族だな。それも、バケモンみてーなやつが戦ってらあ」
「もしかすると、トキという妖狐が再び動き出したのかもしれない」
色々と思考を巡らせていると、突然スッと身体が軽くなる。
「……気配が、消えた?」
先ほどまでの重圧が嘘だったかのようだ。一体何が起きているんだ?
「なあ、ケイーナさんよお。何か知ってることがあんなら今のうちに言っといてくれねーか?」
シャルロットさんは前を歩くケイーナに訊ねる。
「この状況、アンタも想定外なんだろ? だったら少しでも情報を共有しておくべきだと、アタイはそう思うぜ?」
「……」
おお、意外とまともなことを言っている。
「例えば今、さっきのヤベー奴が気配を消してて、今にもアタイらに襲い掛かろうとしてたら────」
──バキッガサッ!!
と、そんな音とともに前方から一つの影が近づいて来る。その影はかなり速く、そして間違いなくこちらに向かって来ていた。
「……アタイらは────」
言いつつ、背中の大剣を構える。
「アンタを見捨てちまうかもしれねーぞっ!!」
その影はついに姿を現し、私達の目の前に飛び出す。
シャルロットさんの大剣は、間違いなくその影の首元を捉えていた────、
「──っ危ねえッ!!」
が、その大剣はすんでのところで動きを止めた。
「ふざけんなお前かよっ!!」
そこにいたのは、ひどく憔悴した様子のウェフォン。
更に何か言いたげなシャルロットさんだったが、そんなウェフォンを見て口を噤んでしまった。
「はあっ……はあっ……! 頼む、着いて来てくれ!!」
目の前に忌むべき相手がいるというのに、彼女には一切目もくれず、ただ私達に言葉を掛けた。
「────咲刃さんが、魏刹の国主と戦ってんだっ!!」
「……何?」
「……なるほど、そう来やがったか」
彼とは対照的に安堵したかのような笑みを零すケイーナをよそに、私達は走り出した。
後々若干改稿するかもしれません。