【第152話】集落にて。
「心より感謝を申し上げますっ……!!」
「いえいえ! 当然のことをしたまでですからっ!」
周囲の魔物を殲滅してから数時間後、咲刃は集落の長のいる屋敷に訪れていました。
中には長の他にもロウフ殿やウェフォン殿、そして咲刃の眼を見た隊長殿など、多くの狼獣人族の姿が見えます。
「ロウフから話は聞いております。狐獣人族との和解をお望みだとか……」
「はい、最初はその予定だったのですが……」
先ほど、狐獣人族が大量の魔物をけしかけてきた。
相手はもう、和解するつもりがないということ。
主殿はニコ殿の勧誘──それにあたって、咲刃達にこの抗争の解決を任務として課しました。
最終目標である“ニコ殿の勧誘”──これだけなら、まだやりようはあります。
ですが、主殿はその最終目標と同じくらい抗争の解決を望んでいるはずで……咲刃の見立てでは寧ろ、ニコ殿の勧誘という名目で抗争を解決しようとしているのではないかと思っています。
“後は何とかする”というあの言葉も、咲刃達に抗争の解決を最優先してほしいからではないでしょうか。
……だからこそ、咲刃は困っています。
咲刃にはもう、打つ手がありません。
「──なあ、咲刃さんよ……俺を、ニコのとこまで連れて行ってくれねーか?」
「ウェフォン、お前はまた……」
「待ってくれロウフ、ちゃんと理由があるんだよ!」
ウェフォン殿の突然の提案。
確かに、咲刃はこの後狐獣人族の集落へ向かうつもりでしたが、人を連れて行くとなると……。
「ニコに話があるんだろ? それなら、オレがいた方が絶対に良い! ニコとは面識があるし、人目に付かないルートだって知ってる!」
「ふむ……」
ウェフォン殿の言いたいことは分かりますが……面識ならシャルロット殿にもありますし、人目に付かないルートを使わずとも咲刃には『透明化』があるので、そもそも人目に付きません。
何より人を連れて行くとなると、時間が掛かってしまいます。
「足手まといにはならないって約束する!」
「む、むむむ……」
言い方は悪くなってしまいますが、足を引っ張られるのはほぼ確定事項です。ウェフォン殿がどれだけ優れた速度を持っていたとしても、咲刃には追い付けないでしょうし……。
「……」
頭を深く下げ、咲刃の返事を待っているウェフォン殿。
こういう時、主殿なら────。
『──やっほ、咲刃。元気してる?』
あ、主殿っ! まさか、咲刃の頭の中にまで現れてくださるとは!
『今、ちょっとした魔法で話し掛けてるんだけど、聞こえてる? 聞こえてたら、二つお願いしたいことがあるんだ』
……え?
『まずは一つ目。今からこの魔法の魔法式を教えるから、時間がある時に習得しておいて。ゼーレも習得出来そうなら、咲刃が教えてあげて』
「主殿っ!?」
思い切りその場に立ち上がり、周囲の視線を一身に浴びる。
この声は、咲刃の想像ではないのですかっ!?
「さ、咲刃さん……?」
困惑した表情のウェフォン殿……いえ、正確にはその場にいた誰もが困惑していました。
ですが、困惑しているのは咲刃だって同じです。一旦冷静になりましょう。
すう、はあ……。
『──二つ目。シャルロットさんが付いてるから杞憂になるとは思うけど、一応──ゼーレをよろしくね。あの子は少し真面目過ぎるとこがあるから……あ、もちろん咲刃も無理はしないように』
「は、ひゃいっ! 承知いたしました!」
何だかこれ、耳元で囁かれてるみたいで……とてもくすぐったいですっ!!
「あ、あの……」
周囲の視線は、心配から奇異へと変わりかけていました。
「ウェフォン殿っ! 今すぐ出発しましょうっ!!」
これ以上この場所にいると、いろいろとマズいことになりそうですっ!
「えっ、あ、ああ……ありがとう────」
ウェフォン殿が言い終えるより先に、咲刃は建物を飛び出しました。『春幽華』が持つ物質透過によって、道中の壁を全て無視した形で。
「は、はやっ……!!」
♡ ♡ ♡
あの後、主殿から告げられた最後の言葉は、
『もしかしたらそっち寄るかも。皆仲良くね〜』
というものでした。
「頼みを聞いてくれてありがとな!」
と、咲刃の横を歩いているウェフォン殿。結局、彼を連れて狐獣人殿の集落へ向かうことになってしまいましたが……まあ、何とかなるでしょう。
任務を達成するために、うまく話を付けなければなりませんが……抗争のきっかけがニコ殿である以上、落とし所を見つけるのはなかなか厳しそうです。
「いえいえ、こちらこそ助かりましたっ!」
ただ、それより今は、主殿が使われた『ちょっとした魔法』とやらを習得しなければいけません。
魔法式を一見してみたところ、習得には大体数日……移動に時間を掛ければ、集落へ到着する頃には習得出来ているはずです。
「『思念伝達』、ですか……」
今まで見たことがない系統の魔法、そして無理矢理組まれたような魔法式……恐らく、クロエ殿のスキルによって創り出された“特殊な”魔法。
今頃、クロエ殿はこの魔法を完成させようと奮闘しているでしょう。
そして、もしそれが成功し、この魔法が世に普及すれば、あらゆる面で世界は大きく発展するでしょう。
「────とても、楽しみですっ!」