【第154話】もう一つの集落にて。(2)
「あの方は何故外へ……?」
「それが、気付けば屋敷から姿を消していて……」
それを聞くと、考え込むような仕草をするケイーナ。
「どうした? 只事じゃねーみてーだな」
「……何か知っているのですか?」
「さあな。アタイは何も知らねーよ」
ケイーナは軽く舌打ちすると、ニコの方を向く。
「ニコ、貴方はここにいてください。私は外の様子を見てきます」
「待てよ、客を置いてくのか?」
「まさか。ニコを唆されても困りますし、二人とも着いてきてもらいますよ」
言いながら立ち上がり、部屋の入り口へ向かっていく。
そのまま部屋を出たのを確認すると、シャルロットさんも同じように立ち上がり、
「人聞きが悪いな」
そうぼやくと、その後を追うように歩いていくシャルロットさん。
そして、例の白い狐獣人族の横を通り過ぎる際、一言────。
「ニコ。どうやら、アタイ以外にお前に興味のある物好きが一人いるらしい」
と言った。
「…………そうなんだ」
「ああ──だから、ここで待っとけ」
「……」
シャルロットさんは部屋を出る。
無表情とはまた若干異なる、何ともいえない、何を考えているのかさっぱり分からない表情の少女。
初対面で、声を掛ける内容も特になかったので、私は静かに彼女の横を横切ろうとする。
────その時、彼女の視線が私の目を捉えた。
「あなたから、不思議な気配がする。これはあなたの? それとも──……」
しかし、彼女は途中で口を噤む。私が彼女の視線を無視し、部屋を出ようとしたからなのか、はたまた別の意図があったのか。
「いずれ分かる」
私はそれだけ言うと、部屋を後にした。
■ □ ◯
「……やられた」
集落にある、とある屋敷の一室で私はそう呟く。
私の出した魔物の軍勢が、たった一瞬にして蹂躙された。あの時感じた魔力────あれは一体なんだ?
つい先日、ヴェルナを降りてすぐの廃城で尋常でない力の波動を感じたが……それもこれも、既存の魔王や名の知れた魔族によるものではなかった。
「……私は一体、何と戦っているんだ?」
報告によると、国主と二人の魔族がこの抗争に介入してきていて──現在、国主シャルロットと一人の魔族はケイーナと会談をしていることだろう。
尤も、ケイーナはハナから和解するつもりはないみたいだが。
私は、ニコさえいればどうでもいい。
あの子は、ようやく見つけた光だから。
だから、ニコを狙う狼獣人族狼獣人族や、今集落に訪れている国主なんかには絶対に渡さない。
「やはり、こちらに向かっているな……」
私の天妖術による魔物の軍勢を壊滅させられた際に感じた不可解な魔力の持ち主は、一直線にこの集落へと向かっている。
……なんだ、あの馬鹿げた速さは。
あれでは、あと一日もしないうちに辿り着いてしまうぞ。
魔物の軍勢を倒し、そのままこちらに向かっているということは、あの軍勢が狐獣人族勢力ものだと気付いているという認識でいいのだろう。
狼獣人族の連中が和解を望んでいるのは知っている。だがこうなった以上、もう彼らにそのつもりはないだろう。
つまり、あれとの戦闘は避けられない。
「……さて」
私は徐ろに立ち上がる。
間違いなく、集落の者では歯が立たない。
皆の使う幻妖術は、未完成だからだ。
幻妖術、そして狼月血は──……。
……まあ、今はその話はいい。
要約すれば、有象無象では意味がないということ。同じように魔物をけしかけても、同じように一瞬で倒されてしまいだ。
────私が直接迎え撃つしかない。
大丈夫だ。万が一私の天妖術のことを知られていたとしても、私には勝てない。
それが、天妖術というものなのだから。